喧嘩と囁き

喧嘩と囁き


家……に着いてから、晋との会話が生まれない。


侑はさっさと塾に行っちゃったしさ…。



私の部屋に入ってから、晋と私は距離をとって、立ったまま向かい合っていた。



「……」


「……」



なんでこんな微妙な空気になっちゃったわけ!?



確かに晋の元カノの話になったけど。


確かにその時に微妙な顔しちゃったけど。



……だからって、晋まで微妙な雰囲気にならなくていいのに……つか、逆に困る。



え……これは私から何か言うべきなの!?


でも言葉が見つからない。



「あの……さ、」



首を擦る晋が目を合わせないまま、口を開いた。



「本当に……年上ってだけで、比奈子のこと好きになったんじゃねぇぞ?」


「……」


「……うん、その」


「……たまたま元カノも年上だったってだけ?」


「……おぉ」



晋はまた微妙な表情で返事をする。


でもなんでか胸ん中がモヤモヤする。



晋が中学の時に彼女いてたってのは知ってたけど、こんなにはっきりと晋から話をされたのは初めてだし……それに…



「……ケチがついた」


「はっ!?」


「晋は小学生の時から、私のこと好きだって言ってたくせに」


「…それが?」


「なんだかんだでちゃんと彼女作ってたって……なんか裏切られた感じ」


「はあっ?」


「晋が言う私への気持ちってそんな程度だったんだーって感じ」


「……なぁ、言って良いことと悪いことがあんだろ?」



睨みをきかせて、晋が一歩詰め寄ってくる。


一瞬怯みそうになったけど、私もちょっとイライラしたから口は止まらない。



「だってそうじゃん。まぁ……別に良いんだけどね!!」



本当は良くない。


今まで全然気にしてなかった元カノの存在が、今になってムカムカさせる。



それにケチがついたってのは、本当。



そこまで晋に求めてたつもりなかったのに、いざ一点の曇りでも晋が私を見ていない時期があったって思ったら、なんかムカついて悲しい。



どんな彼女?


年上ってことは私みたいに無邪気に甘えてたの?


私と同じように?



「比奈子、あのさ」


「もうこの話は終わり!!」


「……は?」


「てか、今さらどうでもいいし!!」



どうでも良くないけど、聞いたら不安になりそうだから詳しくなんか聞きたくない!!


それにちゃんと"今さら"だってわかってる。



「どうでもいいなら怒んなよ」


「怒ってない!!」



昔は昔で、今は今で、晋も今は私と付き合っているんだから今さら関係ない話だってわかってる。


もう居もしない女で喧嘩とかしたくない。



頭でわかってるのに、背中が熱くて指先が冷たい。


リサの時の比じゃない。



でもこれ以上話したって意味ないことだってわかってるから、だから早くこの話を終わらせたい。



じゃないと今のこの理性も見失いそうだ。



なんとか不機嫌を堪えて俯いていたら、溜め息が聞こえてきた。



「……比奈子だって彼氏いたじゃん」


「……は?」



晋の一言に抑えていたものが出た。



「なんでその話になるの!?」


「そうだろ?俺なんか相手にしないで彼氏がいたから、俺は──ッッ」


「私のせいだっていうの!?関係ないじゃん!!」


「だけど比奈子が、」


「彼女作ったのは晋自身の話って言ってんの!!」


「でも俺が言いたいのはっ!!」


「てか、晋と違って私は元カレに年下いないけどね!!」


「はあっ!?それこそ関係ねぇだろうがよっ!!」



最初の静けさが嘘みたいにお互いヒートアップしていく。


叫んでうるさくて頭痛い。


晋は怖い顔して、私の腕を掴んだ。



「マジでさっき言ったこと、取り消せよ」


「でも晋に彼女いたのは本当じゃん!!」


「そっちじゃなくて!!」


「──わかってるってば!!!!私だって!!こんな話してもしょうがないってわかってる!!だから終わりって言ってんじゃん!?なんでわかんないの!?」


「わかってねぇのは比奈子だろうがっ!!!!」


「あーもー!!!!怒鳴んないでよっ!!!!」



晋の肩を押して体を離したけど、すぐにその手も捕まれた。



「やだ!!離して!!出てって!!」


「はあっ!?」


「部屋から出てって!!」


「話終わってねぇよ!!」


「私は終わりたい!!」


「何一人で勝手に──」


「これ以上晋の顔なんか見たくないのっ!!!!」



自分の最後の言葉がキンッと響いて、それを機に静寂が走った。



私の腕と手を掴んでいる目の前の晋が大きく目を見開かせていた。



一つに結んだ口だけど、下唇が微かに震えている。



その顔を見て、ハッと息をのむ。



晋の名前を呼ぼうとしたら、その前に晋の手が離れた。



「……あっそ」



冷たく言い放って、すぐに背中を向けた晋を見て、ヤバいと思った。


本当に思った。


初めて晋に見捨てられると思った。



直に感じた恐怖にうぶ毛も逆立った。



「晋っ!!!!」



焦って今度は私が晋の腕を掴んだ。


晋は私の手を振り払うことなく、歩みを止めてくれた。



「……何?俺に部屋から出てってほしいんでしょ?」



だけど背中を向けたまま、晋の声が冷たい。



この手を離してはダメ。


誰でもわかる。


このまま晋と離れてしまうのは、何かを失いそうだ。



震えそうになる手で押さえて、踏ん張って、息を吸い込んだ。



「ご……ごめん。今のは……言い過ぎた」


「……」


「顔見たくないとか嘘!!今言ったのは無し」


「……」


「……ってのは、無理……かな?」


「うん、もう遅いし」



やっと振り返った晋は、眉間に力が入っていて、明らかに睨んでいる。



「俺、さすがに傷付いた」


「……ごめん」


「『顔見たくない』…もだけど」


「……え」


「俺の気持ちがそんな程度……って言われたのも、すんげぇムカついた」


「……」



晋の手が私の頬に触れて、ソッと撫でられた。



「……俺、こんなにも比奈子のこと……好きなのに」


「……晋」


「なんでそれがわかんねぇかな……」



泣きそうに顔を歪める晋に私が泣きそうになる。



「晋……」


「……」


「ごめんなさい」


「……」


「なんか……八つ当たりみたいに……ひどいこと言って」



その場の感情だけで言っちゃいけないこともある。


その場の勢いで暴走して、晋に八つ当たるのは……昔からで、



小学生の晋にキスした時も


芳行にフラれて晋に泣き付いた時も



……私は成長しないなって、落ち込んだ。



「比奈子」



さっきよりか幾分優しい晋の物言いに、ほんの少し許してくれたっぽいことがわかるけど、それが余計に私を落ち込ませた。


私はつくづく晋の優しさに甘えてるって落ち込んだ。


下唇を噛んだ。



「……泣くなよ?それはズルいから」


「……わかってる。てか、泣いてないし」


「……」


「……」


「…~ッッあー!!もー!!」



晋が私を引っ張って、引き寄せた。



突然のことにビックリして、されるがままの私はそのまま晋に強く抱き締められた。



「ごめんっ!!俺もごめんっ!!」



なんだかヤケクソだって感じで、晋がそう言った。



「関係ない元カレの話も持ち出したり、感じ悪く怒鳴ったりして、俺も悪かった!!」


「……うん」


「だから泣くな」


「……だから泣いてないもん」



ほんの少し笑いをこぼしそうになりながら、私も晋の背中に手を回して肩に顔を埋めた。


泣かせまいとする晋の気持ちが嬉しい。


晋の腕の力が痛いけど、弛めてほしいなんて思わなかった。



「晋……本当にごめんね」


「……」



顔を上げて、黙っている晋の目の中の自分を見つめていると、なんだか急に体がソワソワした。



「あの……晋」


「……何?」


「キスして……ほしい」



晋に初めてキスをねだった自分に顔が熱くなった。


でもだって、急にしてほしくなったのだ。



少しの間も空くのが恥ずかしくて、何か言おうとしたけど、晋がすぐに被さるようにキスしてきた。



いつもの可愛い感じで始まるキスを飛ばして、最初から情熱的に舌を絡ませて……。



熱い呼吸にどうしても「ん…」と鼻から呼吸が漏れる。



一旦、口が離れてもすぐにまた絡まる。



目を瞑って、ドキドキを感じた。



いつもなら多すぎたり長すぎたりするキスに、私がドキドキに耐えられなくなってストップをかけることが多いけど、今はもう少しこのままで良いと思える。



唇が離れる度に晋が切なげに短く息を吐くから、私ももっとしてほしいって思ってしまう。



さっき……やっぱり手を離さなくて良かった。


部屋を出ていこうとした晋を引き留めて良かった。



本当に反省しなきゃ。



熱いキスに乱れて汚れた口元を晋が袖で拭ってくれた。


それがめちゃくちゃ恥ずかしくなって、晋の肩に再び顔を寄せる。


呼吸を整える私に晋はもう一度力を込めて、抱き締めてくれた。



スキマなんてないこの感じに、幸せだって思った。



こないだみたいに何日も会わなくなるような喧嘩にならなくて良かった。


この場の話し合いで終わって良かった。



ホッとする私に晋が私の髪や耳にキスを繰り返す。


まだキスが足りないのかなって思うと、笑いそうになった。



本当に晋はキスが好きだなぁ。



幸せな気持ちに「フフッ」と笑いをこぼして、私も晋を抱き締める力を入れ直した。



耳にキスをされると、思わず体が動いた。



くすぐったいから、出来たら耳にはしないでほしいんだけど。



「なぁ……比奈子」


「なに?」



耳元で、晋が息を吐くように囁いた。



「俺の部屋、行こ?」


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