ビンカピーチ 3章

マンガとクレーム

マンガとクレーム

ビンカピーチ3章

◇◇◇◇


――――――

『ねぇ?


私のこと、どう思ってるの?


好きってなかなか言ってくれない。


でもなんでキスしてくるの?


そのキスには一体どんな意味があるの?



ねぇ、ヒロ……


私達、一体どういう関係なんだろう?



私達、本当に付き合ってるって言えるのかな?



付き合っているのに、まるで私一人の片想いだよ』



―――――


「わかるっ!!!!俺、超わかるよっ!!アイコの気持ち!!!!」



そう言って、人のベッドに寝転がりながら少女漫画を読んでいるのは


年下で


家がお隣で


幼なじみで




私の彼氏。




しんが突然、漫画を音読し始め出したなぁ……と怪しんではいた。


つーか、男子高校生が少女漫画かい!!


しかし晋の裏声が本当に女の子みたいで、漫画の主人公の声を聞いているみたいでおもしろかったから放っておいたのだが…



「は?」


「だからアイコの気持ち、俺すげぇわかる!!」


「……乙女の気持ちがわかるって言うの?」


「『付き合っているのに、片想い』」


「はぁ?」


比奈子ひなこにはわかんねぇよなー」


「……」



どうやら私へのクレームだったらしい。



黙って晋を見ていたら、晋はそのまま漫画の続きを読み出した。



つまり……あれですか。


もっと付き合っているが欲しいってこと?



無駄に長い間一緒にいた幼なじみで、しかも私は晋より4つも年上。


付き合い出して1ヶ月は経つけど、やっぱり今までの態度は変えられない。



晋に甘える私なんて私じゃなくない?



でも曲がりなりにも、私はちゃんと晋のことが好きで……



……まぁ、いつも言ってないけど。



でも言う、ごくたまに。


てか、ぶっちゃけ過去一回しか言ってないです…



でも晋には物足りないのかな?



でも


でも!!…である。



付き合いは長くても、晋を男として意識し出したのは最近の話で、それで晋の近くにいるだけでドキドキが止まらなくて死にそうなんだ。


それなのにそれ以上のことをしろと言うのか!?


晋に『好き』とか言ったり、触れたりするのは恥ずかしすぎる!!



そのうち慣れてくるかとも思ってたけど、なかなか落ち着かない。


不思議とドキドキが増す一方。



晋にそんな自分を知られるのがまだ抵抗ある私は、そんな素振りを見せずに部屋のテーブルに向かって大学の課題に取り組むフリをする。



だけど、どうしても視線は晋に向く。


仰向けで読んでるその体勢、目が悪くなりそう。



「ところで、その漫画どうしたの?買ったの?」


「んー?借りた。カワシロからー」


「……」



晋は漫画を読みながら答える。


答えたのは時々耳にする晋のクラスの女子の名前。



「……晋だって、わかってないじゃん」


「え?」


「私にクレームしてる場合じゃないじゃん!!」


「クレーム?」


「晋の口からそんな風に女の子の話されたら、不安になるし!!」


「……」



大して進みもしないシャーペンを回しながら思わずそう言った。



漫画を借りたってことはそれだけ仲良しで、その貸し借りのやりとりは一体どんなだったのかとか、高校の教室では晋はどんな風に過ごしてんのかも気になるし……


でも自分でもそこまで聞くのはウザいってわかってるから我慢して黙っていて……



───と思っていたら、晋と目が合った。



漫画読んでたんじゃなかったのかと思ったら、晋はニヤニヤと笑っている。



「比奈子」


「……何?」


「不安になっちゃうんだ?」



晋に言われてハッとした。


これってハッキリとしたヤキモチじゃんか!!



とぼけて視線を反らす。



「いや……その…だから」



自分の発言に照れが生じて、ゴニョゴニョとしか言えなかった。


晋がベッドから下りて、隣にやってくる。



「比奈子?」


「……」


「別にカワシロとは何もないから」


「……」


「比奈子が好きだよ」


「…ーッッ」


「つーか、カワシロは友達の彼女だから。それだけ」


「え?」



顔を上げると、晋はやっぱり笑っていて、八重歯が見えた。



「へへ、機嫌直った?」



心臓がバクバクと音を立てる。



「はっ!?別に女の子と喋ったくらいでヘソ曲げてたわけじゃ──」


「……比奈子は相変わらず冷てぇな」



そう言って晋は私を後ろから抱えた。



顔が熱くなる。



「な…な……何してんの!?」


「ん?膝抱っこ?」



晋は私の脇腹に腕を通して漫画を開き、私の肩越しから漫画を読み始めた。



密着した体に…


耳元の晋の息遣いに…



体温がどんどん上昇していく。



「あ…あの、ベッドに戻ってくれない?」


「ん?別に俺のことは気にしなくていいよ」


「無理言うな!!」


「俺はマンガ読んでるから、比奈子は宿題しときなよ」


「……」


「……」


「……邪魔なんですけど」


「俺がこうしたいの。いーじゃん、別に」


「……」



晋との距離にソワソワして、どぎまぎして、手が動かない。



晋は本当に気にしない感じでページをめくる。




"付き合っているのに、片想い"



そんなことないのに……。



『別に』とか『邪魔』とかしか言えない私。


晋にそんな思いをさせてるのに、ヤキモチの文句だけは一丁前。



でもそれが出来るのは相手が晋だから。


私をよくわかってくれている晋だから。


いつも誤魔化すことなく気持ちを伝えてくれる晋だから。



ペンをテーブルに置いた。



そして後ろへもたれて、背中をそのまま晋の体に預けた。


それが私に出来るほんのちょっとの『彼氏に甘えること』だ。


私なりの『彼女らしさ』。



「……比奈子?」


「私もその漫画読むから、ページ最初に戻して」


「えぇっ!?なんつーワガママ!!」


「ほら、戻して」


「……まぁ、いいけど。あ、一巻読む?」


「いや、いい。今は…」


「ん?」


「晋と一緒のが読みたい」


「……なにそれ!?」


「……いや、えっと」


「俺を胸キュンで殺す気か!?」


「は!?今のに胸キュン要素があったか!?」


「あるよ、ある!!比奈子さんにはわかりませんか!?」


「わかりません!!」


「ヤバい!!すげぇキスしたい!!」


「キッッ!?何言ってんの!!バッ…バッカ!!落ち着け!!」


「なんで!?俺、比奈子の彼氏じゃねぇの!?」


「彼氏だけど落ち着け!!」


「ケチ!!」


「ケチじゃないし!!」



せっかく甘えてみても、ムードもへったくれもない。


いつものくだらない言い合い。



それが私達なんだけど。


でも



「……じゃあ、ちょっとだけ」



そう言った晋は私の返事も待たずにコメカミにキスをした。



それだけで私は何も言い返せなくなる。



ゆでダコになった私は晋の腕の中で小さくなった。


キスを済まして上機嫌の晋は漫画をパラパラとめくる。



「マンガ、俺のサービスで音声付きにしてやろうか?」


「……いらない」



いつもと変わらない関係性の私達は少しずつ彼と彼女に近づいていく。


多分、これから。


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