ガム


カラオケボックスから遠いところまで来て、ようやく膝に手を付いた。


爪先が痛い。



そこでずっと握りしめていたスマホに気付いた。



夢中で握って走っていたから、電話はいつの間にか切ってしまっていたようだ。



「……晋」



晋に会いたい。


今日は土曜日だけど、文化祭の準備で学校にいるんだろうか。



晋の学校を目指して、迷わず電車に乗り込んだ。



晋に会いに行きたい。



こないだの商店街を抜けたところで、晋の学校がどこかわからないことに気が付いた。



どうしよ。


でも晋もこっちに来てくれてるよね?


だって『迎えにきて』ってお願いしたし……



でも……もし


晋が……



『比奈子の傍にいるの……辛い』



私のところに来なかった……ら……



昼下がりの太陽にどっと汗が出る。


ダッシュした汗も今さら滲んできているような気もする。



8月はとっくに終わったのに、熱くて、一歩も動けない。



動けないのはそれだけが理由じゃなくて……ってのもわかっているんだけど……



「……え」



色々と一人で考え込んで立ち尽くしていたら、人と目が合った。



遠くにいる男子高生がアイスキャンディをくわえながら、こっちをジッと見てくる。



男はジッと見つめながら、一歩一歩こっちに近付いてきた。



見たことがある男の子。


向こうも私と同じことを感じているのか、首を傾げながらジッと瞳を反らさない。



そして私の前まで来たら、アイスキャンディで私を指した。



「あー……えっと、『比奈子』……さん」



彼は思い出してスッキリしたみたいに笑った。



私も思い出せた。


前にマンションで晋と一緒にいた茶髪イケメンだ。



「えっと……晋の友達の……」


「沢田です」


「あ!!……思い出した!!『ユキちゃん』だ」


「……よく覚えてますね。晋と会うんじゃなかったんですか?」


「は?」


「何分か前に『比奈子のとこ行ってくる』っつって、学校出ていきましたけど、アイツ」



ユキちゃんの言葉にホロッとなりそうだった。



晋、来て……くれるんだ。


私、最後に『別に』とかあんなひどいこと言ったのに……。



「……で、晋とここで待ち合わせしてんの?」



ユキちゃんの問いに対して「……え?」と聞き返してしまった。



「……晋と会うんでしょ?」


「うん」


「どこで会うとか決めてないんすか?」


「特に……勢いでなんとなく」


「……それでどうやって晋と会う気っすか?」


「……なんとなく」


「……」


「それに晋と電話切れちゃったし」


「掛け直せばいいんじゃないの?」


「あっ!!!!」


「……」



ユキちゃんは呆れたような顔で見てくる。


そしてユキちゃんはスマホを取り出した。



「晋も一体どこに向かって走っていったんだか……」



ユキちゃんはすぐに電話をかけた。


多分、晋に。



「おお、晋。てめぇ今どこにいんだ?……ちなみに『比奈子』はこっちにいるぞ。……知るか。うん……千草公園にいるぞ?」



短い言葉を交わしたあと、ユキちゃんは電話を切った。


晋となんて言っていたのかわからないけど、晋がこっちに来てくれるっぽいことはわかった。



「あ……ありがとう」


「二人ともアホっすね」


「あっ!?」


「とりあえず公園で待っとこう。ここ暑いし」



ユキちゃんにそう促されて着いていった。



……4つも年下に『アホ』って言われた。


地味にショックを受ける。



駅の近くにあった公園でベンチに座って待った。



ユキちゃんも一緒に待ってくれるみたいだ。


隣に座るユキちゃんを見た。



「ユキちゃんさ」


「……なんか、そう呼ばれるの微妙っすね」


「えぇっ?びみょ…っ!?」


「晋以外にそう呼ぶ奴いないんで。馴れないっつーか、違和感」


「え……そうなんだ」


「で、なんすか?」



ユキちゃんって…反応がほんのちょっとだけ侑に似てるのかも。


さすが晋の友達だ。



「晋は……学校ではどんな感じなの?」


「どんな感じ?」


「元気?」


「あぁ、元気っすよ」



……元気だったんだ。


私はあれだけですぐにグダグダになっちゃったのに……。



晋は案外、気にしてないのかな?


気にしてたのは私だけだったのかな?


そういや電話も結構普通に出てたし。



私はあと、もうひとつ気になることを聞いてみた。



「ちなみにだけど……」


「はい」


「晋って学校ではモテてる?」


「へ?」



こないだ晋とクラスの女の子が一緒に歩いているのを見てから、そこが気になったのだ。


ユキちゃんは瞬きをして、すぐには喋らなかったが「あー…」と考えるように宙を仰いだ。



「どうなんすかね……あんまりそんな話は聞かないけど」


「え?そうなの?」


「俺ら、クラスからちょっと浮いてんすよ。良い意味じゃなくて」



表情がなかなか変わらないまま喋るユキちゃんは私にガムをくれた。



「とか言って、ユキちゃんはモテるでしょ?格好良いから」


「そんなことないっすよ」


「じゃあ告白されたこともないっての?」



ガムを口に入れて問い詰めると、ユキちゃんは「ふ」と鼻で笑った。


……こりゃ告白されてるな、絶対。



ニヤニヤと笑っていると、ユキちゃんもニヤリと私を見た。



「比奈子は晋がモテてたら嫌なんすか?」



ガムを飲み込みそうになった。


咳き込む。



「大丈夫か?」



ユキちゃんが背中を擦ってくれて、落ち着いたが…


あやうくガムによる窒息死で殺されるところだった。



そもそもユキちゃんが急に鋭角に切り込んで聞いてくるせいだ。



「ちょ……何言って」


「少なくとも……」



ユキちゃんは耳元で可笑しそうに囁いた。



「晋はアンタが他の男と一緒にいるのは面白くないみたいっすよ?」


「へ?」



一体、何の話なのか?


そう聞こうとしたら



「……何やってんの?」



冷たい声が背後からやってきた。




ユキちゃんは振り返って「場所もわかんねぇまま走るとかお前、アホだろ?」と言った。


私も一緒に振り返った。


またガムを飲み込みそうだった。



「……ッッ晋」



汗だくでまだ少し呼吸が荒い晋がいた。


晋は睨むような冷たい目でもう一度聞いてきた。



「何……してんの?」


「何って、比奈子が喉つまらせたから介抱してたんだが?」



ユキちゃんは立ち上がって、晋に淡々と説明した。


晋は口を尖らせて、ユキちゃんを睨んだ。



「……わざとだろ?」


「何が?」


「俺が公園に来たのわかってから、わざと比奈子に近付いたろ?」


「バレたか」


「ユキちゃんは意地悪だ……」



ユキちゃんは笑いながら、持っていたペットボトルのお茶を晋に渡した。



「おつかれさん。それやるよ」


「……」


「あと、今日は家に帰っていいぞ。アモン達には俺から言っとくから」



ユキちゃんの言葉に返事もせずに、晋の視線が私に向いた。



「ー…し」



名前を言う前に手を掴まれた。



ビックリして戸惑う私を無視して、晋は何も言わずに私を引っ張って歩き出した。



「ちょ…」



思わずユキちゃんの方を振り返った。



遠ざかるユキちゃんは私に手を振りながら笑った。



「じゃあな、比奈子。頑張れよ」




…頑張れって。


あの子は一体どこまでわかってて言っているのやら。

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