好きだけど好きなのに

好きだけど好きなのに


恋する乙女モード全開だったのに、脳内緊急会議に切り替わった。



『俺の部屋、行こ』?



これの意味がわからないほど、私も鈍感じゃない。



だって晋の部屋は誰も邪魔が入らないからって前に言われて、そのあと抱き締められたことを思い出す。


つまりこれは……100%誘われてるっ!!!!



火照っていた頬っぺたが一気に青ざめた。



どうする!?


つまりそういうことだよね!?


えっ!?どうするっ!?


やばくない!?


ホントに!?



プチパニックを晋は気付いてるのか気付いていないかわからないけど……



「しん……え?──わっ!!」



何か言おうとした私も無視して、すぐに手を引っ張られた。



「晋!!」



晋に引っ張られて玄関を出たけど、靴もまともに履けていない。




ホントに!?


このまま……そうなっちゃうの!?



晋の家がすぐ隣だからといっても、薄手のタイツじゃ心許ない裸足で外のザラッとした地面を感じてさらに焦った。



「あ……あの、晋!?」



自分の家を開けた晋がようやく私の顔を見た。



「私、靴履けてな……い」



だから一回落ち着こうよ!!って意味で、私の家に戻ろうとしたら、手をギュッと握って私を引き寄せた。



「ごめん、気付かなかった」



そう言って顔を寄せる晋がやけに真剣な眼差しを向けてくるから、一瞬見とれた。



でも油断した時、晋に抱き上げられた。


そしてそのまま晋の家に入った。


え?


えぇっ!?まさかの姫抱っこ!?


硬直する私を抱きかかえたままで、晋は確実に歩を進めて、部屋を開けた。



何この状態!!


私、運ばれてるの!?



──って、あんたは王子様キャラじゃないでしょうが!?



やっと声が出たのは晋にベッドに降ろされてからだった。



「ちょ……ちょっと待って晋!?」


「……うん?」



晋はすでに私を跨いで、私に詰めよってきている。



やばいやばいやばい



晋の肩に手を置いて、ちょっと晋を押し退けようとした。



「私を……運んだら疲れるんじゃないの!?」



こないだ私が酔っ払った時、そんなことを愚痴られたのに。



すると晋は一瞬キョトンとしたあと、声に出して笑った。



「この距離なら比奈子運ぶぐらいのカイショーはあるよ」



無邪気な感じでちょっと自慢気で嬉しそうに言うから、晋の中では誇らしいことなのかなって思うと可愛くて胸がキュンッとした。



「比奈子……」



……大丈夫。


いつもの晋だ。


だから肩を掴んで引き寄せられたら、自然と目を瞑ってしまった。


優しいくちどけで、晋のシャツを握りしめた。



「ん……」



そのまま晋に導かれ、ゆっくりと背中にシーツの感触がした。


目を開けると、天井と真剣な顔の晋。



もう……いいのかもしれない。



私達、一応付き合ってるわけだし


晋のこと好きだし



初めての相手が晋でいいんじゃないの?


迷うことは多分ない。



大丈夫、大丈夫。



自分に言い聞かせて目を瞑る。



晋のキスが降ってくる。



──で、この場合、このあと、ど……どうすればいいの?


女の子は何すればいいの!?



「あ……」



服の上から体をなぞられる。


咄嗟に晋の腕を掴んだ。



「晋、あの……」



されていることはわかっているけど、自分の身に起きてる実感がない。


戸惑う私に構わず、晋は首筋にキスが伝えるように顔を埋める。



ほんの少しの布が擦れ合う音とか肌に触れるキスの水っぽい音とかが敏感に耳に響く。



ゾクゾクして震えそうな体も声も抑えた。



大丈夫……だよね?



力一杯目を瞑っていたら、晋の見た目からでは想像できない大きな手が直接肌を撫でた。



「比奈子」



耳にキスをして、晋の艶っぽい声が脳に響く。



そんな晋の声を聞いて


晋の熱を直に感じて


目が開いた。



ダメだ



限界



一気に現実に帰ってきた。



「晋!!ごめんストッ──」



私の待ったもお構い無しに晋はキスを重ねてくる。


舌も手も休むことなく、私に刺激をもたらす。



ダメだ!!生々しいっ!!



ぷはぁっと息継ぎ出来た時には耳たぶをカプリとくわえられ、抵抗に力が入らない。



「あ……やぁ、──あ、晋!!待って!!」



耳から離れて、晋が色っぽい溜め息を吐く。



「……何?」


「ちょっと、待って……ほしい」



息絶え絶えにようやく言ったのに、晋は全然退こうとしない。



「……待つって?」


「えっ…と、言葉通り。一旦、ストップしてくれない?」


「無理」


「えっ!?即答!?」


「うん無理。俺、今すぐにでも」



熱い眼差し



「比奈子を抱きたい」



迷いもない声色に耳先までブワアッと熱くなった。



「ごめん。俺も我慢の限界」



晋は私の存在を確めるように身体に丁寧なキスをする。



でもそれが逆に恥ずかしい。



「ま……待ってよ!!」


「待てない」


「こここ、こ…心の準備ってのがあるじゃん!?」



晋は首筋に唇を当てたまま喋った。



「それ、あと何分で出来る?」



心の準備って分単位なのっ!?



晋の下敷きになりがらもバタバタともがくが、どうにも抜け出せない。



「比奈子」



晋に呼ばれる名前も呼吸が荒くなってきて、晋が興奮していく熱が伝わる。


生々しさまで伝わってきて、掌に汗をかいてきた。



待ってほしい


待ってほしい


ホントに待ってほしいっ!!!!



逃げとか言い訳とかじゃなくて、本当に心の準備が出来てないんだって!!



晋を押し退けようにも力的にも体制的にも無理がある。



固く目を瞑っていたら、少しだけ威圧感が消えた。



ゆっくりと目を開けば、覆い被っているのに変わりないけど、少し上体を離して晋が私を見下ろしていた。



「俺は……比奈子が好きだけど……比奈子は?」


「……へ?」



晋と目が合わない。



「比奈子は……俺のこと、好き……か?」


「……」


「俺じゃ嫌?」


「……そういう聞き方はズルいと思う」


「ズルくねぇし」



私の答えを待たずに



「──え」



晋の手が私に直接触れた。



ダメ


体が震えた。



好きだよ


好きだよ?


好きだけど……


好きだけど



好きなのに



怖い。



そんなの嫌だ。



「や……」


「……『嫌』?」


「──優しくしてっ」



叫んだ。



両腕で顔を隠して。


微かに震えるのを誤魔化すようにそうするしかなかった。


だって恐くて、恥ずかしい。



もう一回、叫んだ。



「私、初めてだから!!だから優しくしてっ!!!!」



好きなのに…


好きなのに、晋の気持ちに応えられないみたいなのがすごく嫌で、目尻からうっすらと涙が浮かぶのが自分でもわかる。



喉でクッと塞き止めて、腕が震える。



「……」



……あれ?


止まった空間に隠した腕の力を少し弛めて、ソッと顔を出してみた。



目の前にある晋の顔は、目を開けたまま固まっていた。



「え……それは」


「……」


初めてだから……ってこと?」


「……初めて」



完全に時間が止まった。



「……」


「晋……」


「……」


「……」


「……」


「……引いた?」



無表情のまま止まった晋から感情が読めない。



「し──」



私の上に晋が倒れ込んだ。



「うぎゃあ!!だから!!私──」


「……」


「その!!だから出来たらもっとゆっくり……」


「……」


「…………晋?」



晋は倒れ込んでから、ピクリとも動かなくなった。


重い。


晋の髪が右頬を掠めている。


晋の顔を見ようにも肩越しの枕に顔を埋めている晋との距離が近すぎて、よくわからない。



「晋、あの…これは」


「そういうのは」



晋から深い深い溜め息が出た。



「もっと早く言うだろ、普通。つーか言えよ」


「……言えないよ、普通」


「……」



晋は私の上に倒れたまま、顔を枕から上げようとしない。



「比奈子さー」



そのまま枕に向かって言葉を吐き出すから、くぐもった声が私に届いた。



「俺が今までどんな気持ちだったかわかる?」


「は?」


「話したこともない今までの男達のこと考えて……正直どんだけ焦ったと思う?」


「えっと……」


「軽く発狂寸前だったっつーの、マジで」


「……全然そういう風には見えなかったけど」


「素直にガッツいて、高校生だからって……ガキ扱いされたくなかったんだよ」


「……晋でも」


「ん?」


「年の差とか気になるんだ。……意外」


「別にそういうんじゃねぇけど、……あー、マジかよー」



溜め息と共に鼻を啜るのが聞こえた。



「え……泣いてる!?」


「なんでだよ。泣かねぇよ!!このタイミングで!!」


「さっきから顔上げないし……」


「これは……なんつーか、脱力っていうか……」


「……私のこと、好きじゃなくなった?」



晋がようやくガバリと起き上がった。



「なんでそんな極端な話になるわけ!?」


「だって……ただでさえ、私こんな性格なのに……処女……めんどくさくなんない?」


「今までの彼氏は知んねぇけど、俺に言わせりゃあそれで比奈子が嫌になるならそいつらに愛が足りねぇよ!!!!」


「……そういうもん?」


「てか、そんなん経験あるとかないとか正直考えられなくて、今はそんなん抜きで俺は比奈子としたい!!」


「なッッ──」


「好きだから!!好きだからしたい!!」



怒ったようにそう言う晋の顔が真っ赤で、私の顔もますます赤くなる。


体が熱いです。


晋に握られた手首がより熱を帯びる。



泣いていないって言った晋だけど、やっぱり目が潤んでいるように見える。



「なぁ、比奈子。マジか?本当に今までなかったの?一回も?」


「な……ないよ。何回も聞かないでよ。魅力ないみたいでごめん」


「いい!!他に魅力振り撒かんでいい!!」


「別に振り撒いてるつもりなんか元々、」



話の途中なのに、晋が顔を倒しキスを被せてきて、唇が触れ合った。



すぐにキスに夢中になって、口を離した時は息継ぎのようにお互いの溜め息が漏れた。



晋と初めてキスした時は本当に子供だったのに、目の前にいる彼はもう子供じゃない。



「……俺だけでいい」



切なげに呟く晋に胸が鳴らないわけがなかった。



火照る頬に目を細めた。


今なら……素直になれそうな気がする。



晋の背中に手を回して、触れているシャツを握った。



「晋……私、」


「うん?」


「私も……好き」


「……」


「その……なんというか」


「……うん」


「晋が……好きだよ、ちゃんと」


「……うん」



おでこを合わせて、晋が目を瞑った。


ちゃんと、伝わったよね。



こんなにもお互いの気持ちがわかり合えるのって、私が晋に告白した時以来な感じだ。


あの時も一方通行の想いじゃないって、心の底から思えたっけ。



でもあの時以上に私の気持ちは大きく育っているんだよってことも、ちゃんと晋には伝わってるんかな?



「比奈子」



返事をしてしまえばドキドキしすぎているせいで声が上擦ってしまいそうだったら、黙って頷いた。



「俺、比奈子のこと……大事にする」


「晋…」


「今までも大事にしてきたけど……もっともっと大事にする。比奈子にそれが伝わるぐらい」



……もう、充分伝わっているよ。



だけどやっぱり頷くことしか出来なかった。



晋はいつも真っ直ぐだ。


遠回りの私には出来ないから、すごく惹かれるんだ。



年下相手に翻弄されっぱなしだ。



「比奈子、好きだよ」


「……うん」


「……」


「晋」


「うん?」


「この手、何?」


「へ?」


「何、続き始めようとしてんの?」


「へっ?」


「この流れでそれは違うでしょ?」


「え?いや…俺が『大事にする』っつって『うん』って言ったじゃん」


「だから処女の私にペース合わせてくれるんでしょ?」


「えぇっ!?んなわけねぇだろ!!今、俺ら愛を確かめ合ったんじゃねぇの!?ここはさらに愛を深めるためにヤる流れだろ!!」


「違うって!!晋、愛が足りないんじゃない!?」


「はあ!?俺の愛は有り余ってるっつーの!!俺は愛が足りないんじゃなくて修行が足りないだけ!!」


「大丈夫!!いけるでしょ!!」


「何言ってんの!!!!比奈子、バカだろ!?」


「バカじゃないし!!」


「俺の話聞いてた!?つーか、ここで止めるとか比奈子、鬼すぎるだろ!!」


「鬼でもない!!」


「いやいやいやいや!!俺の状態見てよホラ!!」


「ちょ…見せんでいい!!バカじゃないの!?」


「バカじゃねぇよ!!」



ベッドの上でギャーギャー言い合いになった。


さっきの甘い雰囲気はどっか行った。



通じ合う気持ちを持続させるって……難しい。


幼なじみでは済まされない彼氏彼女ってまだまだ大変そうだ。

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