ご飯とプレゼント


晋と二人で入ったお店は普段はカジュアルなカフェだけど、クリスマスシーズンに合わせてこの週だけは特別メニューでディナーが楽しめる。


クリスマスに晋と出掛けると決まってから、メグにこのお店を教えてもらって予約した。


予約っていう発想が晋にはそもそもなかったみたいで、席に着いてから晋はちょっと不思議そうにキョロキョロとお店を見渡した。



「おー?すげぇーすげぇー」



バカ正直な感想だ。



楽しそうにソワソワとお店を眺めている晋が可愛くて、頬杖ついて眺めていた。


すると私の視線に気付いた晋がニコッと笑った。



「なんだ?なんかあった?」


「え…へ?いや、えっと……」


「うん?」


「可愛いなーと思って……」



晋は私の言葉を聞いてしばらく固まった。


そして次の瞬間には、ちょっと口を尖らせた。



「えぇっ!?なんで?私、ダメなこと言った?」


「ダメじゃねぇけど……子ども扱いな感じが気にくわん」


「あははっ、なにそれ」


「俺からしたら、比奈子のが超可愛い」


「バッ!?……もう本当バカッ!?」


「ここが店じゃなかったらキスしたいくらい」


「バカバカバカ!」


「あはは、可愛い」


「ハゲてしまえっ!」


「えぇっ!何の呪いっ!?」



てか私達はクリスマスのお店で何やってんだか……


そして予約していたメニューが順番にテーブルに来た。


お互いの学校の話や年始からの話をしながら、食事を楽しんだ。



「比奈子」



デザートが出てきた頃に、晋が改めた感じで私の名前を呼んだ。


私はショートケーキに気をとられたから、顔を上げた時にはテーブルの上に小さな箱を差し出された。



「え?」


「開けていいよ」



晋は満面の笑みでそう言う。


小さな白い箱に真っ赤なリボンで留められていて、隣のショートケーキと一緒だった。


可愛いソレがプレゼントだってわかって、頬が熱くなった。


さっきまで何てことないいつもの会話をして御飯を食べていたのに……


晋はいつも突然で心臓がおかしくなる。



「ありがとう……あ、」


「ん?」


「私からも」


「嘘!?マジか!!」



箱を開ける前に、私も用意していた小さな箱を晋に渡した。



晋とプレゼントを渡し合うなんて、二人とも小学生の時以来だ。


親から貰ったお菓子の詰め合わせを広げて、侑と三人で交換してたりしてたのが昔すぎる。



ドキドキしながらリボンに手をかけ、シュルリと、ほどいた。


小さな箱に、もう一個小さな箱。


それも開けると、シルバー色のリボンのネックレス。


可愛い……



「うおっ!?ピアス?」



可愛いって私が言う前に、晋が声を上げた。


私は晋の様子を見て、ちょっとハニカんでしまった。



「うん。色々悩んだんだけど、身に付ける何かが…」


「着けていい?」


「って人の話聞け!」



私がまだ喋ってる途中なのに、晋は慌ただしく今付けているピアスを外した。


ちょ……せっかちめ。



だけど、その場ですぐに着けてくれたのが嬉しかった。



私があげたピアスを着けた晋が私に向かって笑顔を見せた。



「ありがとう!すっごく嬉しい」


「うん、私も」


「ん?」


「私も……嬉しい」



私達はお互いハニカんだ笑顔で見合わせた。



「ん、比奈子のも貸して?」


「え?」


「着けてあげる」



ネックレスのことだとわかり、少し戸惑った。



「え?嫌?」


「嫌……って言うか、」



少し恥ずかしい。


だけど、私も晋みたいにその場で着けたいから、黙って晋にネックレスを渡した。



ご機嫌となった晋はニッとお得意の八重歯を見せてくれた。



そして留め具を外した晋は私の首に手を回して、一気に近付いてきて…


わ……近っ…。


心の準備なんて無くて、近くに来た伏し目がちな晋の顔にドキドキしてしまった。


ここがお店じゃなかったら、キス出来てしまいそうな距離。


ドキドキが煩くて目を瞑ってしまいそうだけど、なんだか勿体ないような気もして、ドキドキに耐えながら晋の間近な顔を見つめ続けた。


首の後ろにあった晋の手が元に戻った、その時――


――っあ、


近距離で目が合う。



「ん!出来たよ」



笑顔の晋が元の距離に戻って、席に座った。



「良かった。似合うよ」


「……」


「比奈子?」


「……」



例えば駅の改札周辺で別れを惜しむからって、人前でチューするカップルって私は嫌だ。


公然のマナーの悪さが理解出来ないし、私自身恥ずかしいから外でキスなんて考えられないんだけど……


晋にネックレスを着けてもらって、目が合ったその時はそんなことどうでもいいというか、


此処がお店であることを忘れたくらい晋が好きだって思ってしまって……


公然とか関係なく、晋とキスしたい…と思ってしまったわけで……。


だから改札前でチューするカップルの気持ちがわかってしまった……


だなんて、



「あ……ありがとうっ!!」



言えるわけがないから、顔を両手で隠し、お礼を言うことが精一杯だった。



◇◇◇◇


「おー……何度見てもキレイだなー」



お腹が満たされた帰り、約束通りイルミネーションアーチをもう一度くぐった。



「……うん、綺麗」



私は見とれるように見上げて、晋の手をまたキュッと握った。


温かい。


隣の晋を見ると、白い息と赤い鼻と……耳には私があげた青い石。


イルミネーションに反射するように光る青に私は幸せな気持ちで口が緩んだ。


幸せ……だ。



「ねぇ…晋」


「ん?」



幸せ故に、それが頭に浮かんだ。


一回聞いてみたい。


というか、女なら一度言わなくては。


それが彼女の特権ってヤツだ。



「私の……どこが好き?」


「え?」



少し不思議そうに首を傾げた晋だけど、すぐに微笑んだ。



「全部」



全部……


……全部か。


なんだか拍子抜け。


不正解じゃないかもだけど、私が聞きたかったのと何か違った気がした。


私が腑に落ちないのが表情に出たのか、晋は「えっ!?」と焦った声を出した。



「なんで!?なんか俺……ダメなこと言った?」


「別にダメじゃないけど、」


「けど?」


「逆に薄っぺらいというか、テキトーに言ってない?」



目を見開かせた晋はもう一度「えぇっ!」と言った。



「俺は至って真剣なんだけど!?」


「わかってるつもりなんだけど、軽くてなんかヤダ!」



もしかして私、また我が儘言っちゃってる?とも思ったけど、そう思ってしまったんだから仕方ない。


私っていうか、女の子なら皆そこはそう思うでしょ?


一個でも二個でも具体的にリアルなことが聞きたかった。


それが晋なんだから仕方ないんだけど。



「帰ろうか」



晋の手を引いてアーチをくぐり抜けようとしたけど、前に進めなかった。



「晋?」



晋が私の手を握ったまま止まるから、私は振り返って首を傾げた。



「俺が片思いでもこうやってずっと想い続けられたのは、たぶん家が隣でずっと一緒にいたから。だから幼なじみがいい」


「へ?」


「歳上が好きってのも、変にカッコ付けなくてもありのままでいられるから。それに逆に置いていかれないように俺も頑張れる時もあるし」


「晋?」


「でも歳上だからって誰でもいいわけじゃなくて、一緒にバカなことして騒いでくれる人がいい」



唐突な晋の言葉はまだ続く。



「泣き虫だからほっとけなくて、」


「……」


「それでいつも一生懸命に考えて、悩んで凹んで全力で泣いて怒って……ワガママでもすっごく楽しそうに笑ってくれる」



フッと短い白い息を吐いた晋はゆっくりと笑い、ゆっくりと私への距離を近付けた。



「っていうのが、俺の好みのタイプなんだけど、」


「えっと……」


「それってこの世で比奈子しかいなくねぇか?」



繋いだ手を引かれて、晋の腕の中へ入った。



「比奈子が好き」


「……」


「比奈子の全部が好き」


「……うん」



晋の首におでこを寄せた。



体が熱くて、外な冷たさなんて全然気にならなかった。


首をヒヤリと冷やすネックレスはむしろ心地がいい。



「比奈子は?」


「え?」


「比奈子は俺のどこが好き?」



晋の好きなところ?


優しいところ


一緒にいて楽しいところ


バカなところも背伸びしたがりなところも…


幼なじみだから安心だし


年下だから楽チンだし


こうやって私の一つ一つに真剣に考えてくれて……


それってつまり――



「全部」


「え?」


「晋の全部が好き」


「え~、本当かよ~?テキトー言ってね?」



晋は私を抱き締めながらクスクスと笑って、さっきの私の言葉を真似する。


だから私も笑いながら晋の真似をした。



「私は至って真剣なんだけど?」


「そっか」


「うん」



ほんの少しだけ晋との密着に隙間が出来たと同時に、晋が顔を寄せてきた。


私も目を閉じて応える。


冷たい唇で熱い呼吸が届いた。



全部好き



触れるだけのキスに泣きそうなぐらい胸が苦しくなった。


長いような短いようなキスが終わって、晋がゆっくりと離れたけど、私は晋のおでこにおでこを寄せた。



「晋」


「うん?」


「今日は……なんか」


「うん」


「まだ帰りたくない……ね」



楽しいから


幸せだから


もっともっとずっと一緒にいたいって思った。


何年も一緒にいた時間すら足りないくらい。


目と鼻の先にいる晋は柔らかく笑った。



「今日は最初から帰らせる気ねぇよ」



私の頬にキスをした。



「比奈子」


「うん」


「今日、親帰ってこねぇんだけど」


「……うん」


「……どうする?」



聞いてきたのに晋は私の返事も待たずに私の口をキスで塞いだ。



青が光って赤に染まり白に包まれたのなら、甘い夜となる。



【クリスマスピーチ 完】

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