バレンタインピーチ

甘くないと甘い

【バレンタインピーチ】



私の彼氏はお隣で年下で幼なじみ。


そして……甘い。



「比奈子」


「何?」


「14日、俺空いてるからね」


「……」


「14日!!バイト入れてないから!!」


「……」


「なんなら前日も次の日も空けてる!!」


「……」


「比奈子、俺14日……」


「もう何日も前から何度も聞いてるわよ!!うるさい」


「比奈子はホント冷てぇな~」



甘過ぎ……っつか、うっとうしい!!


最近は私の部屋に来るなり、いっつもこれを言う。



「比奈子~比奈子~」



スマホを触っている私を後ろから抱きしめ、ずっと甘えてくる。


うなじにスンスンと鼻を寄せたり、肩におでこをグリグリしてきたりしてくる。



「14日…楽しみだな~比奈子!!」



かつてないほどのご機嫌と甘え様。


というかこんなにもバレンタインを心待ちにしている人間を初めて見た。


そして私は……こんなにも悩んだバレンタインは初めてだ。



◇◇◇◇



「あああああぁ~何作ればいいのぉ~!!」



大学のカフェテリアで私が叫んでるのを杏里はシラーッとした目で見て、メグとオオちゃんは軽く「ハハッ」と笑って終わった。



「私は真剣に悩んでるの!!私、ただでさえお菓子作り慣れてないのに……」


「えっと……シンくん、甘いの苦手なんだっけ?」



そうなんだよ……。


今回は中学、高校の時の彼氏みたいにチョコ溶かして型に流し込むとかの簡単レシピは出来ないんだよ!!


メグは可愛らしく両手をポムッと合わせて「そうだ」と言った。



「チョコが苦手でもマフィンのプレーン味なら調理次第で甘くならないし。もしくは砂糖を控えたブラウニーとかどう?」



お菓子作りが得意なメグに提案されても私には難しい。


真似できる気がしない。


杏里はコーヒー飲んで、面倒くさそうに息を吐いた。



「お菓子全般食べれないわけじゃないんでしょ?」


「うん、侑に聞いたんだけど」



私の話の途中にオオちゃんが「タスク?」と首を傾げたら杏里が「比奈子の弟」って説明してくれた。



「チョコとか生クリームは嫌いで……クッキーはまぁまぁ…ゼリーはイケるけどプリンは嫌い……って、」



基準がわからない!!


肘ついた両手に顎を乗せて、深い溜め息をして皆を見た。



「皆は今年のバレンタインどうするの?」


「ヒナ、よくぞ聞いてくれた!!」



オオちゃんが得意そうに笑った。


オオちゃんは年明けすぐに彼氏が出来たのだ。



「私もお菓子作りとかスゴくないからチョコ溶かしてハートの型にするんだけど」


「オオちゃんの彼氏はチョコOKなんだ、いいな~楽で」


「ふふふふ!!手抜きと思ったら大間違いよ!!今年のチョコは気合いが違うんだから!!」



更に得意げなオオちゃんに杏里と一緒に「おぉ?」と反応してしまった。



「今年はなんと!!ゴデーバのチョコを使う!!それを溶かす!!」


「はいサイテー」


「サイテー」



杏里が速攻で切り捨てて言って、私も便乗して言った。


オオちゃんは立ち上がって「えええぇぇーっ!?」と叫んだ。



「何で!?どこがサイテーなの!?」


「手間を惜しんで金で物言わせてる感じが」



杏里はズバッと更に切り捨てた。



「なんで!?愛はあるよ?」


「それを知った彼氏は逆に気を遣うっつの。愛があるなら市販でもいいじゃん。つかわざわざ溶かさずにそのまま渡した方が何倍も価値あるって」


「もう!!そういうアンはどうすんのよ!!」


「私、今は別に彼氏いないし」



杏里は涼しげにそう言って煙草を取り出した。


でも火をつける前に「あ」と言った。



「そういや私も前付き合ってた人、チョコが無理だったな」



私はすぐに身を乗り出した。



「それ!!そういう参考になる話聞きたい!!そのとき何あげた?」


「んー……なんだっけなー。確かココア淹れてあげたんじゃなかったけなー。わりと渋い感じの」


「そうか。杏里らしいけど……クールすぎない?」


「そう?」


「私はやっぱり何か作ってあげたいって思うんだよね……エゴかもしれないけど」



私の言うことにメグはウンウンと頷いてくれた。



「ヒナちゃんはシン君のために頑張りたいんだね」



オオちゃんはメグの肩をつついてニヤついた。



「そういうメグはどうするの?」


「え…私も付き合っている人いないから。お父さんと幼なじみのお兄ちゃんとその弟くんに……あ、もちろん皆にも作ってあげるよ!!」



癒し系の笑顔は天使だなぁ…。


三人で黙ってメグの頭を撫でた。


そんな三人の手にアワアワしているメグがなおのこと可愛い。



「で、メグは何作るの?」


「ん~、悩むよね……。去年はフォンダンショコラ作ったけど、今年はどうしようかなー。ミルフィーユとか……マカロンもいいなぁ」



す……すご~い。


杏里も思わず「先生だ、メグ先生」とか言った。



「比奈子、もうメグ先生の所に通ってお菓子教えてもらってきたら?」


「杏里、私もぜひそうお願いしたいと思っていたところだった」


「てか私思ったんだけどクッキーとゼリーがOKならそれで充分いいんじゃない?」



杏里の意見にメグは「それなら…」と続けた。



「カボチャのクッキーとかニンジンゼリーとか甘さ控えめなものとかどう?」



まぁそうなんだけど、クッキーもゼリーも一度あげてるからな……


同じのでいいのかなー?




「メグ、もう少し相談乗ってもらってもいい?」


「いいよー、今日の帰りにでも、ウチに寄る?」



メグが良い子すぎる!!



「メーグー、あんまり良くするとこのバカ調子乗って寄生すんぞ」


「ちょ、杏里!!人を疫病神みたいに……」



私の抗議もスルーした杏里は煙草をふかしながら私を見た。



「てか、私ならもう本人に直接何食べたいか聞くけど、比奈子的にはサプライズにしたい感じなの?」


「い…いやまぁ、リクエストはそれとなく聞いたんだけど……その…」


「何?」


「……『俺は比奈子が作ったのなら何でも食うよ』……って」



って、私は友達に何でこんなこと話さなきゃいけないわけ!?



私は真っ赤になって俯いた。



恥ずかしいっつの!!


ノロケてるみたいじゃんか!!


いつも以上のご機嫌なあの笑顔で言いやがって!!


つか何でも一番困るっての!!


だからわざわざ侑にも確認したし!!



本当アイツ…バカじゃないの!?



「はいはい、ごちそうさま」


「待って!!杏里!!急に興味なくさないで!!」


「だって何でもいいんでしょ?はい解決!解散!」



こんな終り方、恥ずかしすぎる!!



そしたらオオちゃんが手を挙げた。



「はいはーい!じゃあ良いこと思いついた!」


「え、何何っ!?」


「『甘いデザートはワ・タ・シ!』で良いんじゃない?」


「余計に恥ずかしいわ!!バカじゃないの!?もう本当にバカじゃないの!!」



真っ赤な私はカフェテリアで一人叫んで振り出しに戻る。




◇◇◇◇



2月14日……


晋の家のインターホンを押した。



いつも晋の家にお邪魔させてもらう時は晋も一緒だからわざわざインターホン押すってことがあんまり無いし……そのせいか、緊張する。



「おーす、いっらしゃい。つか、こんな風に比奈子出迎えたの初めてかも!!」


「初めてってことはないんじゃ」



……いや、もしかして本当に初めて?


なんか変に緊張する!!



「つーか俺ん家に来てくれなくても、いつもみたいに比奈子の部屋行ったのに」


「いや……まぁこっちも色々準備してて部屋綺麗にしてないし…」



てか、侑もお母さんもいる家で晋にバレンタインスイーツあげるとか恥ずかしいっての。


深呼吸をしてから晋にそれらしい箱を渡した。



「はい……これ」


「おぉー!!手作り!?なぁ、手作り!?」


「う……うん」



メグにもちょっと手伝ってもらったのは内緒だけど。



「ありがとう!!」



晋は被さるようにギューッとしてきた。



「わ…バカ、先に箱受け取って、落としちゃう…」



晋は私の肩を掴んでチュッとキスをした。


私の顔は一気に火照った。


晋のほっぺたを思い切りつねってやった。



「あんたってホント!!い…いきなり何すんのよ!!」


「い…痛い!!ゴメン!!ガマンできなくて……つい」



晋は自分のほっぺたを擦りながら箱を受け取ってくれた。



「なぁ、開けていい?」


「いいわよ」



晋の部屋のそこらへんに落ちていたクッションに座った晋は、わかりやすいぐらい目をキラキラさせて箱を開けた。



「何これ?パイ?」


「ポテトとハムのキッシュ。まぁ、甘くないパイのような……晋にも食べてもらえると思う」



って説明でいいの?


晋はキッシュと私を交互に見て、不思議そうな顔をした。



「キッシュ?……わかんねぇ!!」


「味は……大丈夫なはず!!これでもすっっっっっごく、悩んだんだからね!!」



メグの家で料理本見せてもらって、頑張って選んで、頑張って作ってきたんだから!!


苦労を全部言うには恥ずかしいから黙っておくけど……。


晋はヘラッと笑った。



「ハハハ、実は気付いてた」


「は?」


「比奈子が悩んでるの」


「はい?」


「でも見てて楽しかったから、わざとリクエストも答えなかった。比奈子が作るんだったら何でも食えるってのは本当だけど」


「は!?なにそれ!?」


「だって比奈子が俺のこと考えて悩んでたんだもん。ずっと俺のこと考えてたとか……」



一度言葉を切った晋はまた私にチュッと唇を奪った。



「サイコー」



晋はお得意の八重歯の見せた笑顔で私を間近で見つめた。


脳に血液が一気に巡って目眩を起こすかと思った。


心臓が止まらない。



「……晋ってホント、バカでしょ」


「えへへへー。今度は俺がこれから一ヶ月、比奈子のためだけに悩むから。ホワイトデー楽しみにしてて!!」


「……ん」



晋は何度も私にキスをして、離れようとしない。



「……ん、晋……食べないの?」


「食べるよ?」



そう言いながらもキスを止めない。


そして長いキスのあと、晋はいつものように頬や鼻にもキスしていく。


耳や額へと移って、瞼にもキスされた。



「なんか……今日の比奈子……甘い香りがするね?」



甘いものを食べない晋。


でも甘い時間を過ごしたい。


私はこっそりショコラの香りのアイシャドウを仕込んでいた。


私の内緒のプレゼント。



「……気のせいじゃない?」



そんなことを言って誤魔化したけど、誘うように目を閉じた。


甘い瞬間に乗じて……どうか、私の虜になってほしい。



「晋……」


「ん?」


「ホワイトデーは倍返しね?」


「ちょっと待て。ハードルは上げんな」



【バレンタインピーチ 完】

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