第25話『人と幽霊を繋ぐ会』

「なあにアマくん、お話って?」


「幽霊って、本当に、人と出会っちゃダメなのかな」


「うん………?そういう真面目な話?」


俺は、自分の思いつきを崇常燈に話す。


「まずは、宇喜多さん呼ぶね、とりあえず。たださぁ、怒ってるよ―あの人」


人じゃないけれど、とほころぶ崇常燈。


「ちょっと蝋燭立てて、スマホも切って」


言われた通り、俺は応挙荘一〇二号室をセッティングする。

カーテンは閉めるが、窓は開けて、少しだけ外気が通るように。


アロマキャンドルの隣にはペッドボトルの水を用意する。

これは儀式用と言うより、消火用の水だ、念のため。


崇常燈は、炎を灯し、香を焚き始めたキャンドルに指を差し込む。

炎に指を入れた時はさすがにぎょっとしたが、彼女にはそもそも人間の一般的な指はなかった。

スマホ画面をタップするように、炎を広げる。

ばすん―――、と空間が断裂し、白い四角形が現れた。

白くはあるが、暗闇でも決してまぶしさを感じない。

ややあって、画面に映像が現れた―――テレビ画面?

そう。

空間に、画面が、完成した。


「繋ぐよ………」


いつものおちゃらけた雰囲気とは、取って代わった表情の崇常燈だった。

少し見入ったが、すぐに意識が違うものに向く。


白い、石灰のような、骸骨が画面に現れた。

毎度のことだが心臓に悪いビジュアルだが―――宇喜多氏だ。


「もしもし、どうかされましたか、崇常さん」


「今お時間大丈夫ですか?」


「構いませんよ―――おや、高次さま、高次さまのお部屋ですか?」


「ああ、話があるのは俺です―――宇喜多さん」


「はあ、ちょっと意外ですね、まさか貴方の方からお話に来るとは」


「え?」


「高次さん、貴方、最近―――一般人に霊のことをお話ししたでしょう」


「え………?」


宇喜多さんは呆れたという表情、なのか?

骨だから読み取りが遅れてしまうが、うんざりしている。

一般の人間に?

不動産屋のお姉さんを、やっと思い出す。


「あっ!」


「次はありませんよ、貴方の信用はがたんがたんと落ちました。がしゃどくろのように」


「むう………」


たった、あれだけのことで………しかしどうしてバレたんだ?不動産のお姉さんが霊魂のことに関わっているようには見えなかった。

人気のない公園で二人っきりに見えたが、思えたが………。

いや、バレたかどうかは重要ではない。


「………」


「ご、ごめんなさい。しかし」


「しかし!の先は聞きません。皆さん色々事情がございます。と、この話はここで終わり………」


俺は考えを改めねばならない、と思った。

しかし続きがあるようで。


「しかしルールと言うものは、属する集団によって、団体によって、異なるものです………」


宇喜多さんは口調を優しくする。


「貴方のような人間は、残念ながら多くいます。私にとっては残念ですが―――人と幽霊とを積極的に繋ぐものもいる」


「え」


「宇喜多さん、『人と霊の界』に繋げる?」


口を開いたのは崇常燈だった。


「私の仕事範囲はここまでです。あとはご勝手に―――じゃあ、チャンネル変えますよ。それでは失礼します」


宇喜多さんは恭しく―――本当に、何故骸骨でこれほどまでに、と言いたくなるようなお辞儀をして、画面から消える。

いや、画面が変わるのか………チャンネル?

チャンネルって、あのチャンネル?


バチン、バチン、と砂嵐状態の画面が振動。

崇常燈が操作する。


「厳しい意見だったねー、ああ、へこむことはないよアマくん。あの人の仕事ところは厳しいから、色々―――ただ、あんまり悪いことばっかやっちゃだめだよ」




ふたたび映った画面。

畳が敷き詰められた大広間だった。

格調高い日本家屋のような、その一室。


『―――近頃の幽霊は、なっとらん!』


一人の老人が声を張り上げた。

『人と幽霊を繋ぐ会』

壁の掛け軸には、達筆で力強く、そう書かれていた。



膝下がやや透けている老人と、画面の下にテロップが表示される。


片倉昭三さん(享年79歳)

心霊スポット管理・改修職。


『最近の幽霊は覇気がない。覇気もない』


『わしらが若い頃は―――いや、人間の頃ではなく、幽霊になった頃はじゃ、夜は墓場で運動会と相場は決まっとった!』


そうだ、そうだ、とギャラリーらしき声が聞こえた。

部屋全体では男女含めて二十人、いや三十人ほどいる。老若男女―――と、言いたいところだが年配、いやかなりのご老体が多かった。

ここは何らかの話し合いなのだろうと言うことが予想された。


『それでじゃ、たまに人間の女の子に見つかって『きゃー、幽霊だわァー』なァんて黄色い歓声が上がり、騒がれて噂を呼んでェ―――、なんじゃ、とにかくそうやって人間を驚かすのが生きがいじゃった!ああ、死んどるんじゃったかぁ、ワシ。死んでから見つけた生きがいじゃった!』


そうだ、そうだァ、とまたギャラリーが同調した。


『しかしですねェ、ショウゾウさぁん』


四角いフチのメガネをかけた、見るからに理屈っぽい男―――この人も歳はかなりいっているようだ、が机の上で手首を重ね、それをやや高い鼻の前でこすっている。

ネクタイをびしっとしめている。


気づけばまたテロップが画面下に現れている。


北沢忠治郎(享年68歳)

霊界コメンテーター。


『限界はあるわけですよオ、何事も。人間界に必要以上に悪影響を与えない―――昔とは違うんです、霊界法律ルールも改正されて―――』


妙な語尾の伸ばし方をする。


「そこが間違っとるんじゃ!人を驚かせる、これは危害ではなくコミュニケーションじゃ」


対人間界ビジネスコンテスタント。

政野まさの重信(享年82歳)。


ばん、と熱血な感じのおじいさんが机を叩く!

額のあたりの血管が太そうで、見るからに血気盛んだ。生きてるみたいだ。

だが、そうではない。

みんな死んでる。

みんな死んでいるはずなのに。


そうだそうだー、霊界の嗜みじゃあ!、とギャラリーが乗っていく。

ギャラリーはどこまでも多いがその皆さんにはある種の一体感が有り、連帯している。

この会議は初めて行われたものではないという、練度が感じられた。


『まま、みなさん、ここは落ち着いて』


違う声がして、また移している人間が切り替わり、


藤木ヨシエさん(享年94歳)

『人間界と会、名誉会長』

が現れた。


『生きている方々との触れ合いについては、なーんも問題ない。『幽霊屋敷』『霊的すぽっと』などなど、今でもいくつも残っちょる。人間がわしら幽霊の存在を忘れてしまうことはないのよ』


先ほどよりも静かな、やや女性率(というよりもお婆さん率)が高いギャラリーがうんうん、と頷く。

老人会というものがこれに近いのだろうか―――、これだけ年齢層の高そうな団体は初めて見る。

しかしその誰もが、活気だろうか、これは。

その全身、肌から、みずみずしい活力のようなものを感じた。

霊だからだろうか、その表情は新鮮さすらある。


『それはたしかにそうです―――しかしショウゾウさんが指摘したいことはそれではないということですね』


霊界コメンテーターの眼鏡の男がいう。


『最近の若い幽霊は、『人を驚かそう』という、幽霊としての気概がない。生きとる頃からそんなんじゃから』


『それはまた別の話にしましょう。駄目ですよォ、生きている人のそれまで考えていたら、色々と長引きます。尾を引きます」


『ワタシはー賛成デース』


カメラが追う、違う目の色をした人が現れた。

人ではない、彼も膝から下がない、消えているのだが。


ジェイムズ・スタインさん (Aged 78)

霊界国際ジャーナリスト。

サムライと城とNARUTOが好き。

である。


『人と霊は切り離せないのですから、出会わないという方が、妙なハナシ。自然に反しているんです。ナチュラル。国際化も進んでいますし、もっと積極的に―――』


「失礼します、片倉さん」


崇常燈が話しかけたので、びっくりした。


片倉昭三氏(享年79歳)が画面を、俺たちの方を向いた。

思わず―――と言った様子で、笑顔がこぼれる老人。


『―――おお、燈ちゃん。おひさしゅう。ちょっと待っといてな。こんなジジイに毎度毎度、会いに来てくれてありがとうやけれど、あとでにして―――』


「いえ、今です。以前言っていた、『人間との触れ合いの、具体的な場所』の件ですけれども―――」

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