意図した成果は日々の弛まぬ努力の果てに #18 CRAZY AFFAIR
「なんだかあの子すごいですね!」
「確かに、いろんな意味で!」
ライムの指摘にノエルは大きく頷いた。
声を大きく張らないと歓声の大きさに負けてすぐ隣でも全く聞こえないのだ。
二人とも斜め前にいるノリノリで踊ってる少女には最初から気付いていたのだが、演奏を純粋に楽しんでいたので今までスルーしていた。
あっちはあっち、こっちはこっちだ。
だが、そろそろそうも言ってられなくなってきた。
気になってしょうがない。
というか、気にせずにはいられないという心境の方が今の二人の内面を的確に言い表せているかもしれない。
そして、きっと周りの誰もが自分達と思いを一つにしているだろう。
そう、あの子は恐ろしいまでにリズム感が悪すぎる、と。
どうやったらあそこまで悲劇的なリズムを刻むことができるのか?
「わぁーお!イェイイェイ!」
少女の突き抜けるような興奮は非常に伝わってくるものがある。
と同時に、非常に残念な気持ちにならずにはいられない。
本来のリズムから一拍二拍遅れて身体を激しく動かしているので、もはやライブの一体感も何もない。
動きにキレがあるだけに余計に周囲とのズレが悪目立ちする。
まさか周りからそんな風に思われているなど、微塵も感じていないだろう。
しかし、あの独特なリズム取りのせいでこちらまで狂わされる。
もちろん本人に悪気は全くないだろう。
しかし、彼女を目にした者たちは、自分も含めてさぞかし踊りにくい思いをしているに違いない。
だが彼女の強烈な存在感を際立たせているのは何もそれだけではなかった。
あの派手で奇抜なヘアスタイルがノエルには気になって仕方がない。
片方の側頭部でピン留めされた金髪の束に目を奪われる。
反対側は赤や橙の派手なメッシュラインが目を引いた。
流石は都会。髪型も最先端らしい。
ライムと同じように背は低く体も華奢だが動きの機敏さには唸るものがある。
いかんせん動きが大きすぎて、周りに飛び火しないかこちらが心配になるが、完全に自分の世界に入っている彼女のおかげで周りが若干遠慮しているのは少し笑えた。
「わおわお!う、いぇーー!!」
俄然ハイテンションな彼女のすぐ後、本人に張り合う気持ちがあるのかどうかは別にして、傍らでライムが細い腕を目一杯振り上げた。
「いぇー」
最高潮の興奮と怒涛の歓声が幾重にも入り混じる中、額に微量の汗を浮かべ声を張り上げるライムだが、心のどこかに小さな躊躇いと恥ずかしさが残っているのか、悲しいかな如何せん声量が足りていない。
とはいえ、あそこまで自分を曝け出すのはある種の勇気と慣れがいるだろう。
こちらも良い意味で可笑しかった。
そんな友人のささやかな対抗心を感じつつ、ノエルもリズミカルに身体を揺らせる。
ただ何にせよ、ライムのイキイキとした表情を見れるのは嬉しかった。なまじ粗相をした後だけに。
「愉しいですね、ノエル!」
「うん、ういぇーい!」
ノエルの声量は少女以下ライム以上だ。
その後ルゼルは三曲立て続けに演奏した。
彼らの演奏を今日始めて聞いたノエルだが、すでに好きになり始めていた。
基本的にアップテンポのものが多く、どちらかと言うとしっとり聴かせる系よりも躍動感と疾走感を味わいたいノエルとしてはかなり性に合う。
踊りも歌も人並み程度のノエルだが、昔ライと大勢の前で一緒によく歌っていたので、こういう雰囲気に馴染むのは早い。
彼からギターを少し教わったことがあったが、最終的にやる側より聴く側観る側のほうが自分は楽しめることが分かった。
夜空の下で弾き語りをする自分より背の低い兄にせがんで、数え切れないくらいたくさんの曲を披露してもらったのを思い出す。
彼のストックは豊富でいつも違う曲をノエルの耳に運んでくれたものだ。
いつ何時でも弾けるように、どこに行くにもライは常にギターを携帯していた。
ノエルが剣術の模擬試合で勝利を重ねる度に、ライは会場で勝利のファンファーレをかき鳴らすのだ。
これには一緒に応援に来ていたロキ、ルカ、ミロだけでなく、師範や仲間たちも驚きを隠さなかったが、苦笑しながらも止めたりはしない。
当のノエルは周りの目もあり最初のうちは恥ずかしくて止めてほしかったが、ギターをかき鳴らすライの少年のような笑顔を見るのは好きだったし、何より本気で祝福してくれている彼に良い姿を見せることが出来るので自尊心もちょっぴりくすぐられた。
さらに、ノエルの誕生日では必ずオリジナルソングを作ってくれたりと、ライという青年は喜ばせることこそ我が人生とばかりに創作に全く余念がない。
状況に合わせた雰囲気作りにも手を抜かない男で、紅一点のロキさえ唸らせるほどの作りこみようだった。
彼女が逆に教わりに行くことも多かったくらいだ。
そんなライだから、イーギスに行くと聞かされた時には少なからず驚いた。
おおかた音楽や芸術系の学校にでも行くのかと想像していたのだ。
仮に行っていれば今頃はプロとして活躍できていたのではないかと思える腕前で、これは全く身内びいきなどではない。
しかし、他の三人と歩調を合わせるように彼もまたイーギスに旅立ち、その七年後ようやく自分も同じ場所に辿りついた。
その現実をノエルは改めてかみ締める。
ルゼルのメンバーはここにいる人たちに心の底から楽しんでもらうための本気の演奏をしている。
そういうところがライにそっくりだ。
ヴォーカルの青年を筆頭に、ノエルとそう年も変わらないメンバー全員のひたむきな態度は未だ再会を果たせていない彼を髣髴とさせる何かがあった。
一時的な休憩が宣言され、機材はそのままにメンバーは控え室と思わしき塀の中に姿を消した。
この後少しのインターバルを経て、歓声を伴い演奏は再開されるのだろう。
「おつかれー、ライム。良かったね」
ふうと一息つき、汗を拭いたライムがノエルに近づいてくる。
思い切りの良さには欠ける彼女は、驚くことに、周りが振り向くほどの綺麗な声の持ち主だった。
意外な才能を見た思いである。
途中、ライムの歌唱力に気付いたルゼルのボーカルに仮設のステージ上から手を振られた時の彼女の照れ具合は非常に微笑ましいものがあった。
よほど嬉しかったのだろう。
冷めやらぬ余韻は彼女の紅潮した顔を見れば分かる。
「びっくりしました!まさかヤクトさんに声をかけてもらえるなんて!来てよかったです、本当に!」
ボーカルの青年の名前らしい。
中性的な雰囲気と声音でノエルには最初男か女か分からなかったが、ノエルの中では男性前提で話をしている。
「ライムは知らなかったみたいだね。今日ここで演奏あるの」
「そうなんです。いつもは会報でお知らせをもらったりするのでスケジュールは全部把握してるんですが、今日のこれは多分ゲリラライブだと思います。何の告知もなかったので。だから本当に恵まれてます!」
ライムは決して目立つ容姿ではないが、それでもこのご満悦の表情は同性から見ても何と言うかとても可愛い。
今日一日のギャップを知るノエルだけに、思わず頭を撫でたくなるような小動物的な愛くるしさだ。
これで猫耳とかつけようものなら、どう考えても鼻血ものである。
今度彼女が寝ている隙を狙って、髭を描き足してみるのもいいかもしれない。
「どうかしましたか、ノエル?」
「え?」
変態じみた妄想が本格的に始まる前に正気を取り戻したノエルはなんとか感想を口にした。
「やー、良かったわ。二曲目のギターのゴリゴリ感がいいね。それがまた彼の歌声にあってるんだねー」
「はい、そうなんです!どうやったらあんな魅惑的に歌えるんでしょう。素敵ですよね~」
不届きな妄想に浸っていたことなど棚に上げ、気持ちを切り替えたノエルはライムをいじりだす。
「好きなんだねー、ボーカルの人が」
「え、ち、ち、ち、違いますよ!ノエル、何言って。わたしはただ単純にアーティストとして好きなだけであって、ですねっ」
わちゃわちゃした取り乱し様にちょっと意地悪してやろうと気持ちが疼く。
だが止めた。せっかく良い気分でいるのだ。夢見心地のままそっとしておいてやるのも後輩の務めである。
「いいよいいよ、そういうことにしておいてあげる」
「もう、ノエルっ!」
「あはは。からかってごめん。あ、せっかくだし、あっちのほう見てきなよ。なんかグッズとか扱ってたよ」
「本当ですか!じゃあちょっと見てこようかな」
興奮を小さな体に押し留めるのはいささか窮屈らしい。
今にも走っていきそうな勢いだ。
ロフタスパークに来るまでの街歩きを通して、ノエルは気になるお店を数軒見つけている。
何も今日一日で詰め込みすぎる必要はない。
また今度の機会でいいし、それにこの瞬間は今しか手に入らない。
ライムの笑顔はいよいよ満面だし、それを邪魔したくなかった。
「その間にあたしは飲み物でも買ってくるね。何がいい?おごるよ」
「え、そんな悪いですよ!」
「いいのいいの、ここまで案内してくれたお礼。ジュースで悪いけど。買ったら、ここで待ってるからね」
ノエルの言葉に我に返ったらしく、途端に申し訳なさで困惑顔になったライムを遮り、ノエルは彼女の小さな背中を押してやった。
そうしないと、悲壮感に溢れる彼女が街案内を再開しようと言いだしかねなかったからだ。
実際彼女がそこまで責任を感じる必要はないし、そもそもノエルもこの雰囲気を十分に楽しんでいる。
少しだけ肩の荷が下りたノエルは売店にライムが向かうのを見届けてから周囲をぐるりと見渡した。
人口密度がすごかった先ほどまでと違い、休憩中は人垣の山が散開したおかげで、ノエルは飲み物を扱ってる売店をすぐに見つけ出せた。
あの熱気だ。腹は減っていないが喉はかなり渇く。
冷えたジュースを二本分手に入れるために、ノエルは行列の最後尾に並んだ。
みな考えていることは同じらしく、買うのには少々時間がかかりそうだった。
「ファンなんだからもっと安くしてよー」
手持ち無沙汰な表情で自分の番が来るのを待っていると、背後で聞いたことがある声がした。
目を向けるとそこにいたのは演奏中に見かけたあの少女だった。
あのような風貌の持ち主は一度見たらそうそう忘れられるものではない。
露天商の若い男は渋面顔を浮かべている。
「そういうわけにはいかないってば」
物欲しそうな顔でねだりまくる少女に若い店員はほとほと困り顔だ。
聞いてると、お金が足りないけどバンドのファンだから安くしてくれと無理を押し付けているらしい。
まず大前提としてこの露天とバンドは無関係である。店員が断るのも無理はない。
穏やかに反論しているが少女はそれでもその場を一向に去ろうとしない。
営業妨害とまでは言わないが、あれでは流石に商売の邪魔になるだろう。
ゲリラライブと言うライムの推測は正解だと思った。
警備や警察の者がどこにも見当たらない。
問題行為を起こす者が一人でも現れると全部当事者だけで対応せねばならず面倒になりがちだ。
これも突発的に敢行するデメリットだろう。
そしてもう一つ。
少女の行動はまだ見ていられる範囲だが、手に負えないと思った店主が警察に連絡すれば、この場一帯が白けてしまう恐れがあるということだ。
それをするのは彼とて本意ではないのか、なんとか立ち去ってもらおうと説得に必死だ。
自分の番が回ってきたノエルはリンゴと炭酸のジュースを購入した後、すぐに列から離れて少女と店員がいる露天商に駆け寄った。
小さなアクセサリー類が敷物の上に所狭しと並んでいる。
全て手作りで揃えた移動式の専門店のようだった。
少女はそのうちの一つをいたく気に入ったようで、手に入れるまで梃子でも動かないといった様子だ。
聞きわけが悪すぎる少女を前にして、徐々に店主の顔に不機嫌なものが混ざり始めるのが分かった。
この調子では冷やかし半分でも他の客が寄り付かないだろう。
財布の中身を確認したノエルは商品の前で中腰になった。
「すみませーん、これいくらですか?」
少女のすぐ目の前にある商品を指差す。
「いらっしゃい、そこの赤と白の腕輪かい。ペアで780レノだよ」
ノエルの夕食一回分の値段だが、この細やかな作りこみなら素直に安いと思った。
ペアでこの価格なら十分良心的だろう。
ノエルは決意する。
「うん。じゃっ、それください」
「まいどあり!包めるけどどうする?うちはサービスでプレゼント用の包装もしてるからね」
店主も普通の買い物客に安心したらしい。
表情に笑顔が戻る。
「ほんと!じゃあこの子にプレゼントするから包んでくれますか?」
そこまで話を黙って聞いていた少女が驚いた表情でノエルの顔を見つめる。
それは目の前の露天商も同じだった。
店員は売上が立ち厄介な少女を追い払えるし、少女のほうはタダで欲しかったモノを手にできる。
手作りに目がないノエルは場を解決できるので、結果誰も損をしない。
腕輪の本来の用途としては男女で一つなのだろうが、個人的に渡したい相手もいないのでタダで譲っても一向に構わないのだ。
女同士で分け合うのも何だが、解決できるのでまあいいだろう。
ノエルは商品を店主から受け取り、いくつかの硬貨を渡した。
「はい、あげるー」
「え?」
「これ、すごい欲しかったやつでしょ。だったらあげるよ。あたしも二つもいらないしね」
間近で見ると気の強い猫のような顔をした少女だった。
意味を理解したのか、少女の顔がみるみる喜色に変わっていく。
その表情にはなんとも言えない愛嬌があった。
「ほんと?!」
「うん、いいよ。あげる。大事にしてね」
「ありがとう!!おねえさん、やさしいね!」
ニカっと笑った拍子に八重歯が覗く。
少女はノエルの手を握りしめた。
いきなり手を握られたことよりもその力が予想に反して強かったことに少なからず驚いた。
「ともだちともだち!」
言って、ぶんぶん振り回してくる。
「え、友達?」
「おごってくれたら友達だよ!あーしはエルフ。おねえさんは?」
「あたしはノエルだよ」
会話に繋がりがないので少し戸惑ったが、目を見れば悪い子ではなさそうで安心した。
実際に接してみると変に憎めない可愛さがある。
派手な髪型もエルフと名乗る少女の個性の一つなのかもしれない。
そう言えば、まだノエルが幼かった当時、慣れるのに時間がかかったのがミロという男だった。
まず喧嘩っ早い。口が悪い。おまけに目つきも悪くぶっきらぼうだ。
少年少女時代から品行方正で通っていたルカとロキの二人と違い、普段温厚を絵に描いたような母親でもミロの素行や風貌はあまりよろしく見られていなかったようで、身から出た錆とはいえ、今思えばちょっと気の毒な気がしないでもない。
顔つきは年相応かもしれないが、ブチ切れた時の眼の凄味は言葉よりもすぐに手を出す大人相手にも十分通用していた。
そんなミロがイーギスに発ってから数年。彼の七年間を見てみたい。
そして、あれから自分がどれだけ成長したかも見てもらいたい。
「…て、あ、あれ?!エルフ?」
エルフの姿が見えない。
昔を思い出している最中に忽然と姿を消してしまったようだ。
「ちょっと目を離したすきに!」
ひとまず自分の悪い癖を棚に上げておく。
別に保護者でもないし、知り合ったばかりの子を探す必要もないし、何より当初の目的は果たせたのだから、ノエルとしてはそのままライムと合流すればいいのだが、ただなんとなく放っておけない。
待ち合わせ場所に視線をやるとライムはまだ戻ってきていないようだった。
ちょっとだけ探してみようか。
この人ごみの中探すのは少々骨が折れそうだが、何せあの風貌である。
聴衆の中に彼女以上に目立つ人間はいなかったので、案外早く見つけ出せるかもしれない。
まだそんなに遠くに行ってないことを祈りながら、踵を返したノエルはステージ付近に戻ることにした。
それは、その矢先のことだった。
「だれに断ってここで何やってんだコラ!てめえら、ちゃんと話通してんのか!!」
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