第53話テツ&アマ その3
今日は、テーブルは無事らしい。
皿は無事らしい。
台所の鍋、やかんを見る。
手を、触れない程度に近づけて、温度が高くないことを確認する。
じいちゃんの部屋を遠目から確認する。
廊下にある椅子で、うつらうつら、寝ていた。
ひなたぼっこ、かは知らないが。
「それなら、安心なんだがな」
じいちゃんの『症状』について―――それは、正直なところ、最後までわからなかった。
のちに俺は―――約五年後に、アマと再び会うときに、じいちゃんのことについて話すのだが。
話した内容に嘘はない。
しかし―――………あれだけで、すべてを話せたわけではない。
俺自身も―――混乱しているのかもしれない。
なんであんなことになっていたのか、じゃあどうすればよかったのか。
家族の中で、本当にきついことを言うのは、むしろ婆ちゃんの方だったようにも思う。
婆ちゃんが死んだあとは―――むしろ、それをちゃんと受け入れているようだった。
人と人は。
そんなに、簡単じゃなかった。
だが。
あの時は―――少なくとも当時は―――。
ある日帰ってきたら、床に散らばっていた破片―――。
くしゃくしゃの新聞紙が丸めてあり、その中に割れた皿が入っていて。
それに混じった野菜炒めが、床にへばりついている。
黙々と、それを雑巾で拭き取る母親。
それまでは………、こんなことを言うのもなんだが―――すぐにはわからなかった。
俺が―――いつからだろう、自分の家庭が、いわゆる『あたたかい家庭』ではないと気づいたのはいつからだろう。
少しずつわかっていったから、別に驚きもしなかった。
いや―――俺は。
厳密には、それでも驚きはしなかったし、怖くもなかったのかもしれない。
これが普通だと思ったのだ。
何しろ俺は直前までランドセルを背負っている小学生だったし、親も―――。
つまり両親も、じいちゃんについて特に触れなかったのだ。
非難しなかった。
じいちゃんがやったらしいが、親父も母ちゃんも、多くは語らなかった。
………。
大声で語ることでもないし、息子に話せるような内容でもなかったらしい。
まあ、冷静に考えてみれば、俺の家は―――およそ不幸な家族、と言うほどとびぬけてひどい家庭ではなかったのだろう。
いっそ完全に家庭崩壊していれば、もう少し熱を入れて語ることもできたかもしれないが。
新聞を開けば、またはスマホでニュースの一面を除けば、たまにある―――この国での、かわいそうな家庭のニュース。
まあ、俺んちは比較的マシだった。
親父とじいちゃんは口を利かず、母親はどういうつもりなのか知らないが―――おそらく刺激しないように、笑顔を保つ。
弟は、あいつはどうだったのだろう―――学校で友達と遊ぶことしか考えてなさそうだったが。
それでも家族全員で食卓を囲む。
そのまま一年くらい経とうとしていた。
学校には。特に休み時間にはバカしかいなかった。
まあバカっていうか。
うるさいバカ?
「やっちゃエジプト文明!やっちゃエジプト文明!」
カツアキが叫ぶ。
「できるわけナイル川!できるわけナイル川!」
アマのはしゃぎ声。
「王様ァーッ、ツタンカーメンさまァー!」
「どうした
「ハハぁ!今回は自信作でして、もう完璧でしたよ!あれつけときましたから!スフィンクス!王様のペットです!」
「ほほぉ!して、その私の墓、ピラミッドは何メートルなんじゃ!のちに世界遺産として登録される私のお墓は何メートルなんじゃアアア」
「五メートルです」
「オイイイイ!低いィ!低いだろォォォ!」
「え、でも王様、低身長ですよね」
「コンプレックスを刺激すんな!アレあるだろ!海の向こうの、ジャパンっていう国のアレ、『スカイツリー』!」
「はぁ」
「あれくらい高くしろ!」
「む、無理ですよぉ!」
「できるできるできる、絶対できる!」
「できるわけがないッスヨォーッ」
「やっちゃエジプト文明!やっちゃエジプト文明!」
「できるわけナイル川!できるわけナイル川!」
二人で床にスライディング。
滑り込む。
手を突き出し、女豹のポーズのような―――異様な態勢をとる。
「「ダブルスフィンクス!」」
………。
決めポーズらしい。
「………バカが」
まあ、半笑いで見ていたけれど。
でもまあ、俺は知ってるから言わなかった。
これ、テレビで芸人がやってたやつのコピーだ。
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