第37話わかっていたか

「おい、アマ。お前………どれくらい、わかってたんだ?」


校舎裏でまずはテツが言った。


「はぁ………あ?」


俺は質問の意味がわからず素っ頓狂な声を上げる。

わかっていたか―――だって?

質問?

まず、こいつが質問するのか。


「俺の、ことを………どうやって知った」


テツは、何がいやなのか、気に入らないのか、睨む。

俺はむっつりと押し黙った。


まず、謝罪だろ。

譲らねえ。

こいつの自分勝手さを問い詰めてやる。

一時期は信じた男、テツだったからこそ、謝罪を待った。

しかしテツは俺を妙な目つき………怪しむような、いぶかしむような目つきで睨み。

何も返答はなかった。


は、あ………。

と、俺は見せつけるように、丁寧に、ため息をつく。

残念だ。

俺はお前を軽蔑していますよ、という風に。


「文化祭、あの時すっぽかしたよな、テツ。言ってくれれば………百歩譲って事前に言ってくれれば俺だって、何かできたのに」


「ぶんかさい?」


テツが目を見開くが、その反応は、にぶい。


「文化祭って………ああ、そうだ、中学のか………文化祭のことは、謝らないとな」


うつむく、テツ。

ごめん―――、と、この男は言ったが、俺は体の芯から火が出てくるような、想いを抑えきれなかった。

端的に言って、キレた。

こいつ、まじかよ。

あの頃の感情的な自分が出てきたが、抑えきれない。


「文化祭のこと、忘れてたのか!あれの所為で俺が、どんなに恥かいて!クラスの奴らにも迷惑がかかったし!」


「文化祭は、無理だったんだ」


「どうして!」


「俺が、文化祭に参加することを嫌がったやつがいる」


「………テ、テツが、」


文化祭に参加することを嫌がったやつ?

そんなやつがいるのか?


「奴っていうか………何人もいる、なんだけど」


ばつの悪そう、居心地の悪そうな表情―――嘘を言っている風には見えなかった。


「………信じられない………んだが。そもそも、最初はやる気満々だったよな、たしか」


祭り事が一番好きなのはお前だと、認識していた。

俺の勘違いな訳はないと、確信できた。


「ああ。最初は頑張っただろ、アマ………お前が上手くいくよう、言っただろ色々。頼むからチャラにしてくれ………いや、違うな。あれが限度だった」


「それは………引っ越しが関係するのか?」


「ああ、引っ越しは本当に親父の仕事の都合で、じいちゃんとは関係なかったんだ」


「じ、じいちゃん………?」


何言ってんだ、こいつ。

そう思った。


「俺のじいちゃん、認知症でさ」


「に………にんちしょう?」


「料理の火がかけっぱなし、家に帰るといつも母親が、じいちゃんを怒鳴ってるのな。それが、ずっと。………俺、家族で夕飯揃って食べなかったんだ、ほら―――じいちゃんが、皿、食器を割っちまうから。別々の、俺の部屋で、一人で食べて」


「………」


「本当に、優しい人だったんだ………俺が小さい頃は。ただ、俺もきつくなって。なんか、上手く言えないけど、学校でも楽しくなくて。アマ、お前とは喋りたくなかった」


うちのことで、精いっぱいで………と呟く。


「文化祭は………アマ、お前が俺無しでやれただろ」


「そんなことは………ないよ」


悔しいが。

俺、お前みたいに人と話すの苦手だ。

あの当時は特に。

怖くて、お前を頼ってたんだぜ。

そう思うが、そこまでは言葉が、出ない。

テツが話すのなら聞こう。

聞こうじゃあないか。


「俺は駄目なんだ。お前がだんだん、見れなくなって。お前には俺の気持ちはわからないだろう。楽しそうなお前を見てると、クラスのやつらもそうだけど。イライラしてさ。俺ん家と全然違うんだもんよ、なんていうか―――うまく言えねえけど」


………。


「家に帰ろうとしたとき………、家に帰ろうとしたとき。ゲロッちまったんだ」


にへら、とテツは笑う。

奇怪に。


「笑うだろ?下校するだけで、気持ち悪くて吐いちまったんだ。帰りたくないから。授業中も怒鳴り声が幻聴で聞こえたりな。俺は今日は、駄目だと思って。休もうって。軽い気持ちだ。コンビニで一晩立ち読みしようと思った。いや、違うな………」


テツは、頭に手のひらを当てた。


「ええと、待て、最初は公園のベンチで寝ようと思ったんだ………。まず、それだ」


頭を、振るテツ。

目がうつろだ。


「一晩、野宿しようと思った―――。許せよ、その頃親父と母親で、じいちゃんに、じいちゃんをどうするか、縄で縛っておくかって話をしていて。やってらんねーんだよ。でも眠れなくて、公園は―――寒くはなかったんだが。寝付けないから何か食べようと思ってコンビニに行って、ぼーっとしてたんだ」


ミスった。

ミスった。

ミスった。

あれは、ミス、ミスだ。

テツは、呟きを繰り返す。


「意外と、静かだった、警察がざあっ―――と入って来て、補導された。二人だったかな。見られて、しばらくして………ああ、真夜中だからか、だから捕まったのかと気づいた。まあ警察署で寝れたんだが………大崎には、それでバレた」


くそ、くそ。

と、呟くテツ。

何度も。


「大崎………うわ、なつかしいのが出てきたな」


大崎先生は、その時の二年生の、隣のクラスだったと思うが、担任教師だ。

気のいい男性教師だが、生徒には甘いところがある、俺は―――そういう風に見ていた。

俺とテツの担任は木津川先生だが、警察に最初に行ったのは大崎らしいということは、誰かから聞いた。


「引っ越したら変わる………わけもないよな、たぶんじいちゃん、引っ越すのが嫌だったんだ。未練があるのか、住んでた場所に………。まあ、婆ちゃんが死んだあたりからかもしれないが、もともとはどこからだか、俺にもわからねえ。弟もごねた、友達と離れるのが嫌だって言って」


「………」









「………何か、変だなとは、思っていたが、お前のおじいさんがそんな――――そんなことになっているとは思ってなかったよ」


俺は、そう返す。

まったく想像していなかった、テツの弱弱しい語りに、飲み込まれた。

飲み込まれかけた。

俺は自分が傷ついたことを根に持っていたんだが、それだけだったのだが。

それを今、言う気にはならなかった。

ある種の、安心ではないが納得する点はあった。


「テツ、お前のこと、真面目な奴だとは思ってなかったよ、最初から」


「あん?」


「お世辞にもまじめな人間ではなかったが」


「よく言うぜ、お前の口から………」


「っ………」


そうかもしれないが、でもお前のことに関しては考えていたつもりだ。


「だが、だからこそ祭りごとに………勉強しなくて済む行事ごとにすら、参加しないようなところが不自然だった」


おかしいと思った。


「………まあな」


確かにあの、様子がおかしくなったテツには、思い当たるものがあった。

だが。

だが。


「テツ………お前が辛いって、そんな思いをしていたことはわかった」


「―――わかっただと?」


凄まれた。

なぜここで、というタイミングだったので俺は内心怯んだが、続ける。


「でも!でも―――だ、学校で。俺とか、クラスの連中で、学校は楽しむってことはできなかったのか?」


学校と家とは、別だろう。

なんか、お前は友達も多かっただろうし、文化祭だってそれでできたはずだろう!

そう、言った。


「俺にできたことはあるのか?」


「それは………ずっと、考えた。でも………言われたんだ。聞かれたんだ」


―――ねえ、御原くん、警察に捕まったって、本当?


………………そうだよ。


―――なんで?


それは………い、家出っていうか。ちょっと、ほら………。


―――なんで文化祭なんてやってるの?


………な、なんでって。


―――変なこと、しないでよね。





「そんなことを言われたのか………誰に!」


俺は脳内で検索をかける。

そういうことを言いそうな、説教気質な、忠告好きな奴は確かにいた。


「いや、いいんだ。俺が、クラスの連中にどういうふうに思われているか、それで大体、わかっちまってさ………怖がられてる。いや、それ以前からわかってはいたんだが」


俺には少しわからない感覚だった。

なんだろう、テツは………そこまで過敏な奴だったか。

変わっている。

やはり性格が変わっているのではないか………。

五年も経てば、そんなものなのか。


「そんなこと、気にしなくてもいいじゃねえか………」


「もちろん、いらついたけど、気にしないつもりだったんだ。でもある意味、正しいんだ。別の意味で―――」


「別の意味………」


「なんで文化祭をやってるか。俺は確かに、文化祭に力をいている場合じゃない………治る見込みがなかったしな………じいちゃん」


「………」


家のこと。

家族のこと。

学校がある日の昼間も、家にいたのか?

それに時間を割いた―――?


「………それで、休みがちになって、と、そういう訳か」


「アマ、お前の楽しそうな顔を殴りたくなったこともあるんだぜ。俺より楽しそうな人間の顔を一人ひとりぶん殴っていけたら楽だし、解放されるし―――でもそんなの、変だから、できる限り逃げたんだ」


………。


「―――何もしないでほしかった」


お前は何もしないでほしかった、と。

テツは言う。


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