第18話心霊研究会


「ああ、君だったのか。心霊研究会ウチに入りたいっていうのは」


十一号館三階。

大学の端にある、古いサークル棟の三階。

その教室で、彼と再会した。

服装は初めて会った日と変わってはいるが、古美術のような雰囲気は変わらない。


「入る、と決めたわけではないんですが」


「あら、そうなの?」


と、特に傷ついてもいない風に返す、心霊研究会部長、願証寺さん。


「ここに来たということは、心霊体験があるということ」


隣の女子が言う。

今日は黒衣を羽織っていないが、それでも寒色系で合わせた服がよく似合い、何よりも瞳が目を引く。


「その体験の面白さによっては才能ありと見込んで、入部を許可するが………」


「面白さで決めるんですか………」


なんか大学に入ってから、出会う人ら、こういうのが多いな。

いや、どうだろう、教室の、同年代、同じ年の人間は普通に見えるけれど。

今日も生地がだらりと伸び切った服装(大柄な身体も手伝って、そう見える)の願証寺さんが、質問を変える。


「人生相談でもいいよ」


「人生相談、ではないんですが………何故」


「悩みがある人が多いんだよ、それか、ただの冷やかしで見に来るか………そういうのは勘弁だが………悩みがあって、だから霊的な何かの所為にしたがる。まあ霊も未練があるからそこに居つくのだが―――イタコって知っているかい?」


「イタコ………聞いたことくらいは。霊と交信する人ですよね」


胡散臭うさんくさい存在と思うが、会ってみたいとも思う。


「そう、そう思われているけれど、実際の仕事は人間相手が多いのさ。悩みを持った人はえない。イタコさん、困っていることがあるんだが少し相談に乗ってくれないか。と言う人はひっきりなしに来る」


「………」


「で、君はあるかい?悩みとか」


急に言われても。


「恋愛相談かぁ、とか、冷やかしたりしないよ」


この部室にいる三人目が言う―――彼女も見覚えはあった。

サークル紹介の時、黒衣の女性に抱き着いていた人だ。

タックル女子。

こうやって並んでみると、一番小柄なのは彼女だった。


「悩み………ですか」


俺が考えている、というか初江さんの件をどういえばいいか、言い淀んでいた。

そうしたら願証寺さんが解説と言うか、紹介をする。


「彼女は姫路ひめじはつ………サークル紹介の日は黒い服着た宣伝役。それと清正佳織きよまさかおり………普段は運動部の方にいるんだが、心霊研ここと兼任している」


「よろしく………」


「よろしくね!私みたいに兼サーできるから気軽に入部オーケーだよ」


けんさー?


「兼任サークル、掛け持ち。この部は基本、週に一度の活動だから」


「ああ、そうなんですか。だったら入ろっかな」


「へえ、楽に動くね」


「あ………いや、あの実はアルバイトをやろっかなーって思っていて、いずれ」


部活は苦手だった。

高校生の頃、やや進学校だったせいか、三年間、部活に属さなかった。

クラスの奴らの半数はそうである―――そういう雰囲気の高校だったのだ。


「オススメはしないよー」


清正佳織がすぐさま反論してきた、なるほど運動会系サークルらしいバネがある。

身体の動きが、ぐんと伸びる、というか。


「サークルはいいよ、サークルの方がいいよ。アルバイトは大学卒業してからでも出来るでしょ、ウチのサークルがいいのよ」


テンション高めに迫られた。

ふうむ?

なんとしても俺をここに入れたいのだろうか。

部員増やすのに懸命?

それともアルバイトでなにか気にかかることでもあるのだろうか。


「そうですかね………でも自分で稼いでみるっていうか、働きたいですし」


「ふむ。それが悩みかい」


「悩みっていうか、もうそれ俺の自由ですよ。ただ………悩みと言えば。仮に。仮にですよ………『幽霊と出会った際』は、どういった対応が好ましいんでしょうか」


「それはわからないねえ」


心霊研究会部長は、あっさりと諦めた。

いや、投げた?

俺はあっけにとられる。

彼はそのまま台詞を紡ぐ。


「場合によるね。素人が考えなしに関わると悪化することもあるし、座敷童ざしきわらしなどは、無理に追い払わない。家にいてくれた方がその家に幸福が訪れるものだし………」


俺は初江ゆうめの姿を思い浮かべる。

座敷童、と言えなくもないか………それにしては歳がいってるけど。

まあ、静観が好ましいのだろうか。

それはそれでつまらないと言えるが。


「悩みがないのであれば―――」


「ねえ部長、単に部長が目立つから来たんじゃないですか?」


「うん?そうか」


それに関しては俺も心の中で同意したが、こっちはこっちで事情があり。

しかも言えない、口外禁止の事情だった。


「ボクが目立つのは知っているよ………だから姫路、君に黒衣のコスチュームを着せて、ボクは引っ込んでいたんだろう。サークル紹介はそれで行こうと決めて、大成功だ」


「しかし部長、結局大きな効果はありませんでした………、むしろ、私を見て避けていく人が増えたように思えます」


「む。逆効果か。やはり人心は思い通りにならんな………すると今度は、清正………君になにか、新しい服装を………また借りてこなければ」


「部長、いい加減そのベクトルの発想やめませんか?」


「ベクトルは修正するさ………そうだな、お化けのコスプレでどうだ。大型のマスコット、ゆるキャラのような路線で行こう」


「マジかよこの人………」


といった、彼らのゆるい漫才を眺めていると、なんだか和んだ。

いや、和んでばかりもいられない。


「あの―――入部届け、書いてもいいですか」


俺は思い切って口にした。

何かの縁だ、大学生活の当初に幽霊と出会ったのも、運命なのだろう。

正直、俺も本心では納得いかなかったが、なあに、アルバイトと兼任しても余裕がある部活だ。


「おおっ!君も幽霊道がわかってきたか」


喜び勇んだわけではないが、傷だらけの眼鏡の下に隠れている目が笑った気がする。

部長、鞄の中をがさがさと探る清正さん。

しかし表情に陰りが見えてくる。


「ああっ部長ごめんなさい!入部の用紙かみ、今日は無いです!」


「なにっ………むう、しょうがないな次回だ、悪いねぇ高次くん、だったかな」


「あ、高次です。また来ます―――今日は、これで」


と言うようなことをやんわりと伝え、俺は帰路に着く。

強制ではなくあっさりと帰らせてくれるところから、ヤバいサークルでは無いということがわかった。

まあ何か問題が起こったら、相談窓口としてここを利用しよう。

どうも崇常燈に頼るのは怖い、あれを背骨にするのは座りが悪すぎる。

あれはお気楽な奴だが、あいつ自体が問題を引き起こしそうで気が休まらない。





そんなこんなで帰り際、『コープありが』で買い物。

今日は卵売り場の前で悩んでいた。

六個パックの卵を手に取る………。


「ふむ、十個パックの方が一個あたりが安い………しかし食べきるのがきついか」


卵を買うとしても、卵料理のバリエーションが欲しい。

初江さんにもアイデアを聞いてみるか?

食パンに目玉焼きを乗せていくラピュタのアレにしようかな、などと考えていると。

後ろから誰かに、どんと押された。

感触からして、買い物カートの角だった。

痛っ………。




卵を落とし―――――――透明なケースに入った卵が、俺の手のひらから浮く。

たまご。

ケースが小指、薬指、中指の先を滑り、ずり落ちていく、いや触れた。

体勢を崩した俺。

もう片方の手は、買い物かごを持っているのでふさがっている、使えない。

いや、そうじゃない使える。

かごを前に出し―――卵がそこに収まる。

キャッチ。





「あ、危ないじゃないか!てめえ、卵が割れたらどうオトシマエつけるんだ!」


流石の俺も、暴力団じみた声を上げた。

怖かった、冷や汗かいた。

どこのどいつだ、畜生。

だがすぐに怒りは困惑に変わる。

相手は相手で、冷や汗かいている状況、カートが倒れたのだった。



「申し訳ございません、ああっ、ゼリーが!アセロラゼリーが落ち」



ばたばたと商品が転がる。


彼女の持っていた商品だ………お菓子が多かった。

彼女はしゃがんで、ゼリーのほかにもいろんなものを拾い集める。

なんつう慌ただしさだ………彼女の人生大変そうだな。

小麦色の首筋は綺麗だったが。


「すいませ………ああ、アセララァ!」


彼女は商品を拾いながら謝るという行動に出た。

まあ、それに関しては俺でもそうするだろう。

しかし慌ただしいだけで、この人は面白みが欠けるな。

かすんでいる。

と若干残念な気持ちになった。

それにしてもしかし、彼女は噛んでいた、噛み過ぎてソールドアウトみたいな発言になった。

あれ………この特徴ある噛み方は、んん?


「もしかして………不動産屋のお姉さん?」


そういうと、彼女は俺の方を見上げた。

見覚えのある顔が、頬を引きつらせていた。

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