比奈子と晋
比奈子と晋
晋に手を引っ張られて、どんどん進む。
「晋、ちょっ…」
少し前のめりになりながら、それでも晋の歩調に合わせようと足を動かす。
どんなに声を掛けても、晋は何も言わずに前へと歩き続ける。
晋の背中を見ることしか出来ない。
電車に乗っている間も黙っていた。
だけど手は離すことなく、ギュッと握っていた。
その力にホッとする。
気を抜いたら、泣いてしまいそうだ。
なんで泣きそうなのかわからないけど。
電車を降りて、そこから歩いている道を見て、これは家に向かって帰っているんだって気が付いた。
結局、マンションに着くまで二人とも黙っていた
手を繋いだまま。
いつものように二人でマンションに入って、エレベーターに乗って、二人の家の前まで歩く。
家に着いて、晋もようやく立ち止まった。
このあと、どうするんだろう。
それぞれの家に戻るのかな?
いつもなら、自分達の部屋に戻るのは当たり前だし、たまに私の家に来ることもあるけど……
今は……どっちにすればいいの?
晋も同じことに迷っているのか、そこから動かない。
気まずい空気が流れる。
だけど
もう少し一緒にいたい。
そんな思いから、晋の手をギュッと握り返した。
その微妙な変化に晋が眉を寄せた。
「比奈子?」
急いで家の鍵を開けた。
こうなりゃ、勢い任せだ。
今度は私が晋を引っ張って、家の中に入れた。
晋の反応が怖くて、そのまま自分の部屋まで引っ張った。
ほんのちょっとの距離と動作なのに息切れしそう。
そこで晋がやっと喋った。
「比奈子……なんかあったの?」
晋に切り出されて、自分がしたことに気付く。
完全に部屋へ連れ込んでしまった。
思わず口ごもる。
「……えっ、とー…」
「電話で……『助けて』って」
「あ……それ?」
気を抜いた瞬間、手を離された。
え……離しちゃうんだ。
話していることとは違うところで、残念な気持ちになった。
「一体、何の電話だったの?」
「いや……なんというか…」
「……」
「元カレと会ってまして……」
「は?」
「…で、軽く修羅場になりまして」
「嘘っ!?」
「晋に電話した時、ちょうど腕を」
最後まで喋っていないのに、晋に両肩を掴まれた。
普通にビックリする。
「大丈夫!?怪我は!?」
体をぐるぐる回されて、怪我がないかの確認をされる。
「だ…大、丈夫……襲われたわけじゃないから。言い合いっていうか…」
一方的に罵ったというか…
「ホントか?他にひどいことされなかった?つーか会うなよ、んな奴に!!」
「ホント、大丈夫。エルボと回し蹴りと……去り際で急所にも膝入れてやった!!」
「……え?」
「え?」
「言い合いで?」
「今までの
「襲われたわけじゃないのに、そこまでしたの?」
「……え?やりずきた?」
少し
「ぶははっ!!別にいいんじゃね?比奈子、最強!!」
「最強っ!?」
晋が笑っている。
「別れた時、何も出来なかったし言えなかったんだろ?いいよ、そんぐらい」
「良かった……の?」
「いや…聞かれても!!やったの比奈子だし」
「……ですよね」
「まぁそれは比奈子じゃなくて、向こうが『助けて』だったね」
「確かに」
晋が笑っている。
私はこの笑顔が見たかったんだ。
だって晋といると、私も笑ってしまうんだ。
だって晋のことが好きなんだ。
これが恋に恋してるただの思い込みでもいい。
晋といなきゃ、始まらない。
「ねぇ、晋」
私の言葉に空気を察してか、晋は笑いをピタリとやめ、きょとんとした顔で私を見た。
「こないだは……その、」
「……」
「ごめん」
「……」
『こないだ』って言葉に晋も思い出したように、少しだけ視線を下げた。
「『別に』とか言って、ごめん」
「……」
「私、本当は『別に』なんか思って……」
「もう……いいよ、それは」
「いや、良くないから。聞いて?私……私は…」
「だからいいって。俺こそごめん」
晋はわざとなのか無意識なのか……一歩後ろへ下がって、私から距離を離した。
「俺の気持ちがさ、比奈子を困らせてるってのはわかってっから……」
「わかってない!!」
「……は?」
一歩、晋に詰め寄った。
「私、晋のこと『別にどうでもいい』とか思ってない!!」
「……」
「……」
力強くはっきりと言ったつもりだったのに、晋から何も言われず、しばらく沈黙が出来た。
その間、お互いなんとなく見つめ合っていたけど、恥ずかしさで私が先に視線を反らしてしまった。
「な……何か言ってよ」
沈黙に耐えられなかったのも私が先で、床を見ながらそう聞いた。
晋が息を吸ったかと思えば、大きな溜め息を吐いた。
「……比奈子はズルいよね」
「……え?」
やっと言われたことがそれ?
晋に言われた意味がわからなかった。
「ズルいって……何が?」
「比奈子は俺の気持ちわかってて、『わざとそうしてんの?』って感じ」
「は?」
「……俺的には前回のあれでだいぶ気まずいんだけど」
「私もそうだし!!」
「でも電話してきたり、いきなり『迎えにきて』とか言うし……しかもそれが元カレのところかよ……って感じだし」
「……」
「でも……そんなん言われたら迎えに行くに決まってんじゃん。つーか、体が勝手に動いちゃうから。比奈子、それわかってて言ってきたんじゃねぇの?ズルい」
「……別にわかってなんか、」
「そんで行ったら行ったで……何故かユキちゃんと一緒だし」
「それは偶然じゃん!!」
「……そのわりに仲良そうだったね。体、あんなに寄せて喋っててさ」
「は!?」
「ユキちゃんが俺に対してからかう為にしてたってわかってても、嫌だ。だって比奈子もまんざらじゃなさそうだったじゃん」
「まんざらなんて思ってないってば!!」
「そういうのが辛いんだって!!」
そう叫ばれて、私は何も言えなかった。
……また言われた。
『辛い』
「その気もない比奈子と一緒にいるのはしんどいけど、『どうでもいいって思ってない』って言葉だけで俺……バカだからやっぱ嬉しくもなっちゃうし、なんでもないってわかってても他の男と二人でいられたらムカつくし、そんな感情が比奈子にはウザったいってわかってるから、我慢してもやっぱ辛くて出来ないし!!」
晋が頭を掻きむしりながら、その場でしゃがんだ。
「あーもー!!俺、どうしたらいいんかわかんねぇ!!」
「晋」
頭を抱えて唸る晋の目の前に私もしゃがんだ。
「わからなくていい。何もしなくていい」
「は?」
顔を上げた晋が心底、不思議そうに私を見ている。
「晋といたら、私はそれでいいの!!晋が辛いなら、辛くなんないように私もなんとかする!!」
「……」
「だから……」
「なんとかって……何?」
晋は大きな目を瞬きさせながら、素で聞いてきた。
……聞かれたら、困る。
だから私はそういうアドリブが利かないんだって!!
晋を辛くさせないために何が出来るかなんてわからない。
だけど、ここで引いてしまってはダメなんだ。
「晋を……幸せにする、私が!!」
「……へ?」
「幸せにする!!」
なんて子供っぽくて、ひねりもない言葉なんだろう。
だけど、意外に私の中でスッと納得できた。
今なら小さな晋が高校生の私にまっすぐと言ってきた気持ちがわかるような気がする。
「私が笑ってるだけじゃダメ。でも晋だけが幸せだったら、それでいいなんて……そんな偽善も私は言えない!!『私』が晋を幸せにしてあげたいの!!そうじゃなきゃ意味ない!!」
「……」
「私だって、晋が他の女の子と仲良さそうに笑い合ってたら、不安にもなる!!」
「……へ?」
「確かにユキちゃんは格好良いから一緒にいて、悪い気しないけど……」
「は!?」
「つーか、晋だって人のこと言えないしね!!」
「何が!?」
「晋だって私のいないところで『ナミちゃん』と仲良くしてんじゃん!!」
「はぁ!?」
「腕とか引っ張っちゃって……自分に引き寄せちゃってさ!!」
「……何の話?」
「『優しい』とか『男前』とか言われて、デレッと笑い合っちゃったりしてさ!!晋だって私なんかお構い無しじゃん!!」
「マジで何の話?」
「私だってヤキモチ焼くってことよ!!」
「……は?」
眉を寄せた晋の顔を見て、自分の言葉に照れがやってきた。
「焼く……ことも…あんのよ…」
晋が再びキョトンとした顔を見せる。
「ヤキモチ?」
「……うん」
「なんで?」
「…ーッッ」
なんでって……
答えはひとつ。
心臓が止まりそう。
でもかまわない。
いけ!!
晋に両手を伸ばし
晋の唇に触れた。
八つ当たりでもない。
気まぐれの暴走なんかでもない。
私の意思で、決意で、
私の気持ちを伝えたいから
晋にキスをした。
晋が好き。
晋の首に抱き付いて、晋の唇にキスをする。
キスから伝わる晋の温度に、胸の奥がキューッと絞られていく。
ゆっくりと顔を離した。
目の前には、大きく目を見開いてポカンとしている晋が見えた。
晋は瞬きを繰り返す。
なんか可愛い。
その顔は初めて晋にキスしてしまった顔とまるで同じだった。
「何……してんの?」
そう言って呆然としている晋に、もう一度チュッと短いキスをした。
晋の顔が赤くなった。
思わず私の顔も一緒に赤くなったのが自分でもわかる。
耳まで熱い。
晋にそれを見られているのかと思うと、恥ずかしいけど深く息を吸ってみた。
晋、わかってる?
「晋、子供の時のキスとは違うよ。わかってる?」
だから私は晋にキスをしたんだよ。
自分で言ったことにやっぱり照れが生じた。
でも真っ赤な顔の晋の目に真剣さが帯びた。
「……マジ?」
「……」
「マジで言ってんの?」
「……」
「比奈子」
晋の指は私の頬に触れた。
その動きにビクッと震えたが、晋の首に巻き付けている手は離さなかった。
私の頬を手で支えた晋は、額を私の額にコツンと当てた。
晋の目がジッと私を見ている。
「元カレとのいざこざで自棄を起こしてんじゃなくて?」
「……違う」
「……」
「晋は弟みたいなもので、幼なじみだけど」
「うん」
「幼なじみ以上に大事にしたい。ホントに思ってる」
「……膝枕だけじゃなくて?」
晋の言葉に笑った。
「膝枕でも腕枕でも、晋がしたいことも私がしたいことも一緒にやろ。それで晋が幸せになれるなら!!」
「ーふっ」
「え?」
「……ぷははっ、プロポーズされてるみてぇ」
「はっ!?何言っー」
言い終わる前に晋がまたおでこをくっつけた。
だから最後まで文句も言えなかった。
晋は嬉しそうに笑っている。
そんな晋を愛しく思う。
でも不安もある。
「晋…」
「ん?」
「私、晋と背……あまり変わらないよ?」
「俺は気にしないけど」
「侑の姉で……晋より年上だよ?」
「知ってる」
「口も悪くて、全然素直じゃないワガママだよ?」
「今さらだし」
否定しなかった晋の背中を一発叩いた。
「……比奈子は更に暴力的だ」
「うるさいな」
「はははっ」
笑っている晋の口をキスで塞いでやった。
だけど自分でしといて、自分の指先までドキドキしてきて、息苦しさに口を離した。
晋はキスをされてビックリしていたが、すぐにまた懲りずに笑った。
「ぷはっ、比奈子には敵わねぇ」
……敵わないのは私の方だ。
頬に掛かった髪をかき上げられた流れで、顔を支えられた。
僅かに顔を傾けた晋に目を瞑った。
晋の柔らかさに
晋の熱に
晋を感じながら、思ったんだ。
今、すごく幸せだ。
晋はどう感じてるのかな。
顔を離して、晋と目が合った。
目が合って、笑った。
笑った。
晋も笑った。
嬉しさか照れ臭さかわからないけど、お互いに笑い合った。
その笑顔に晋もきっと同じことを感じてくれているんだって思えた。
晋もきっと、私が同じように感じているってわかっている。
「比奈子」
「うん」
「結局、比奈子は俺のことが好きなの?」
「は!?」
晋のストレートな質問に思わず体を後ろへ引いた。
だけど晋が私の腰をしっかりと支えているから、それ以上逃げられない。
「わ…わ、わかるじゃん。だいたい……」
「うーん……でも俺的にはまだ信じらんねぇっつーか」
「いや……嘘じゃないよ」
「でも『好き』とはハッキリ言われてねぇし」
「……そうだっけ?」
「言ってねぇよ」
「……言ったよ」
「言ってねぇよ」
「バレたか」
「バレたかじゃねぇよ」
晋は可笑しそうにクスクス笑っている。
「言いたくない?」
「……恥ずかしい」
「キスしてきたくせに」
「なっ!?」
「何ですか?比奈子は体目当てなんですか?」
「ーッッバッカ!!!!違うわよっ!!」
慌てて大声を出すと、からかうように歯を見せて、晋が笑う。
だけど同じように『恥ずかしい』を理由に好きが言えないって言ったら、杏里にちょっと怒られたっけ。
だから深呼吸した。
晋の気持ちに甘えてばかりじゃいけないって、決めたんだから。
「晋」
「おぉ」
「……私、晋のことが―」
そうすれば、もっと晋が笑顔になってくれるのなら。
これが気持ちが通じ合えるという喜びなんだ。
だからおでこを触れさせたまま、二人で笑い合った。
幼なじみのキミに
もう虜
〜二章 完〜
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