第24話とにかくそれを作るんだよ

私の兄は勝手な人間だ。

妹の私から見ても、十六年ほど眺めてきた経験から考えても、そう思う。

そして長男とは、そうでなければならないものだ、とも思う。

かりに、私が兄だったら、勝手な人間に育っている。

そう思えるくらいには精神が修養出来てきた。

大人になってきた………。

いや、ない。

もっと優しい人間になってみせる。

奴のようになってたまるか。

尊敬をしていないわけではない。

尊敬をしている。

口が裂けても面と向かって言わないけれど。

そんな兄だけれど、高校に合格した頃からだろうか、もう少し早かったかもしれないけど………。

友達を家に呼ぶことがなくなった。

友達がいない、わけではないと思うけれど。

では、だから代わりに私と話す時間が増えたのかと言えば、そういう訳でもなく………。





私は意を決して、教室に入る。

根白坂ねじろざか委員長の後ろに続き、二人で入る。


「多々良ー、あんた、言ってたこと本当なの?」


直江佳奈子なおえかなこ………よく話す女子のうちの一人。


高次たかつぐ、お化け屋敷ができるって、本当かよ」


男子、佐竹さたけ君。

彼だけではなく、クラス全体がざわついている。

文化祭の内容の話についてなので、みんな気になって仕方がない様子だ。


「先生たちが考え直してくれたんだよね。良かった。お化け屋敷が禁止なんてやっぱり変だもん。無茶を言い過ぎだよ」


そんな声が多かった。


「ううん、違うよ。先生たちは考えを変えていない―――私がちょっと思いついただけ」


私は手に持っていた物を掲げて、見えるようにする。


クラスのみんなが注目する。







「何それ―――映画のパッケージ?DVD」


一時期流行った幽霊の映画である。

でもそれだけでは何が何だかわからない。

私は首を傾げる。

兄は言った。


「ああ、映画だよ。心霊研究会の―――知り合いの人にいくつか押し付けられてな。この映画、ホラーっていうかお化けなんだけど、誰もいないのに家具が動く、音が鳴る、食器が飛んだりするんだ」


「あ、聞いたことあるかも。ラップ音ってやつでしょ?」


「はあ?ラップはソールドアウトだろ」


「違うよ、話し逸らさないで、続き。続きでしょ。心霊現象でラップ音っていうのがあるの、霊が壁を叩いたりするやつ」


「それはポルターガイストじゃ………あれ、どっちだったっけ。まあいいや、とにかくそれを作るんだよ。これなら暗くないのでいい。むしろ、動きを見せるために明るい方がいい。

ようするにお、こうだ、人がいないのに物が動いていく、そういうものにすればいい。人外の仕掛けに見せる」


「待ってよ、ものが勝手に動く?そんなの無理じゃん」


「紐とかロープとか、なんでもあるだろう、手段は。ピタゴラスイッチ宜しく、凝った仕掛けを用意してもいい。人が動かさなくても動く」


「紐とかロープでやるなら………人のチカラだけど。どこから動かすの?教室の外から?」


「ううん、それもありだな。教室の外からひも通してもいいし、裏方が必要だ。ステージ裏みたいな。教室を仕切って、その裏に人が入る。そこから動かせばいい―――客の進み具合を見ながら」


「………お皿を飛ばすのは?食器類。それはどうやるの」


「皿はさすがに危ない。皿は割れる。危険なものは無しだ。もっと、誰もケガしない物で………ケガなく、音が大きいものがいい」


「フライパンとか?」


「そうだ、ガーンってならせばいい。金属製のやかんもありだな」


「音が鳴る………シンバル借りてこよっか」


「ううん………でけえな、それは」


「それだけだったら、ちょっと待って、肝心のお化けはどこにいるのよ」


「お化けは、残念だがメインじゃねえな………だからこれはお化け屋敷と言うより、心霊現象屋敷と言った方がいい。タイトルもそうしておけ」


「えー………お化けじゃないのね、それ」


「どうしても出したい場合はそれもアリだな………着ぐるみか、衣装、服装で何とかして………見せ方だけ変えれば簡単かもしれない」








「―――と言う訳なんだけど、どうかなあ、根白坂委員長?」


私は委員長に質問する。

文化祭委員は私だけれど、学級委員長の意見も必要と言うことになっている。


「………良いと思う」


彼は言った。

彼は物静かで、めったに否定はしない。

言い方は悪いけれど、イエスマンの節がある。

この時点では、それだけの人に見えた。


「先生は―――どう思われますか」


「え、私?」


担任教諭の上杉先生。

スーツを着た新成人のよう、と形容される彼女は多くの生徒からおちょくられていて、しかし評判がいい。

生徒に近い目線で頑張るので、みなさんよろしくお願いします、と春に教壇で宣言した上杉先生。

普段は生徒の話を聞き逃すような人ではないけれど、基本的に、文化祭は生徒が一丸いちがんとなって行う祭りである。

ゆえに生徒間同士の話し合いを尊重しよう―――と先に言っていた。

静観していたらしい。


「先生の意見をお聞きしたいのですが、明るかったらお化け屋敷は―――禁止でしょうか?」


「そうねぇ………」


先生は少し考える―――しかし悩んではいなかった。


「他の先生と話してみるけれど、明るくて、段差もないっていうことは危険性がないのだから………出来るはずだわ。職員室で、掛け合ってみる」


教室の空気は、変わる。

担任教師からの許可が下りたことで、目に見えて色めき立った。


これは俺が考え出した奇抜な意見ではない。

そう、兄は言った。

説得力や、話術の類い、要素も薄い。

もともと全員がやりたかったことを、やれるというだけなのだから。

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