コールピーチ

修学旅行と電話


【コールピーチ】



私の彼氏はお隣さんで年下の幼なじみ。


普段は正直年齢なんて気にしてない。



「比奈子!」



バイトから帰ってきたらしい晋は今日も夜遅くでも遠慮なく私の部屋にやってきた。


付き合う前からの長年の慣れでこんな感じで遠慮のない奴だから、コッチだって今更遠慮もなにも年下とか関係ないとか思っている。



「マンネリ防止には何が一番だと思う?」


「は?何言ってんの?」



ただし晋の唐突さに慣れることはない。


入ってきて早々『コイツ何言ってんだ?』と本気で思った。



「やっぱ俺的にマンネリ防止には色々刺激を挟むことだと思う!」


「だから何の話?」


「比奈子ももうちょっとエッチ大胆になるとか!」


「はあ?」


「むしろ俺はその方がウェルカム!Tバックとかどう?」



私ににじり寄ってきた晋のおでこ辺りを割と本気で平手で殴った。



「バカじゃないの⁉︎」



すっごく良い音が鳴ったけど多分そんなに痛くはないはず。


一応配慮はしたけど、顔面を殴った衝撃に驚いた晋は顔を押えてゴロゴロと大げさにのたうち回っている。



「ホント、バッカじゃないの⁉︎」


「イテテ。いやいや冗談だって!相変わらず比奈子は厳しいな!」



晋は笑いながら起き上がってきたけど、冗談にしても唐突すぎ。



「いきなり何?」



呆れながら聞くと晋は私の隣に座ってきた。



「いや、色々やっておかないといつか比奈子に飽きられる可能性もないわけじゃないし!年下なりに頑張ろうかなとか思って」


「T……その……パンツ履くの私になるから頑張るのは私になるんですけど⁉︎」


「半分は冗談で言ったけど、半分は本気だから、もし比奈子が履いてくれるなら履いてくれるで俺としてはラッキーだけど」


「履かないわよ⁉︎」



真っ赤になって怒鳴る私に晋は何のダメージもなさそうにニヤニヤと楽しそうに笑う。



「じゃあ…まぁ……」



後ろから私を抱き寄せ、ズルズルと引っ張り晋は自分の膝に私を乗せた。



「充電だけさせてもらおう」



後ろからギューッとしてきて、晋は私の髪に顔を埋めてスンスンと鼻を鳴らす。



「何よ、充電って」


「ほら俺、今週から修学旅行じゃん?修学旅行は修学旅行でめちゃくちゃ楽しみだけど4日も比奈子と離れるなんてやっぱ辛ぇー」


「あ……そっか。修学旅行って今週だったね」



修学旅行……そういうの聞くと晋はまだ高校生だったって意識しちゃう。



「北海道楽しそうじゃない。お土産よろしく」


「冷てぇ!ホント比奈子は冷てぇ!俺はこんなに寂しいのに!」



晋はますます私を抱きしめる力を強めた。



「離れてる間に俺のこと冷めんなよ⁉︎絶対だぞ⁉︎」



あ……なるほど、それで飽きないようにとか刺激とか言い出したのね。



「……バカ」



……たかが4日でそんな風に……晋のこと冷めるわけないじゃない。


そんな気持ちを込めて小声で言ったけど晋は私の充電に夢中だったのか聞こえなかったようだ。



……___



「……飽きられる方だとしたらアンタの方でしょ」



晋が修学旅行に行ってしまい、暇になってしまった夜は久々に杏里と呑みに出かけた。


晋と付き合う前後は杏里にしょっちゅう相談して話を聞いてもらっていたけど、最近は晋との関係も安定してて特に何か言われなかったのに……久々の説教モードの杏里だった。



「え⁉︎なんか私悪い⁉︎」


「悪いとかじゃなくて、比奈子が晋くんに飽きるぐらいなら先に晋くんが比奈子に飽きるでしょ……って話」


「な……なんで⁉︎」


「だって今、向こうは北海道で修学旅行でしょ?」


「え、うん」


「来年も体育祭、文化祭と高校生はイベント目白押しだよ?すっごく楽しいし、晋くんもめちゃくちゃ楽しむわよ?」


「うん。実際に晋、修学旅行めちゃくちゃ楽しみにしてた。多分今もめっちゃ楽しんでる」



だって今朝から何の連絡もない。


団体行動だからとはいえ、メールひとつもないのは多分晋自身が目の前のことに夢中で楽しんでるから。



「そんな楽しいイベントに一緒に楽しむクラスメイト女子とか近くにたくさんいるのよ」


「はっ⁉︎」


「多分、アンタと違って可愛くて素直で年相応に晋と一緒にはしゃいでくれるようなクラスメイト女子達が」


「はぁーっ⁉︎」


「はぁ〜修学旅行かー。懐かしい。自分達の時はめっちゃ楽しかったもん。そりゃ楽しそうだろうな〜」


「ちょ……ちょっと⁉︎」


「……比奈子」


「……はい」


「年下の方が自由でやること楽しいことがたくさんあって、あぐらかいてたら先に飽きられるのは多分アンタの方だから」


「……はぁ⁉︎」


「気を付けて」



杏里はビールを煽ったのち、タバコに火を付けて絶句の私をスルーした。


普段は正直年齢なんて気にしてない。


してない……のに、たまーにこういう場面にグサッとくる。


というか、今ズブズブに不安に襲われている。



「は……あはははー。いやいや杏里、あんな鬱陶しいぐらい私の傍に来る犬みたいな感じの晋に限って……」


「……」



杏里は黙ってただ私を冷めた目で見つめてくる。


……わかってる、調子乗った慢心はいつか痛い目見るから気をつけろってことでしょ?


私の知らないところで晋は楽しい高校生活を楽しんでいて、私より傍でそれらを共有できる素直な女の子の方がお似合いかもしれない……


__正直、過去に……付き合う前にそんな風なことを考えたことないこともない。


でも晋を誰かに譲る気はない。


黙りこくる私に杏里もやり過ぎたと思ったのか、「ごめんね」と頭を軽くポンポンと撫でてくれた。



「イタズラに不安あおってゴメン。そんな中でもそれでも晋くんが今選んでるのは結局比奈子だもんね」


「……うん、ありがとう」


「まぁ、晋くんの優しさにあぐらかくなよとは本気で思ってるけど」


「ねぇ⁉︎結局私のフォローしたいの⁉︎説教したいの?どっちなのっ⁉︎」



◇◇◇◇


杏里と飲んだ帰り……トボトボと一人で家路を歩く。


寂しいから付き合ってもらったのに、なんか寂しさが倍増した気分。


杏里が変なこと言うせいで……。


スマホを出して、晋からメールが来てないか見てみたけど、未読メッセージ0。


アイツ、普通に楽しんでるな……。


寂しいとか、充電とか言っておいて向こうに行ったら行ったで夢中で楽しんじゃって……。


ムッと画面を睨んでいたら、急に明るくなり、着信音も鳴り出した。



え……えぇ⁉︎


何⁉︎電話⁉︎



通話ボタンを押すと向こうから『よっ!元気?』と無邪気な声が聞こえてきた。



「晋、急に何⁉︎」



ドギマギしているのを隠しながら、いつものように冷たく聞き返す。



『そろそろ就寝時間で自由タイムだから電話した!』


「……そう」



サワサワと風の雑音が聞こえてくるから晋が今外にいるのがわかる。


……部屋を出てベランダとかで話してるのかな。



『ホントは電話するのやめとこっかなーって思ってたんだけど』


「……はあ⁉︎」



思わず大声が出た。



「なんで!?何が?なによ、修学旅行が楽し過ぎて面倒だった?」


『は?はははは、違う違う!なんでそうなんだよ』



晋は笑って言ったけど、電話越しだから私が今どんな表情かわかっていない。



『いや、出発前からしつこく言って、あんまりアレだと……うざったいかなぁ……と思って』



晋は笑いながら、軽めに言っていたけど電話越しだから微かに震えた声が篭って雑音になって震えて伝わった。


時々、晋は私に対しての自信をなくす。


まだ時々『俺一人の片想い』という考えに襲われるのかもしれない。


晋のそれを感じると私は胸の奥がキューッとなる。


苦しみなのか喜びなのか、私自身わからないけど。



「……ウザく思わないわよ」


『そう?』


「だって、私……晋の彼女だし」


『……』


「……だから、いいんだよ」


『……うん』


「明日も……疲れてなかったら……電話して」


『する。絶対する』


「……うん」



あ……どうしよう。


今、めちゃくちゃに……寂しい。



『……比奈子』


「……ん」


『……今、すごく会いたい』


「……わ、」


『ん?』


「わ……私も」


『え?』


「……私も晋に会いたい」



私も……いいんだよね。


私も言ってもいいんだよね。


ドキドキしながら言葉を紡いだ。


家が隣りで毎日のように一緒にいる。


だから滅多にしない電話だけど、滅多にしない電話だから言える気がした。



「……会いたい。寂しいよ」


『……』


「……」



……あれ、聞こえなかったかな。


い……いや、それならそれで別にいいけど。


だって今、私めちゃめちゃに顔熱い。


イレギュラーなシチュエーションに私ちょっといつもとテンション変わっちゃってる。



『……今言うのは卑怯』


「え……」


『出発前に言ってくれたらすぐにでも抱きしめたのに』


「……っ」



私はますます熱くなって言葉を詰まらせたけど、こんなリアクションでさえ晋に伝わらないことが今になってもどかしくなって、ますます切なくなった。



『比奈子』


「なによ」


『帰ったらたくさんギューしてたくさんチューしような』


「……好きにしなさいよ」


『ホントは?』


「は?」


『……そんな言い方して……比奈子もホントは俺と同じ気持ちじゃなくて?』


「……」



……コイツ。


私がいつもより素直なことを察して、いつもより攻めてきやがる……でも……


……うん。



「……うん」


『ん?』


「帰ってきた時には……たくさんギュッてして」


『……』


「私も抱きしめてほしいよ」


『……やべーな』


「へ?」


『比奈子可愛過ぎ』


「は!?ば……バカ!?なに言って……」


『たまには離れてみる価値はあるな』


「はっ?」


『ウソ。離れたくない。俺も早く会いたい』



コッチの赤面をわかってるだかわかってないんだか、晋は電話越しに無邪気に笑った。



【コールピーチ 完】

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