鏡と亀裂
幼なじみの間柄の時から言い合いみたいなことをしてきたけど、それはじゃれあいのひとつであって、お互い別に本気で言い合ってたわけじゃないのはわかっている。
しかし今回はこんなことになった。
晋と初めて喧嘩になった。
普段は私が『はいはい』と受け流すか、晋が『まぁまぁ』と受け流してきたのに…。
その日から晋がウチに来なくなった。
なんてわかりやすい拗ね方だ。
そこらへんが本当にガキ。
私も会いにいくもんか!!
だって身内にそんなホイホイと恋愛事情を言ってほしくない。
そこらへんは察してほしい。
てか、普通わかるじゃん!!って思う。
恥ずかし気もなく人に『キス』とか言える神経が信じられない!!
私の文句は間違ってない
……多分。
だからこれは晋とのチキンレースのようなものだ。
先に謝った方の負けだ。
だから3日ぐらい会わなかった。
家が隣なのに会わないようにしたら、会えないもんなんだ。
一人で部屋にいたら、いつもより部屋が広く感じる。
…いつもより静かに感じる。
"比奈子"
静かなはずなのに、声が聞こえた気がした。
手持ちぶさたにスマホを弄るが、すぐに仕舞う。
今まで家が隣だから、幼なじみだから…だからいつも会えたんだと思っていたけど
いつも晋が会いに来てくれてたんだ。
こうして一人になって、そのことに気付く。
晋はデリカシーなくて恥ずかしいことも悪気もなく言っちゃうけど、そうした隠すことがない素直なところがあるから、いつも一緒にいれたんだ。
……晋は今、何してるんだろう。
溜め息が出た。
いつもより暇な1日を過ごし、朝を迎える。
起き抜けに洗面所で顔を洗う。
昨日も晋……会いに来なかったな。
そんなに怒ってるのかな…
水が伝う顎をタオルで当てる。
溜め息がまた出る。
確かに彼氏の存在を黙っているって、嫌だよね。
例えば晋がクラスの女子とかに彼女がいると言っていないとなったら、『なんで?』って思う。
上手く言えないけど、確かにちょっと嫌だ。
チキンレースとか言ってたけど、ぐらぐらと決意が揺れる。
「まだ使ってる?」
鏡越しに侑が顔を覗かせた。
既に制服を身に纏い、もう学校に行く準備が出来ているといった感じだ。
「あ、ごめん。いいよ、使って」
タオルを持ったまま一歩下がり、侑に場所を譲った。
「ヒナ姉も知ってると思うけどさ、」
侑が歯ブラシを取った。
「晋はずっとヒナ姉が好きだったんだよ」
侑の
「俺はヒナ姉よりも晋といることが多かったから、そんな晋を見てきたからさ」
「……うん」
「だから俺は良かったって思ってるけど?」
「は?」
「二人が上手くいって。それをちゃんとすぐに聞くことが出来て」
「……」
侑は歯磨きを始めたから、そこで話は終わり、沈黙が流れた。
小学生の時の晋を思い出す。
晋にとったら、長い恋だったんだ。
でも付き合って一ヶ月しか経ってないのに、喧嘩しちゃった。
しかも思えば、わりと下らないことで…
……晋にバカって言っちゃったな。
しかも結構本気でグーパンチまでしちゃったし。
痛かったよね、絶対。
だけど晋はやり返してこなかった。
殴っちゃった私に手をあげなかった。
晋の優しさ…ちゃんとわかっているのに。
今日、晋と会おう。
私から会おう。
「タスク~、ワックス貸して」
決心した途端、鏡に映ったその姿に驚きのあまりに心臓が止まるかと思った。
晋がヒョコッと顔を出したのだ。
「ーッッな!?なんであんたが朝からいんの!?」
「え?昨日、タスクの部屋に泊まったから?」
照れるように眉をハの字に晋が笑い、わざとらしく体をくねらせる。
「タスクが俺を帰してくれなくて……」
「キショイこと言うな。お前が帰るのメンドーつったんだろうが」
冷たいツッコミのあと、侑は晋にワックスを渡して洗面所を出た。
唐突に二人にされて私は固まった。
改めて私を見た晋がふにゃりと笑った。
「おはよう」
「……おはよ」
今までの冷戦が嘘のように接する晋の神経がやっぱり理解出来なくて
「こないだはバカって言ってゴメン……」
だけど私より先にそう言われて、私には出来ないその素直さが好きだって思った。
「昨日、タスクにも注意された」
「……なんて?」
「『家族に全部喋るのが恥ずかしい気持ち、俺はわかるよ』って」
「……うん」
「『自分の考えが皆同じだと思うな』って……」
「侑は厳しいな」
ちょっと笑った。
でも侑は私には晋のフォローして、晋には私のフォローするなんて……
どんだけ良い奴なんだって感動もした。
『自分の考えが皆同じだと思うな』……か。
私の胸にもチクリとした。
「確かにタスクは俺と幼なじみだけど、比奈子は弟だもんな」
「ははっ、何言ってんの。当たり前じゃん」
「うん。それに比奈子の性格考えたら、比奈子のそういうの……俺にもわかるのにな」
晋がもう一度「ごめんね」と言ったから、胸が痛んで首を振った。
私の方こそ……
言おうとする前に晋が喋った。
「でも今までの比奈子の彼氏とかの話、俺は聞いてたからさ。言ってないとは思わなかった」
晋は鏡の前に立ち、ワックスを手に伸ばした。
そんな男の子の後ろ姿になんだか胸がキュンとした。
「……"晋には"…でしょ?」
「ん?」
「晋には言ってたよ」
「……」
鏡越しで晋と目が合った。
「侑は弟だから言いづらいだけ」
「じゃあ俺は?」
髪を立て終えた晋が振り返った。
「晋は、」
「……」
「……特別…?」
疑問文で言葉を誤魔化してしまったが、恥ずかしさが半端ない。
タオルで顔を隠してしまおうと思ったら、晋が先に片手で自分の顔を覆い、壁にゴンと頭をぶつけた。
「えぇっ!?晋!!何して……」
「やべー…俺、すんげぇ幸せかも」
晋の耳が真っ赤だ。
「あ…朝から、な…何言ってんだか……」
そういう私も晋につられて真っ赤になった。
そしてタオルを持っていた手を掴まれて、引き寄せられた。
晋の顔がフッと近付く。
慌てて晋の口に手を置いて、軽く押し返した。
「バカ!!朝からやめて。それにリビングにお母さんと侑が……」
「でも俺は無理なんだけど」
晋が喋ると指のスキマから晋の熱い呼吸が漏れて、ドキッとした。
引っ込めようとした手は晋に捕まえられ、手のひらをチュッとされた。
体が熱くなって、動けない。
晋の目がゆっくり開き、もう一度近付いてきた。
「晋ー、朝ご飯も食べてくのかって母さんがー」
リビングから侑の声だけが飛んできて、私も晋もキス直前で背筋を伸ばした。
「お…おぉ!!食べてくー!!!!」
少しどもった晋に笑ってしまった。
「何よ、あんたはキスとか他の人に知られても平気なんじゃないの?」
「……言うのと見られんのはまた違うんだよ」
少し口を尖らせて、顔を赤らめる晋がすごく可愛い。
…ー
「いってきまーす」
「いってきまーす!!ごっそさんしたぁー!!」
私が家を出るタイミングで晋も家を出た。
「あ、比奈子!!一瞬待て!!カバン取ってくから、一緒に下まで降りよ」
「……あんた、人ん家で朝ごはん食べたのはいいけど、時間大丈夫なの?侑はとっくに出たわよ?晋……遅刻じゃ、」
「ちょっと待ってろー」
晋は私の言葉を最後まで聞くことなく、自分の家の中へと消えた。
……誤魔化されたな。
一緒に行くのも、歩いてたらマジで授業に間に合わないんじゃないの?
そこらへんが微妙に不良な感覚だよね、晋って。
鞄を持って出てきた晋と並んで歩き、エレベーターの中へ入った。
「比奈子、おばちゃんにも俺らのこと言ってないよな?」
ギクッとしたが、そこらへんは侑と同じだからと晋は理解してくれるだろうと白状した。
「機会があったら言うけど……お母さんはもうちょっと待ってくれない?」
「なんで?」
「侑と違って根掘り葉掘り聞かれるのが目に見えてるから……」
「ははは!!あっかるいおばちゃんだもんな!!」
侑は『良かった』って言ってくれたけど、お母さんは絶対からかってくるのがわかる。
「でも……ちゃんと言うから!!……私から」
「いや、別に無理して言わなくてもいいけど」
「嘘付け!!侑の時、拗ねてたくせに!!」
「ふ……俺は成長する男なんだよ」
「え?殴ってもいい?」
「なんでだよっ!!」
マンションから出て、駅までの道のりを歩く。
茶髪が朝日に反射していて、ゲラゲラ笑う晋が楽しそうに見える。
「でもちゃんと言ってくれる比奈子とか想像出来ないな」
「想像力が足りないんじゃない?」
「ひどっ!!じゃあさー」
晋が小首を傾げた。
「友達とかには何て言ってるの?」
……
歩みを緩めるのことなく、進めた。
「……比奈子?」
「……うん?」
「友達には、俺の事どんな感じで言ってるの?」
「……」
「比奈子さん?」
杏里以外の友達には、実はまだ言えていない。
フフフと笑ってみたが、晋がジッと見たまま何も喋らない。
無言だったが、はっきりと亀裂の入った音がお互いに聞こえたような気がした。
結局まだ謝れていない私とやっぱり不満な晋。
晋がまた3日、私の部屋に来なくなったのは言うまでもない。
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