第59話テツ&アマ その9


その喧嘩―――というほどでもない、いざこざがあったあと。

少しして、谷瑞が後ろから走ってきた。

駆け寄ってきた、という感じだろうか。


「御原くん、あのう………」


台詞を選んでいる様子の谷瑞。

彼女に対して怒りはない―――が、先程のことで、俺の機嫌は悪かった。

………いや。

中学二年生のころの俺は、本当は―――機嫌がいい瞬間などなかった。


「ごめんね御原くん、あの子、突っ走っちゃうから」


「いい、いい。怒ってない」


完全に怒っている俺、だが怒らないように努めた。

さっさと立ち去って正解だった。

あれ以上あの場にいたらキレていた。

あんな失礼な女がいるのか。


なんなんだ、俺は。

俺は大きな悩みがあって。

家のことがめちゃくちゃで、それでもクラスでは普通にやろうとしているのに、なんであんな言われようをしなくちゃならないんだ。

お前、俺より頑張ってんのかよ。


しかし追いかけてきた谷瑞はおとなしいっていうか、中性的なところがあるから、安心して話すことはできた。

歩きながらだが。

それでいて―――あとから思えばいい子だったのだろう。

ただの気が弱い女子というわけではなく、委員長が俺と喧嘩しようものなら仲裁に入る心づもりだったのだろう。


「前から―――あの子、まじめだから」


「だから委員長に選ばれたんだろうよ」


「………えっと」


「いい、いい。いつものことだ。なんか―――俺なんだよ」


「なんか俺って?」


「うーん、説明は難しんだが………」


昔から、まあ、俺なのだ。


あのの連中。

気が強い奴だか、不良な奴だか、口が悪すぎる奴だか、明らかに喧嘩を売る態度のやつだか、そもそも意味が解らない、何をしたいのかわからないクラスメイトというのはいるのだが、クラスとはいろんな人間の集まりだと今は理解できるのだが、そういう奴はまず俺に近付いて来る―――気がするのだ。

まあ小学生中学生とはそういうものだろうと思うのだが、明らかに俺によく集まってくる気がして。

俺を玩具にしたいだけだろうか。

俺に突っかかってきて―――それから他に行くのだ。

耐えられなくなった俺は、一度胸ぐらをつかむような勢いで(ていうか半分泣きそうな目で)どうして俺に突っかかってくるのか尋ねたことがあったが、日本語能力の低いそいつ等のたどたどしい表現を総合するに、どうやら俺は目立つ、ということらしいのだ。


知ってるよ、クソが。

ていうかお前らが目立たないだけだろ、死ねよ。


「委員長は―――ふざけてばかりいるからか、俺たちが。アホだから俺をにらんでいるんだろう」


「た、楽しい人だなーって、思っているよ、私は」


「………まあありがとう」


谷瑞はしどろもどろとして、答えに窮したらしい。

本当は………とかそういうことをごにょごにょと言っていたが。

言い方が強かったのだろうか。

いや、俺はだいぶ抑えているのだが。

ていうか疲れているのだ。


「―――タバコの話が出てきた、うわさが出たところで、あの子、我慢できなくなったみたい」


「そうかよ。吸ってない。俺は」


俺は、という発言を聞いて、谷瑞が少し困った顔をした―――ように見えたのは俺の不安からの幻覚だろうか。


「文化祭はな―――やるよ、ちゃんと」


それから少し谷瑞と話をした。

彼女はよほど話が分かるやつだったので驚愕した覚えがある。


文化祭については、先生から言われたのではなく、あの子が―――委員長がとがめているだけだから俺にもちゃんと参加してほしいこと、それと、あの子が委員長という職務に関して真面目なこと。


「本当もう、谷瑞さぁ、委員長やってくんねーかな」


「えっ―――ええっ?」


困ったような顔が可愛らしい。


「いや、なんつーか、いいなって」


そんな冗談を飛ばしながら、楽しく会話した記憶がある。

本当によく性格ができた子だと、感じた。

笑顔も可愛くて、本当に、この子と付き合えた男子は幸せだろうなと思えた。

この子と付き合うことになるどこかの誰かは幸せだろうなと。


俺は視線をそらし、踵を返す。

駄目だ。

クラスメイトを、まっすぐ見たり、好きになったりしたら、駄目だ。

俺はちゃんと、文化祭をこなして、そして消えるんだ。

今はもう、引っ越しの件を動かせない、確定だ。

決心はしていた。



一人で、行こう。

男だし。

弱い、人間ではいられないし。


………強がりじゃない、と、思う。

中学生男子の強がりじゃない。

俺は、むしろ今まで恵まれ過ぎていたんだ。

家族の中で、ぬくぬくと。

そう、幸せな家庭だったのだ、それは間違いない。


そろそろ、幼い精神は卒業しよう。

なぁに、いずれやらなければならない事だ。

大人になるんだ。

一人暮らしというほどでもないし、いけるいける。


………心残りは、確かにあった。

文化祭に関しては―――ちゃんと真面目にやろうと、思っていた。

それでいいだろう。

心の底から笑えなくとも、クラスの一員を、やってやる。

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