不運と苛立ち
不運と苛立ち
◇◇◇◇
「……比奈子、あんた顔色最悪よ?」
杏里に言われなくてもわかっている。
芳行に別れを告げられて、まだ3日しか経っていないんだから仕方なくない?
結局、あのあと空気は最悪のままで終わったし。
深い溜め息をついて、鞄を持った。
「杏里……次の教室行くよ」
「え……授業出るの?」
「……サボれっていうの?」
「サボれっていうか…休んだ方がいいんじゃない?マジで」
「……ちゃんと出席するよ」
このまま休んでしまうのは、なんか嫌なのだ。
失恋ぐらいで調子を狂わす女にはなりたくない。
杏里に心配されるほど大量の溜め息を吐きながら、なんとか1日のカリキュラムをこなした。
帰るのは億劫。
勉強がしたいわけじゃない。
学校に残りたいわけじゃない。
家に帰りたいわけじゃない。
…じゃあ私は一体どこに向かいたいのだろう。
自宅の最寄り駅に着き、人ごみに流されながら改札を目指す。
しかし改札を抜ける前に、中年おっさんとお見合いになってしまった。
右に避けようとしたらおっさんも同じ方向に、反対を試みたらおっさんも同じ行動をする。
なにこれ?
どうでもいいシンクロに最悪な気分。
「すみません」
一言そう言って頭を下げて、動かないおっさんの脇を過ぎようとしたその時、
「チッ」
……は?
……はあ?
横切る瞬間、舌打ちされた。
おっさんが!?
今はもうホームへ続く階段を登っていったおっさんの後ろ姿に苛立ちが一瞬で沸騰した。
最悪!!
奥歯を噛みながら改札を抜け、ムカムカが収まらない。
なんでおっさんに舌打ちされなきゃなんない!?
私が悪いの!?お互い様でしょうが!
避ける時『すみません』なんて言わなきゃよかった!!
最悪!!ー最悪ッッ!!
マンションに着いても苛立ちは残った。
エレベーターの上ボタンを押す。
『7』と指す電子番号は一向に数を減らさず止まったまま。
「早く降りてこいってのっ!!」
すでに光っている三角ボタンを連打した。
無意味だってわかっているのに、なかなか降りてこないエレベーターに腹が立つ。
ようやくエレベーターに乗り込めて、自宅の階に到着した。
もう疲れた。
即効でお風呂に入って今日はもう寝る。
何も動きたくない。
早くベッドに体を沈めたい。
バッグに手を入れるが、さっきから一向に鍵が出てこない。
「は……あれ?」
手探りでなく、バッグの中を覗きこむ。
「鍵……鍵は…」
自分の目でひとつひとつ確認しながらバッグの中を探るが見当たらない。
「……~ッッ、もう!!」
その拍子に中身がバラけて出てきてしまった。
……あぁ、拾わなきゃ。
苛ついていても、冷静に八つ当たりの代償を考えてしまった。
「……」
それが虚しくて、仕方なく腰を屈めてプリントやポーチに手を伸ばした。
最悪。
いつもだったらスルー出来るような小さな不運なはずなのに、なんでこうも上手くいかないことが重なるのか。
なんで……
「なんでこうなるのよぉ……」
拾うのを断念してその場でしゃがみこんだ。
恋の終わりはいつも最悪。
経験済みのはずなのに、毎回忘れてしまう。
何をやっても嫌になる。
何をやっても上手くいかない。
なんでこうなるのよ。
私が何したのよ。
一体私はいつもどうやって、こんな嫌な経験を乗り越えてきたんだっけ?
いつも……どうやって……
「比奈子?」
ハッと顔を上げた。
ラフな感じな私服を身にまとった小生意気な幼なじみがそこにいた。
「何してんの?しゃがみ込んで。荷物も広げて」
雑誌とお菓子が透けて見える袋を持って、晋はケラケラと笑っている。
今は晋のからかいも、まともに受ける元気がない。
「……比奈子?」
「……」
しゃがんだまま、何も言わない私に晋は「あ、」と声を出した。
「鍵まで飛び出てるじゃん、無用心」
散らばった荷物の中から晋はチャリッと音を立てて拾った。
鍵……あったんだ。
良かったはずなのに、脱力よりも苛立ちが増す。
あるならあるで、スッと出てこいよ、バカ!!
晋は私に目線を合わせるようにしゃがんで、笑顔で鍵を差し出した。
「んっ。危ないから仕舞っときなよ?」
「……」
黙って鍵を受け取った。
思い通りにいかないって本当に…ムカつく……
なんか泣きそう。
今日の占い何位だったっけ…
「あ〜ぁ、めっちゃ散らばってるじゃん。もう~」
笑うようにそう言った晋は私の代わりにひとつひとつ拾ってくれて、私はただボーッとそれを見ていた。
「晋……今日、学校は……?」
「え?言ったじゃん!!俺、今週は謹慎中!!」
「あ……そうか」
「もう~、俺が言ったことはちゃんと覚えててよ~。ホント比奈子って俺に対して扱いが雑だよなぁ〜」
謹慎中の奴がなんでコンビニに行ってるの?ダメじゃん。
いつもみたいにそう言ってやりたいけど、なんか疲れて…言葉が出ない。
その間に晋は荷物を直してくれて、きちんとバッグに入れてくれた。
「ほい、気を付けなよ」
バッグを私の目の前に置いて、晋は立ち上がった。
晋はポケットから自分の家の鍵を出して、ドアを開けようとした。
「……晋」
鼻歌混じりだった晋が「うん?」と振り返って私を見下ろした。
「……今日はうちに寄らないの?」
いつもは勝手に着いてきて人の家に上がってくるくせに……。
晋は眉をひそめた。
「んー……」
「何よ、嫌なの?」
「だって比奈子、失恋したんじゃないの?」
「……は?」
一気に指先が冷えた。
指どころか体中が冷えた感覚がした。
「なんか不機嫌だし。なんつーか……失恋中の比奈子ってすげぇ絡んできて……」
「……何?」
「めんどくさい」
「……ッッ」
息が詰まった。
苛立ちがこれでもかってくらい膨張した。
もともとイライラしていたから、限界をとっくに超えていて、泣きそう。
晋からもらった鍵を握りしめて、バッグを掴んで立ち上がった。
「悪かったわね!!バカ!!」
「え?」
「じゃあ!!」
鍵を開けて、中に入ろうとしたら晋に手を取られた。
「はいはい、俺も行くから」
晋のその言葉に更にムカついた。
もはや心臓が痛い。
「離してよ。迷惑なんでしょ?」
「迷惑とか言ってない」
「めんどくさいんでしょ!?」
「だけどこのまま放っておくのは俺も後味悪いし……気になんじゃん」
「……」
冷たく睨んだら、晋に溜め息を吐かれた。
「言い方悪かった。めんどくさいとか言ってごめん。一緒にいさせてください」
睨んでいた視線を外して、何も言わずに家に入った。
鍵を閉めずにいたら、晋も黙って入ってきた。
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