第26話お兄ちゃんは簡単に言ったけれど

旭日町高校、五月二十四日。

中間テストが終わり。

文化祭準備におおわらわ。

祭典の日に向かって一直線な雰囲気の二年四組。

放課後、廊下が騒がしい。

テストが一段落して、学年中が文化祭に向けての準備をしていた。

文化祭準備の時間である。


高次多々良はぐったりしていた。

どんよりしていた。


クラス内の雰囲気は、テンションは悪くない。

出来ないとされていたお化け屋敷ができるとあって、妙に有名になり、他クラスからわざわざ偵察に来る連中もいた。

悪くないけれど―――。



「いいか、引っ張るぞ?」


上坂かみさか君が言う。


「やって、オッケーオッケー」


そういって、下野君がフライパンから手を放す。


「そぉい!」


珍妙な掛け声とともに上坂君がたこ糸を引っ張ると、五メートルほど離れた場所にある机の端でたこ糸が曲がり、さらにもう一度折り返し、伝わった張力によって、金属製のおたまが、置いてあるフライパンを叩く―――。

叩く、はずだった。



おたまはフライパンを叩かなかった。

かすん、かすん、と情けない音で、おたまとフライパンが擦れ合った。

力が上手く伝わっていない。


二、三人がくすくすと笑う。

私も苦笑いをしそうだが、立場上出来ない。


「うわ、駄目かー」


洋子がため息をつく。


「やっぱり難しい、出来るわけねえよー」


「もうちょっと、右にずらせば何とかならない?」


「おし。やってみるけど………」


背後ではぎゃはは、と声を上げて遊ぶ連中も。

主に男子。

今はどこかのクラスの出し物で大量に余ったというキャスターで、ボウリングをやっていた。

椅子の下に四つついている、アレだ。

車輪ではあるがボウリングの球としては、性質が悪い。

から、から――、と鳴る。

まっすぐ転がっていなかった。


それを怒るのも諦める。

そう、その気力もないくらいに、私たちは行き詰っていた。

社会人になった時の自分を、今は想像できないけれど、会社の会議室で新商品のアイデアが出尽くした時が、こんな感じなんじゃないだろうか。

いける気がまるでしない。


やっぱり明るいお化け屋敷なんて無理だよ―――と、言われるんじゃないか。

私はそう、怯えていた。

お兄ちゃんは簡単に言ったけれど。

いつも通りへらへらしていたけれど。



根白坂ねじろざかくんも黙っている。

委員長なんだからもうちょっと何か言ってくれてもいいのに―――と、思っていた私。

男子としては声も小さいし、およそクラスで率先して発言する委員長タイプではない。

委員長も、最後はくじ引きで決まったから、確かに彼がそういう人間じゃなくても仕方がない。

けれど。



から、から―――と、鳴る音がした。

根白坂ねじろざか委員長。

彼のその手にはキャスターがあった。

車輪を指ではじいて回している。


「アンタもか」


私はうんざりした。

うんざりしかけた。

根白坂委員長は陰鬱に押し黙った表情を変化させないまま、机に向かって歩く。

ガムテープをビーッ、と引っ張り出し、それを使って。

キャスターを机の上に張り付ける。


「え!」


思わず声を上げる私。

な、なんだろう………遊びなのかな。

困惑。


「たこ糸を」


根白坂くんに言われるままに、渡す。

そこから先は見ていればわかった。

滑車だ。

キャスターを滑車にしている。

車輪の部分にたこ糸をかける。


彼が数分間、その作業をした後に。


「―――これで、やってみて」


そう言って、離れる。

さっきまで机の角に掛かっていたたこ糸が、二か所、車輪に乗っていた。

その先におたまがある。



「いいね、引っ張るぞ?」


上坂かみさか君が言う。


「さあ、来いや!」


そういって、下野君がフライパンの位置を見直す。


「そぉい!」


たこ糸がぎゅっ、としなる音を。

滑車がキュ、と音を出し。

そのあと。


―――カァアアアンッ!


鳴り響き。


遊んでいた生徒が一斉に、何事か、と振り向いた。

私は、根白坂君を見る。

彼は少し笑っていた―――、などということはなかった。

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