第17話キャラが被っちゃいますね


「ええと、宗教かな………勧誘に来たの、君?」


開口一番、無精ひげ、眼鏡の大男は言った。


「いえ、宗教でもないですし新聞でもないです。あの、俺………わたし、となりに越してきたので。一〇二号室。これ、お菓子です、ご挨拶が遅れてすみません」


俺はお菓子を渡す。

当初の予定だった、甘いものの方はギリギリで期限が過ぎていたため、自室に置いてきた。

だから渡すものは、せんべいなどだ。


「ふむ………そうか、そうか。ああ、わざわざどうも………いいのかい?」


「はい、どうぞどうぞ」


動き一つを取り上げてみても老人のような、妙な動作だった。

背が高い、ドアの上に擦りそうなぐらいの、見上げるような人間だが、怖さの類がない。

冬眠明けどころか、眠っている熊のような雰囲気。

服装はざっと見る限り古い………シャツもスウェットもだらりと伸び切っている。

言いたくはないが、容姿が怪しく、印象は良くない。

変な人間だ。

そして俺は変な人間が結構好きだったりする。

変人は悪人ではない、という風潮が俺の中にはある。


「んん―――?一〇二号室って、言った?」


「ええ、そうです隣です。………何か、うるさかったりしました?」


「そうではないが………いや、そうだな。ああ、ボクは願証寺がんしょうじと言います。変な名字だよ、よろしくね」


「ガンショウジ、さん………俺は高次たかつぐです」


まさか名前も知ることになるとはいささか不意を突かれた。

彼は首をひねる。

眼鏡も、細かい傷だらけだ。

古い。全体的に。


「今どき珍しいね、わざわざ挨拶なんて」


「そう、ですかね」


まあ人それぞれである。

ご近所づきあいなんて最近の人、主に若者はしたがらないだろう。

大家さんもそれは否定しなかった。

どうも一人暮らしを望む人は多いらしいが。

社会科の授業でやった、核家族化が進む、というやつだ。

俺の親は挨拶をしっかりとする人だが、そこそこ自由にしたいというものだ。

今のご時世、知らない人間には近づくなという風潮も高まっている。

人間関係のトラブルで、嫌なニュースも多い。


「それで、お菓子、召し上がってください。一〇二号室、うるさいですか?うるさかったら気を付けます………テレビ見て声を出しちゃうタイプで、俺………親にもよく叱られます」


普通の環境では幽霊の声は聞こえないはずだ、と崇常燈に教えられたが。


「うん、それはいいんだけどね………?いやあ、君じゃあないんだ」


「はいッ?」


どきりとした。

俺じゃない、まさか初江さんや崇常燈の存在がこの人に知られているのか。

燈はうるさいからなあ、あいつだろうな、たぶん。


「変な時期に引っ越していったなあ、なんて思って見ていたんだ、前の人だけど。それだけは覚えていてね………せんべい、美味しそうだね………いただくよ」


「………どうも」


「何かあれば相談くらいは乗るよ………いや、いいか。好きにやりたまえよ」


「は、はい」


彼はゆっくりドアを閉じた。

………ふう。

息をつく。思ったよりも心臓に悪い。

いや、心配し過ぎ、疑心暗鬼。





「おかえりなさい」


「ただいま」

一〇二号室のドアを開けて、戻ってくる。


「どうでしたか?ちゃんと渡せた?」


「特に問題なし………ちゃんと渡せたって、なんだよそれ、俺の親か、あんたは………でも良かった。ものすごいテンション高い大阪のおばちゃん系統だったらどうしようかなって思ってたよ」


「もしもそれだったら、燈ちゃんとキャラがかぶっちゃいますね」


「………」


初江さんも、あいつのことそういう風に思ってたんだ。

なんでつるんでるのかな、って思わなくもない。

全くタイプ違うので仲良し女子には見えない。

いや、霊になった都合上、仕方なく―――と言うのも失礼だが、事務的に話す関係なのかな。

こんな風に思ってしまう俺こそが性格ブスかなあ。

いや、単に真逆なのだ。


「あまり知らないけれど、黒い服の………なんか、仮装した人たちがぞろぞろ入っていくところを見ましたよ、前に」


「なんだよ、やはり謎な人だな」


うん?黒い服?


「初江さん、まさか隣の人………隣の男のこと、知ってるのか?サークル紹介とかで出会ったりしたとか………」


「そう、それです………私も入学したころに覚えたんですけど」


なんだか目立つ人ですからね、と遠慮がちに付け加えた。


「心霊研究会の部長さんらしいですよ」

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