拒否と告白
拒否と告白
……——
「それでさ…芳行がずっとイライラして」
「……うん」
部屋でクッションを抱き締めながら、ひたすら晋に愚痴を言った。
「鍵もすぐに見つからないし……ホント最悪!!」
「……ふーん」
晋は雑誌を読みながら生返事をする。
「晋!!聞いてる!?」
「……うん」
クッションに顔を埋めて、その中で溜め息を吐いた。
「ホント……失恋って、なんでこんな辛いの?」
「……後半の愚痴は失恋、関係なくない?」
晋を睨んだ。
「挙げ足取りやめてよ」
「アゲアシなのかわかんないけど実際そうじゃん」
こいつ、さっきから全然優しくない。
大袈裟に溜め息をついてみせた。
「昔はあんなに可愛かったのに……」
「……昔?」
「小学生の時、生意気だったけど、『ヒナ姉ちゃん』ってまだ可愛げあった」
「それこそ今関係なくない?」
「それに……」
「ん?」
「……」
赤い顔に黒いランドセル。
大きな真っ直ぐな猫目。
なぜか昔の晋を思い出す。
すっかり大きくなった目の前の晋は
「……何?」
「……何でもない」
「何が?」
「別に」
そう言いつつも、クッションを晋に向かって投げた。
それをちゃんと手で受け止めた晋は、真顔のままクッションをその場に置いた。
その姿に苛立ちが増す。
「何よ、いつもはバカみたいにニコニコ笑ってるくせに……」
「そう?」
失恋中の私は人に絡んで面倒臭い。
言われなくたって自覚してるよ。
でも口が止まらない。
「別にいいんだけど、何も私が落ち込んでる時にそんな態度じゃなくてもいいじゃん」
「……」
「……少しは慰めてよ」
「……やっぱ俺、帰る」
立ち上がった晋を見て、膝を抱えた。
あぁ…やっぱり面倒くさがられちゃった。
結局、私は何も成長してないな。
自分が嫌になる。
抱えた膝に顔を隠す。
ここで泣くな。
泣くな。
芳行の時みたいに、またうざいって……言われちゃう。
「比奈子」
思ったよりも近くから声が聞こえてきたから、顔を上げた。
立っていたはずの晋は私のすぐ目の前にいて、視線が合うようにしゃがんでいた。
「晋?」
「……ごめん、泣くなよ」
「……」
小学生の時から変わらない真っ直ぐな瞳。
晋の人差し指がゆっくりと近付いてきた。
その指は目尻の涙をすくった。
「泣かれたら……困る」
急に優しくされたから、涙腺が壊れた。
でもそんな泣き顔を見られたくなかったから、晋の首にしがみついて、隠すように顔を押し当てた。
いきなり飛び付いたから、後ろにしりもちをついた晋を、私が押し倒す形になった。
でも涙が止まらないからそのまま晋に抱き付いて嗚咽をもらした。
「うっ…えっ…」
「……こうなるってわかってたから、一緒にいたくなかった」
「……こうなるって?じゃあなんで、いるのよ。さっさと帰れば……よかったじゃない?」
「……比奈子はわかってない」
その時、初めて晋からギュッと抱き締められた。
「誰だって、好きな女の彼氏の話はホントは聞きたくないし、ましてや慰めたくないし……でも、好きな女が泣いてるのは放っておけないじゃん」
「……え?」
「しかも失恋した比奈子はいつものガードも脆くなるじゃん。こんな風に」
晋の腕が私の背中も腰も抱いていた。
「そんな比奈子の傍にいたら、俺もたまんねぇよ」
「……何、が?」
「普段、全然近付かせてくれないくせに……。だけど失恋後はキスしてくるじゃん」
「は!?」
晋の言葉にビックリして、顔を上げたが、晋が力強く抱き締め直したから、すぐにまた晋の胸に収まった。
「そんなんになったらさすがに俺だって……一緒にいるのは危ねぇって思ってたのに…」
「き…キスって…あれはあの時だけじゃん。それに……そんな昔の話…」
「……」
「……それに、好きとか…何言ってんの。本当にもういいよ。あの時のことは忘れていいから」
「もう……いい?」
晋は少し体を離して私を見ながら眉間に皺を寄せた。
「うん…責任とか……さ。晋も今ならわかるよね?あれぐらいで無理に責任感じなくていいんだよ。無理に私のこと好きって言わなくて、いいんだよ」
「……だから比奈子はわかってねぇっつってんだよ」
何が
と言いかける前に頬にキスを落とされた。
「何とも思ってない奴の傍にずっといるわけないじゃん」
晋にもう一度抱き締められた。
…なんで?
胸が絞まりそう。
離れようとしいてるのに、晋の力が強くて抵抗できない。
「晋…離してッッ…」
「やだ」
その腕に包まれて、その肩に触れて、体が一瞬震えた。
しっかりした体つき。
赤い顔であんなに小さかった晋が
今だって背はあまり変わらないのに
とてもじゃないけど、押し返せない。
「ふざけないで、離し…」
「先に抱きついてきた比奈子が悪い」
そのまま後ろへ押し倒された。
「もうあの時とは年も体も気持ちも……何もかも違うんだよ?俺、もう止まんねぇぞ?」
体に熱が帯びる。
触れられている晋の手が固くて大きくて…
童顔の晋とはアンバランスに感じるその手に心臓が鳴る。
いつもはこんな風にはならないのに…
「比奈子…」
切なげに呼ぶその声も少年の名残がある甘い声。
いつもの晋の声なのに、知らない男の人みたい。
晋は顔を静かに近付けてきた。
息が熱い。
やだ…恐い。
「……ッッ…」
「え?な…」
「ーッッ…やだ」
「……比奈子?」
「ごめん…晋、ごめん。いや」
「……」
「やだ」
音もなく涙が左右にポロポロ流れた。
晋の顔と天井は涙で歪む。
しかしゆっくりと視界から晋が消えた。
立ち上がった晋は私を見下ろしているようだけど、どんな顔かわからない。
「……ごめん」
それだけ言った晋は、そのまま部屋を出ていった。
扉が閉まる音を聞いて、涙がまた流れた。
仰向けのまま両手で顔を覆うが、止まらない。
初めて晋に"男"を感じるのが怖くて、嫌だったんだ。
私は我が儘だ。
本当に自分のことしか考えられない。
今も
昔も。
晋には、ただ私の都合良く慰めてほしかっただけ。
弟みたいな気楽な関係が居心地良かった。
少し好意を持ってくれているぐらいで丁度良かった。
なんてズルい。
思い知らされた。
片思いも両思いも失恋も…私が今までずっと一人で空回りしてきたのは…一人で恋をしてきたから。
一人でハシャいで、一人で怒って泣いて…そして一人で傷付く。
…馬鹿みたい。
何が辛いだ。
人と本気で関わったら、もっともっと大変なのだというのに。
私は自分がしたいことだけやって、芳行が望むことを考えたことあった?
晋も…
私は晋がどんなことを気持ちでいるのか理解したことあった?
涙がこれでもかってぐらい流れてはまた流れる。
「ごめん…ごめん、晋」
一人っきりの部屋で言ったって伝わらないのをわかっているのに。
私は一人で意味のないことを呟き続けた。
「晋……ごめん」
「俺もごめんッッ!!」
……って?
体をすぐに起こした。
「ぎゃあぁ!?晋!?」
自分でも驚きのアンギラス声を出してしまった。
「あんた出ていったんじゃなかったの!?てか、部屋入る時はノックしろっていつも言ってるでしょ!?」
「それはもういいじゃん……この際」
「良いわけあるか!!」
晋はすぐに私のところに戻って目の前に座った。
その距離に図らずともビクッと震えてしまった。
「俺も出ていこうと思った…。しばらくは比奈子の前には現れちゃダメかもって…」
「……え……えと」
「だって拒否られて、ショック受けない奴なんかいないし!!けど、」
「……」
「けど……比奈子がまだ泣いてると思ったら」
晋にそう言われて、慌てて涙を拭いた。
「俺は……最初、比奈子の泣き顔に惚れたんだ」
「……へ?」
泣き顔?
「初めてキスしたあと、目の前の比奈子は…泣いてた」
「…は?え?私……泣いて…た?」
「泣いてたんだよ、涙流して。俺の顔…間近で」
あの日
自分でも気付かずに泣いてた?
もしかして元カレを思い出して?
晋は落ち着かないみたいで、やたらと自分の首を撫でている。
「キスされたことにもビックリしたけど、その…比奈子の泣き顔が……綺麗に見えて…」
ドキッとした。
いつもの口説き文句となんら変わりない言葉のはずなのに…
いつもなら何の反応もしないのに…
晋がいつもと違って、顔を真っ赤にして、照れ隠しのように頭を掻いている、
「だ…って、キスされて、そんな顔されて…ドキドキしねぇわけねぇだろ!?俺なんてただのガキなのに!!」
「ド……ドキドキ?」
「してるよ、今も。……ドキドキしてる」
晋の真剣な目に顔が火照りそう。
「でも、次の日…比奈子は笑ってくれた」
「……え?」
「俺が責任とってやるって言ったら、比奈子笑ったじゃん」
「……うん」
「それ見て、泣き顔より比奈子は笑顔のが好きって思ったんだ」
晋はハニカんでようやく笑った。
いつもの……晋の笑顔。
「俺、比奈子の笑顔が一番好きだ!!」
あれから、年も体も考え方も…お互いに変わってしまったけれど、晋がそう言った笑顔は何も変わっていない。
晋はいつだって…真剣でいてくれた。
「比奈子、笑って」
「……うん」
「失恋なんか泣くな」
「うん」
「嫁の貰い手は心配すんな!!俺が責任持って、もらってやる!!」
「ふはっ…ははは。またそれ?」
変わってしまったと思っていた晋は、恐いと思った晋は…やっぱりあの日と何も変わっていなかった。
それが…嬉しかった。
晋は目を細めて、微笑んだ。
「比奈子が笑うなら、何回でも言うよ」
「…え」
「笑った」
「笑っ…?」
「比奈子、笑った」
あ…
晋の笑顔で
晋の言葉で
気付いてしまった。
どうやっていつも辛い恋を忘れていけたのか、
それは……晋が傍にいてくれたから、私はいつも立ち直れたんだ。
誰かに真っ直ぐ想われる暖かさが心地好くて、どんなに辛い空回りの恋をしたって、次の日を迎えられた。
「比奈子」
晋の声で我に返った。
「……え、何」
「俺、比奈子のことが好きだよ」
「…え、あ、…その、」
「俺も……もう諦める」
突然、鈍器で殴られたような衝撃。
……今、なんて?
「今まで比奈子に相手されなくて、辛くて…ムリヤリ他に彼女作ったり、比奈子の彼氏の話も笑って聞いてるフリとかして、抵抗してきたけど、もう諦める!!」
「……え?」
「やっぱり比奈子のこと好きだ!!」
「……晋」
「だから、比奈子も覚悟しろよ?俺、もう我慢するのやめるからさ」
「……今までのも我慢してたのか?」
「ははは!!もっとすげぇぞ?」
晋がいつもの雰囲気で笑っているが、こっちはドキドキが止まらない。
晋に諦めるって言われた時のショックと、そういう意味の諦めるではないとわかった時の安心と…
自分でも戸惑うばかりの感情が一度に溢れ出してきたのだから。
晋は閃いたと言って、顔をパッと輝かせた。
「そうだ!!比奈子!!」
「な……何よ」
「俺がいるんだから、失恋なんて忘れちまおうぜ!!」
「なっ…突然、忘れるって……」
「俺が忘れさすよ」
またドキッとする
ドキッとか可愛いもんじゃない。
心臓が出るかと思った。
だってさっき、
我慢しないって…
覚悟って…
何する気!?
晋の体が動いた瞬間、目を瞑った。
「晋ッッ!!あのッッ!!ちょっ……」
「ゲームしようぜ!!」
「…っと待って……って、え?」
晋は一人で立ち上がっていて、不思議そうに私を見下ろした。
「え?何を待つって?」
「え…いや、あの、…ゲームって?」
「ん?あぁ!!これからテレビゲームやろうぜ!!昔みたいに!!格闘ゲーは比奈子弱いから、桃鉄とか」
「……はい?」
「うんうん!!そうしよう!!比奈子が失恋吹っ切れるまで俺が一緒にゲームしてやるよ!!今夜は徹夜だ!!」
無邪気にそう言ってくる晋とは逆に私の脳内はフリーズした。
しかしすぐに恥ずかしさが後追いでやってきた。
……ゲームですか!?
「……晋」
「何?」
「……多分、我が家は桃鉄持ってない」
「あ、それは俺ん家にあるから!!取りに行ってくる!!」
「……そうですか」
なんか、一人ドキドキしていた自分がバカみたい。
そもそも晋相手にドキドキするなんて…どうかしてたんだ。
溜め息を吐きそうになったところで、名前を呼ばれた。
「比奈子」
「うん?」
しゃがんだまま見上げた私に、晋は片膝だけ着いて
唇にキスをされた。
チュッと音を立てた短いキスに、一瞬思考がついていかない。
すぐ目の前にいる晋は照れ臭そうにヘヘッと笑った。
「じゃあ桃鉄取りに行ってくるから、比奈子はその間に準備しといて!!」
晋はそう言うと今度こそ部屋を出ていった。
頭が真っ白…のはずなのに、
ドキン
ドキン
心臓の音がやけに頭に響いた。
……え?
今……何が……えぇ!?なんで?
…えぇっ!?
「ただいまー」
玄関で侑の声が聞こえた。
「よぉ!!タスク!!」
同じく玄関先にいる晋の声も聞こえてきた。
「タスクも一緒にやろうぜ!!桃鉄!!」
「……は?」
「比奈子の失恋パーティー!!」
二人の会話がなんとなく聞こえてくるが、ボーッとする。
……何?
何が起こっているの?
私の身に何があった!?
…というより、私の心臓どうなってる!?
部屋のドアがノックされた。
「ぬあぁっ!?は…~ッッはいぃ!?」
完全に裏返った声で返事をすると侑がドアから顔を出した。
「ヒナ姉。晋が桃鉄しようって」
「……そうらしいね」
「……ヒナ姉、またフラれたの?」
その顔には呆れたと書いてあったから、ムカッときた。
「侑、あんたって……ホント言葉選ばないわね!!」
「晋は相変わらず姉ちゃん一筋なんだからさ…」
しかし呆れていたのはフラれたことではなく、
「あんまし晋を振り回してやるなよ…」
晋への心配であったらしい。
「ひ……一筋?」
「何、今さら驚いた顔してんの?ずっとそうじゃん」
「や…でも……」
侑に言われて、改めて顔が熱くなってくる。
何か後ろめたいことをしてしまったみたいだ。
「あと、昔から姉ちゃんは失恋すると理不尽だから……」
「……なっ!?」
「身内ならともかく、晋にまで迷惑かけんなよ」
「…た…侑といい、晋といい…あんた達、私を何だと思ってるわけ!?」
「……そうだろ?昔だってヒナ姉が失恋したあと、俺にシュークリーム買ってこいって喚かれて…」
「あの時はすみませんでしたっ!!」
すぐに謝ったら侑は黙り、繁々と私の顔を眺めた。
「……ヒナ姉、そんなに泣いたの?」
「……は?」
「……顔、真っ赤だけど?」
侑に言われて自分の頬を押さえた。
"俺、比奈子のことが好き"
顔だけじゃない。
さっきから心臓が治まらないのは自分でもわかっていて…
「~ッッなんでもない!!」
だけど、そんなこと言えるわけがなかった。
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