写真と報告

写真と報告


晋はノックもせずに部屋に入ってくる。



「今日、俺の文化祭の写真のクラスアルバムが全部共有された!!見る?」



この曜日のこの時間は大体もう家に帰っているが、もし私がいなかったら、こいつはいつもどうしているんだろう。



…というか、



「ノックしろっての」


「まぁまぁ」


「まぁまぁじゃないって」


「でも玄関から入った時点で、ここから音はなんとなく聞こえてくるからわかるだろ?」



玄関を勝手に入ってくる時点で『おいおい』って話だが、そこはもう今更なので特に気にしない。



「普通に着替えの途中だったらどうすんのよ!?」


「……それはそれで良しとする。むしろ遭遇したい!!」


「良しとすんな」



睨む私も無視して、晋はゲラゲラと笑いながら腰をおろした。



「まぁ、見てよ!!写真!!」



仕方ないから、晋の隣に座った。



「これ、俺の衣装!!」


「あぁ……言ってたお化け屋敷のミイラ男?似合ってるね」


「ミイラに似合うとかあるの?」


「陽気な感じが」


「ミイラに陽気なイメージないよ?」


「……うるさいな」



ごちゃごちゃと喋りながら写真を見ていく。



「比奈子も来ればよかったのに。文化祭」


「だって侑がその日は行けないって言うから」


「比奈子一人で来たら良かったじゃん」



……付き合って一週間やそこらの時で年下の彼氏の学校に一人で行く勇気はなかった。



付き合ってからわかったことは、私は意外に晋との年の差を気にしているということだ。



4つって地味に大きいよ。



だから杏里以外の友達には反応が気になって彼氏が出来たって言えてない。



隣にいる晋を見てみた。



晋は本当に何も気にしてないのかな?



私の気配に気付いたのか、晋もこっちを見た。


目が合って『あ』と思った。



付き合ってからわかったことがもう一つ。


晋がキスしてくる瞬間ってのが、わかるようになった。


真剣な時でも

ふざけた時でも

何気ない時でも……


多分、本人は無意識なのかもしれないけど、晋はキスする瞬間、私の口元を見る。



だから自然と伏し目がちになるその顔はぐっと大人っぽくなって心臓が跳ねる。



少し色気が漂うその目に私はいつも動けなくなる。



でも私はその目が好きだ。



その顔が近付いてくると私は自然と目を瞑った。



「……ん」



晋ってキスが好きだよね。


一度、唇が重なると飽きることなく更にキスを重ねる。



何度もついばままれ、ドキドキの最高潮で息が苦しくなる。



晋から顔を離して、呼吸を落ち着かせる。



その間も晋はキスをやめない。



私の頬や瞼にもキスを落とす。



キスしている間は晋にされるがままだ。


まだ息も整っていないのに、晋にまた唇を吸われた。



私もそんな晋のキスが好きだな…と


そうなると、いよいよ自分もやばいなって思う。



ちょっと前の自分では考えられないことばかりだ。



……にしても、今日はいつも以上に長くない?



あれ?


晋の体が少しずつこっちに傾いてくる。



「……晋、」


「ん?」



晋は私の耳を口に含んで吸った。



今までにない展開で全身が硬直した。



付き合って1ヶ月。


キスをしてもそれ以上の雰囲気は私達にはなかったのに…



ちょ


ちょちょちょっと!?



「晋、しゃ…写真は?」


「……うん」



うんって言うくせに晋の押しが弱まらない。



晋が覆い被さってきた。



写真見るんじゃないの!?


って、そんなこと考えてる場合じゃない!?



「あの…」



私の言葉の続きもすぐに口で塞がれた。



キスがどんどん濃厚になっていく。



これは…


まずい


やばい



「…ただいま~」



玄関先で音がした。



侑っ!?



弟のたすくの声にハッとなり、晋の手も一瞬緩まった。


全神経を腹筋に集中させて、高速で体を起こした。



その時、完全にゴッと鈍い音もした。



「だっ!!晋!?ど……ごめん!!」


「…~っっ」



晋は顔面を両手で覆って、床に転がって悶絶している。


私の頭が晋の顔面に入ったのだ。



「ごめん!!いや……だって、侑が帰ってきたよ!?ほら起きて!!」



なおも鼻を押さえている晋が顔だけ上げてジロリとこっちを見た。



「……比奈子の石頭」


「悪かったわね!!謝ったじゃん!!」


「つーか、慌てすぎじゃね?」


「いや、だから侑が帰ってきたって!!」


「……」



しばらく黙っていた晋が目を細めた。



「比奈子、言ってないの?」


「へ?」


「タスクに俺らのこと」


「……」


「一ヶ月も経ったのに?」


「……」



いや…弟に『お前もよく知る人物がお姉ちゃんの彼氏になったよ』と報告するのは……ねぇ?



恥ずかしくない?



何も喋らず、そういう意味を込めた笑顔で小首を傾げて誤魔化してみた。



鼻を押さえたままの晋がゆっくりと立ち上がった。



「……晋?」


「……ちょっとタスクさんに挨拶してくる」


「ちょっと待て!!!!何言う気っ!?」


「なんだろうねー」


「待って!!お願いだから!!」


「何で!?逆に何で!?」



ぎゃあぎゃあと騒いで二人で部屋を出たら、そこにいた侑に「うるさい」と言われた。



「タスク!!聞いてくれ!!」


「ぎゃあ!!晋!!待って!!心の準備がっ!!」


「……とりあえず二人落ち着こうか?」



なだめる侑の言葉も無視して、晋が私達が付き合っているのだと報告しようとするのを必死で止めようとした。



ちょっと待ってほしい!!


だって侑に言うのはリアルで恥ずかしい!!



しかし



「比奈子、まだ俺のことお前に言ってないとかひどくない!?」



晋が侑に向かってそう言ったことを聞いて、微妙な言葉のニュアンスさに『ん?』と私のパニックを停止させた。



「そんなもんじゃない?俺、今までの彼氏も別にヒナ姉から報告されてねぇし、毎回」



侑も侑で普通な顔をして、晋と会話をする。



は?


はあ?


ちょっと待って?



「侑……あんた、まさか知って…」



わなわなと震える指で侑を指差したら、侑は私を見下ろして、シレッと答えた。



「二人が付き合ってること?知ってたけど」


「えぇっ!?なんで!?」


「晋から聞いた。付き合った次の日か次の次の日には……」



早い!!


バッと晋を見ると、頭を掻いて照れている。



「えへっ……嬉しくて言っちゃった」


「可愛くねぇよっ!!!!バッカじゃない!?何が言っちゃただ!!!!」


「逆になんで比奈子は言わねぇんだよ」



真っ赤になって怒鳴っている私と首を捻っている晋の言い合いの様子を侑はただ見ていた。



「……落ち着け、二人共。喧嘩しないでよ。なんでそんな報告したかしてないかになったの?」



晋が侑を見ながら私のことを指差した。



「侑が帰ってきた時、さっき比奈子とキスしてて……」



晋がサラッと言ったことに顔も頭もカッとなった。


思い切り肩にパンチをして殴った。



「ーっ痛!!!!何!?」



さすがに痛かったのか、晋が睨んでくる。


でもこっちも睨む。



「本当にバカじゃないの!!!!何、侑に言ってんの!?」


「何が!?キスが──」



もう一回殴る。



「痛!!!!殴んなよ!!」


「晋がデリカシーないからでしょ!?弟にそういうの聞かれたくないの!!普通、少し考えたらわかるでしょ!!」


「はあ?そこまでキレる意味がわかんねぇ!!」


「つーか付き合ってるのも何勝手に侑に言ってんのよ!!」


「何が!?言っちゃいけねぇのか!?」


「考えなさすぎでしょ!!」


「言うじゃん普通!!」


「言わないよ普通!!」



だんだんお互いに声が大きくなっていく。



「二人、あの…」



侑がフォローを入れようとしたところで既に遅かった。



「──っ比奈子のバカ!!!!」


「なっ!?晋の方がバカ!!!!」



侑の「あ~ぁ」という呆れた溜め息の側で、私達はお互いに顔を背けた。



晋と喧嘩になった。


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