第8話料理ができる女子なんて
キャベツだ。
キャベツがある、あとは
「ええと、野菜炒めですか」
「野菜炒めだ、その通りだ」
真新しいキッチンで、俺はそれらの野菜を広げている。
意を決して、包丁を手に取ろう、握ろうとする。
俺は一人暮らし初心者、包丁も新品である。
ところがそこで、すぐに調理工程開始―――とまではいかなかった。
俺がやる―――いや、私だ、の応酬が始まったのだ。
「私がやる、それがいいですよ!高次さんはほら、どんと構えていてくださいよ」
「イヤ、これに関しては俺なんだって、俺がやる、俺は一人暮らしをしに来たんだ、飯を作ってもらうなんて、有り得ないんだよ」
「私はほら―――、先輩で、部屋の―――あと女ですし」
「いやいや、男とか女とかそんなんじゃなくて、女だから上手いとでも?いや、俺は疑うね、お前、調理器具を扱えるらしいけど、幽霊にしては器用かもしれん。だが料理ができる女子なんてもう絶滅していると俺は見ている。俺の高校ではスマホをいじるのが異様に上手い女子しかいなかった」
「それ高校レベルじゃないですか、話が。私は違いますよ」
「どこにそんな理屈が」
「理屈がどうとかじゃなくて、味ですよ、これだから男は。ていうか、私の方が一個上なんですからね!高次さん、おいくつでしたっけ、一八歳ですよね、私は十九です」
「なっ………それ関係あんの?うっわー、今度は歳がどうとかいうの。それを言い出したら後輩が飯当番をやるのはどうなんだが?どうなんだがじゃねえ、俺がやるべきだろ」
「もういいから、作りますってば、住まわせてもらう以上、お世話になりっぱなしじゃあ悪いですし」
と、そんなこんなで場所の取り合いをする。
いや、場所の取り合いは本来できないはずだ。
彼女は幽霊なので透ける、透けるのだ。
つまりは、俺を邪魔しようとするが、俺の身体を何度も透過する。
野生動物のようだ。
彼女は髪を振り乱しながら俺の体外や体内を忙しなく動き回る。
そこに風は発生しないし、体温はない。
貫通弾の速射を食らっている気分になる。
ダメージはない。
だがうっとおしい。
意外とこだわる性格らしい―――料理に関してだけか?
流石にこれ以上は子供の喧嘩染みてきて、情けない気分になってくる。
まあ彼女はこの部屋に住んでいた期間がある以上、ここのコンロやその火加減は確かに俺より知っているはずだ。
そこに考えが及ぶと、彼女の意見にも一理あるような気がしてきたが………。
「楽をするんですよ、させてあげようと言っているんですよ!」
「………いや、駄目だ。それが大きなお世話なんだって!俺がお前、今まで母親に飯作ってもらったからには、もうそろそろ俺が、自分でやらなきゃいけないんだよ。俺は苦労したい!それだけだ」
「まって」
ふいに、彼女の白い腕が―――実際に日光も、ろくに浴びていないのだろう、その腕が俺をつかんだ。
がっしりと。
予想外の接触に、俺は怯む。
「うおっ」
「見てくださいよ、霊力を集中すればこんな、こともできるんです。部分的に実体化できるんですよ!」
俺はもがくが、彼女の身体に反撃は通用しない。
手以外に実態はないようなので、彼女の顔を、肩を、手が貫通する。
胸にも感触がない、残念なことだ。
だが困った。一方的に攻撃されるぞ、これでは。
「くっ………ここまでするか―――ちょい待ち、わかった、ジャンケン、ジャンケンでどうだ」
「………ぐう」
しかし彼女の手の力が、するりと消滅した。
力尽きるように、彼女は俺から離れる。
水に浮いた死体のように、浮かぶ。
「なんだ、ジャンケンでいいのか?」
と、問うてみたが、これから
どうやらそれとは関係ないらしく、彼女は力なくその場に浮いていく………。
疲れた、と言わんばかりに………流れるプールに浮かんでいるかのように。
「力が………ああ、抜ける。霊力が足りない………」
「霊力?」
そういえば、骸骨の男………宇喜多氏が言っていた。
霊的環境が弱いとか、次回までに
………まあ、霊的濃度が高い部屋であったら、たまったものではないが。
「蝋燭か………」
ピンポーン、と。
チャイムが鳴った---心臓が跳ねる思いだった。
「うわ、お客さんか」
まずいな、そう言えばうるさく騒いでしまったか、お隣さんが怒ってやってきたか?
「あ、違います、たぶん燈ちゃん」
彼女は言った。
俺はドアに手を掛ける。
いや待てよ、と考え。
俺はまず、ドアの覗き窓―――正式名称は知らないが、その魚眼レンズのような見え方をする穴を覗いた。
彼女が戻ってきたことを確認する。
あの活発な方の幽霊、初江ゆうめの漫才の相方、崇常燈がレンズに向かって手を振っていた。
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