第55話テツ&アマ その5
自分の親、家に対してショックを受けた。
………というのが、正論なのだろう。
一般的な、一般人の感想なのだろう。
だがしかし。
白状すると――――これは素直な気持ちだが、それほどショックは受けなかった。
もう、ショックを感じるも何も、日常だから仕方がない。
まずやかんのお湯は少なかったが、熱かった。
台所周りには引火しないようにモノの置き方には気を付けているし、少し手元が狂ったくらいでは無事で済む―――大丈夫だと思うが。
まったく、昔はろくに料理なんてしなかったのにな。
「火を
じいちゃんの症状は、ものすごく重度の―――そういう病気ではなかった。
片付けた途中で………ショックは受けなかったが、面倒になった。
時計を見る。
「………もうちょっとしたら帰ってくるか」
あとは親か弟か―――やってくれる。
いや、これは嘘か。
母ちゃんが来ると、あれは怒鳴る。
それを見るのが嫌だ、聞くのが嫌だった。
俺は海岸沿いの、その頃たむろしていた場所に自転車を走らせた。
目を凝らさなければ、その白い煙は、周囲からは見えなかった。
防波堤の影になるような部分で、滝川と松本は煙草を吹かせていた。
その場所は。
もともとは海を見渡す展望台か何かの跡地だったらしいが、こんな田舎町なこともあって、かなり前から人が寄り付かなかった。
釣り人が近くを通りかかる程度である。
いつもの場所にいた二人は、俺に気付く。
「おう」
「ああ」
挨拶も適当に、俺は、立ち尽くしていた。
流石に制服姿では吸っていなかったが、もう見慣れたものだった。
俺は―――俺は、そのとき何を話すでもなく、ぼうっと突っ立っていた。
「うーりぃっ」
妙な掛け声とともに、滝川が白っぽい小箱を投げてよこした。
それは少し、くしゃくしゃした紙で覆われていて、まだ五本か、六本ほど残っていた。
「これ………」
「初回特典ってやつだ。一本だけタダでやるぜ」
ケチくせぇ、一本だけかよ、と松本がくしゃくしゃ笑う。
灰色のコンクリートの、無骨な部屋の中でそれが響く。
うっせーな、と滝川が呟く。
二人は、煙草を吸っている中学生だ。
法を破っている中学生だ。
だが。
だが―――こんなことを言うとすごく軽蔑されるとわかっている。
わかっているが―――俺が知る限りこいつらは、ものすごく優しかった。
こいつらには、いつからか俺の秘密を話した。
面白くない―――誰にも言えない、秘密。
おそらくあの狂人なら、つまらないと言って目をそむける、いや耳をふさぐような話を。
それを、口出しするでもなく、咎めるでもなく、ただ―――そうか、と。
何も言わずに聞いてくれる、そんな奴らだった。
いい奴らだった。
付き合いは以前からあった。
不良、と言えるようなものはこんな連中なのだろうか、と不思議になるくらい。
すごく―――温かかったのだ。
とても、とても。
ふと、窓から外を見る。
窓、と言ってもガラスはない。
骨組みだけが残ったような建物だった。
少し離れた道路で、煙草を吹かせている大人を見た。
『大人』は、つらいことがあったりストレスが溜まったりすると、煙草を吸うものらしい。
周りを見る。
この二人以外には誰もいないし、完全に道路からは見えない位置だ。
見られていない。
俺は、箱の中からそれを一本、取り出した。
お、と目を見開く―――好奇の視線を向けたのは松本である。
その時はなぜか、アマの目つきを思い出した。
「オイオーイ、テツ君、ようやくその気ぃ?」
「スカッとしとけよ」
実際、この煙を吸ってスカッとできるかどうかは、謎だった。
俺は、途中で、やはりと言うか―――手の動きを止める。
小箱を、投げ返す。
滝川はライターを探していたタイミングだったらしく、小箱に気付いたが、取り損ねて床に倒れかけた。
「―――
やめだ。
視線を落とし、斜め後ろを見る―――。
「………」
「んだよ、人を殴る度胸はあるのにな」
振り返った。
半笑いでこちらを見る滝川。
おいやめろって、と手を上げかけた松本。
「知ってるやつは知ってるぜ?」
「―――あ、あれは」
家族を、馬鹿にされて。
だから、俺は悪くない………。
「うん、うん。いやーよくやってくれたな。俺もあいつのことすげーウゼェと思ってたんだよ。なんつーの?言い方がさー」
そうは言ったが、にやにやとした目つきを崩さない。
「………あいつが悪いんだよ、だから。なにか文句あんのかよ」
「うん、うん………この調子でもうちょっと度胸見せろよ、一本くらい、
オイ、
いや、あれだよほら―――と、キョドってやがる。
「悪いなァテツ、おいタキ、やめとけ、やめとけ。やめるっていうか―――テツも。だからさ」
俺の目つきに、仲裁役が慌てる。
「………いや、俺は」
俺は―――。
「―――教師に見つかる前にさ、こういうの、やっぱ、やめようぜ」
大きな声では、言えなかったのが悔やまれる。
俺は、話題を変えて、少し喋った気はするが―――結局その日は、自転車に乗って、家に帰った。
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