焦りと喜び
焦りと喜び
◇◇◇◇
幼なじみだから、比較的に周りの人よりも多くを理解し、多くを知っていると思う。
でも全部を知っているわけじゃない。
ずっと一緒に住んできた家族の間でさえ知らない時間ってのが存在するのだから、それは誰でも当たり前なのかもしれない。
たとえ幼なじみでも。
たとえ彼氏でも……。
自分の部屋でベッドにゴロゴロ回ってみても変わらない。
別に晋が経験あるとかないとか……元カノの話と同じで過去の話をウダウダ言ったって仕方ないことはわかっている。
今してるわけじゃないから、浮気でもない。
晋が彼女と遊んでいる間は私も元カレ達とそれなりに遊んできたわけだし……。
……いや、でも私は未経験だけど。
元カレ元カノが存在する世の恋人達はみんな気にしないで今の幸せだけに専念出来てるのかな?
だとしたらちょっと尊敬。
私はつくづく器が小さいのだと自分で反省する。
でも元カノの存在に焦って、それを理由に体を捧げるのって、それは晋を縛るためだけの切り札として使ってるみたいで、それはなんか嫌だ。
……そんな考え、杏里にまた『理想高い』とか『我が儘』とか言われちゃうのかな?
でもそれに、裸の私を裸の晋が、あーだこーだするのかと……考えただけで頭がどうにかなりそう。
爆発しそう。
うぎゃーとベッドをのたうち回った。
あぁ、そうか。
今でこそ、晋が言った爆発という表現がよくわかる。
晋はヤらなかったら爆発って言ってたけど、私はヤったら爆発するよ。
すっかり冬になって、寒さは部屋にまで浸透してきているが、そんなの関係なく、顔がポッポと熱く逆上せた。
あー……どうしようものか。
最近、エッチのことしか考えてなくない?私。
逆に晋よりも淫乱かも。
でももう無視出来ないし、私だって晋と……
……
知恵熱出そう。
もー、あーだこーだ一人で考えるのはやめよう!!
私らしくない!!
この際、気になることはズバッと聞いてしまえ。
…ー
「……何その箱」
部屋で勉強していた侑が怪訝そうな顔付きで私を見た。
「これはシュークリーム」
「シュークリーム?」
この際だから聞いてしまおう
侑から。
侑も私と同じ晋の幼なじみだし、なんだったら私より期間が空くことなくずっと一緒にいた。
同じ学校で同じクラス……なんてこともあったから、私よりも晋との時間も多いだろう。
何より中学時代の晋を知っている。
私は
「まぁまぁ、いいから食べなよ。侑に買ってきたヤツだから」
「……何企んでるの?」
うわ…
可愛くない弟!!
……確かに企んでるけどね!!
だけど笑顔で隠した。
「ほら…昔、無理矢理シュークリーム買いに行かせたことあったじゃん。あれのお返しってことで」
「……昔すぎるだろ。俺、小学生の時の話じゃん」
とか言いつつ、侑は私の前に座り箱を開けた。
なんだ、食べたいんじゃん。
可愛い奴め。
侑はシュークリームを取り出し、私も残っているシュークリームを取った。
「は?俺にくれたんじゃねぇの?」
「でも私が買ってきたヤツだよ?」
「……好きにしなよ」
なんで呆れ気味?
侑は大きい一口で頬張った。
……さて、こっからどうするか。
「侑……」
「ん?」
「……晋って童貞かな?」
「──ブッ!!!!」
さりげなく…なんて技を私が持ってるわけなかった。
侑はティッシュを取って、口を拭いた。
「ゲホ……ヒナ姉の神経を疑うよ」
「は!?」
「本人に聞け」
「いや聞くよ!!聞くけど心の準備っていうか、前情報として知っておきたいじゃん!!」
「でも身内に聞くなよ」
「侑だから聞くんじゃん!!」
「ありえねー」
侑はティッシュを捨てて、改めてシュークリームを食べる。
「侑は知ってるんでしょ?」
「本人に聞けや、彼女なら」
うーん……確かに私も弟に確認とるとか、切羽詰まりすぎ?
「……ごめん」
普通に悪いと思って素直に謝った。
シュークリームで許してくれるかな。
侑は溜め息をついた。
「まぁ、晋に聞いたところで教えてもらえるかは別だけどな」
「へ?どういう意味?」
「そのまま」
「どういう意味!?」
「だから、晋は自分に都合悪いことは隠すじゃん」
「はっ!?」
「嘘はつかなくても、すぐ隠す」
「都合悪いの!?都合悪い何かがあんの!?」
「だから本人に聞けって」
「でも教えてくれないかもしんないのに!?」
侑は黙ってシュークリームを口に入れた。
つまり侑は言う気ないってことだけど……
都合悪いって何!?
どっちなの!?
うじうじをサッパリさせたくて侑に聞いてみたのに、もっとゴチャゴチャになった。
経験の有る無しで、やるかやらないかの判断するわけじゃないけど……気になんじゃん!!
思わず口が尖る。
「ちなみにだけど、シュークリーム何個買ってきたの?」
「五つ」
「そんな食わねぇよ」
「明日にまた食べれば?」
「でも多いよ」
「文句多いわね。じゃあ半分は晋にあげなよ」
「…………は?」
「そんな怒らなくても……。あげたくないなら、冷蔵庫に入れとけばいいじゃん。2日ぐらいなら大丈夫でしょ」
「いや……じゃなくて」
「は?何が?」
「晋、シュークリーム食べないだろ?」
「……は?」
「あいつ、甘いの食べないだろ?」
…………
……はあっ!?
衝撃が走った。
すぐに自分の部屋に戻り、スマホをとった。
すぐに晋に電話をかけた。
しばらく鳴っていた呼び出し音がプツリと切れた。
『──もしもし?』
「晋!!シュークリーム食べれないの!?」
『え?は?何?何があった?』
いきなり叫んだ私に晋が戸惑っている。
状況把握出来ないよね、そりゃ。
でも私は質問をやめなかった。
「シュークリーム嫌いなの!?」
『まー……食べないかも』
「甘いの無理なの!?」
『果物とかは食うよ……ってか比奈子、知らなかったっけ?』
知らなかった。
なんで知らなかったのか。
こんな長いことずっといたのに、なんでそんな基本的なことを。
ありえない事実に、痛い胸を抱えて黙ってしまうと、晋が聞いてきた。
『なんでそんなこと聞くの……あ!!なんか作ってくれんの!?』
「へ!?」
『生クリームとかは嫌いだけど、クッキーとかなら食える!!』
「いや、誰も作るとか言ってないし……」
『クッキーとかなら食える!!』
「なんで二回言った!?」
『料理でもいいよ!!比奈子が作ったの食ってみたい!!』
「……冒険者だね」
『……え?』
「私、料理作れないよ?」
『嘘!?』
電話の向こうで晋がゲラゲラ笑った。
『初めて知った!!』
嬉しそうに笑う晋の声に胸がキュンとなった。
そうか。
好きな人の知らないことを知れるって……嬉しいことかも。
ビックリが先行してしまったけど、晋が甘いのダメだってのを知らないままってのは、もっと嫌だし。
私も笑った。
「幼なじみでも知らないこともあるんだね」
『いやいや、比奈子さんはもっと俺に興味を持ちましょう!!』
「晋だって知らなかったじゃん!!」
『だって食わせてくれねぇんだもん!!』
「だって作りたくないんだもん!!」
晋はクスクス笑いながら『真似すんなよ』と言った。
"晋に興味がない"
そんなわけがない。
一度知った喜びは欲と変わって現れる。
晋のこと、もっともっと知りたい。
侑よりも誰よりも……晋のことを知っていたい。
声だけなんてもどかしい。
壁にかけてある時計を見て、とっくに学校は終わっている時間で、なんだったらもう晩御飯の時間になる。
「晋、今はどこにいるの?」
『え?』
会いたい。
少しの時間も晋と過ごしたい。
晋のことが聞きたい。
携帯電話に耳を傾けた。
『今は……あー、友達ん家……にいてる』
やけに歯切れの悪い返事が返ってきた。
……何?
『比奈子、わりぃ!!また掛ける!!』
最後は微妙に慌てた声で電話は切れた。
……何事?
もしかしたら本当は電話かけていいタイミングじゃなかったのかも。
それを私が勢いで話続けたから……。
少し反省したものの、でもそれよりも今は晋に会いたい。
早く帰ってこないかな。
ソワソワしてしまう自分に照れて、手櫛で誤魔化してみてもドキドキは治まらない。
早く帰ってきて。
だけど──
晋は帰ってこなかった。
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