ココアと不在

ココア


◇◇◇◇


『昨日は友達ん家に泊まってた』



次の日の夜、晋から電話をもらった。



「泊まり?」


『うん』


「平日の真ん中なのに?」


『まぁ』


「今日は帰ってくるの?」


『……えっと』


「えっ!?今日も泊まり!?」


『多分そうなる』


「多分って……」



晋の声は元気でも、私はどこか不満と不安が胸を過る。



『今週の土曜には家帰るつもり』


「えぇっ!?3日間も泊まるの!?」


『うん!!でも電話はするから!!』


「……ねぇ」



いけない感情が生まれる。



「一体何してるの?」



疑念。


彼氏に一度その感情が生まれると厄介なのを知っているのに、止められなかった。


晋の返事は半拍遅くやってきた。



『友達ん家で……合宿、みたいな?』


「……女?」


『えぇっ!?違う違う違う!!泊まりは男4人!!』


「女の子が混ざって4人ってことじゃないよね!?」


『違う違う!!比奈子が疑うことは何もない!!』


「……ホント?」


『うん!!』



晋の声に嘘は感じられない……と、思う。



『じゃあまた明日な!!』



通話が途切れた機械音が耳障りだった。


明日って言っても、会えないのに。


何してるの?


どこにいるの?


何考えているの?


誰といるの?



束縛する彼女になんか、なりたくないのに……そう思わずにはいられなかった。


こんな時に元カレの芳行を思い出してしまった。


芳行と別れる直前も、サークルのみんなで泊まってるって聞いて、一応毎晩電話してたけど、でも結局は女の子の家で二人だった……。



晋が浮気するのは考えられない。


自意識過剰と言われるのだとしても、そう思える。


だからむしろ……晋がどこか他の女の子と一緒にいるってことになったら、それは浮気じゃなくて……本気なんだと思う。


だから余計に怖い。



未だにスマホを握りしめながら、背筋に嫌な空気を背負ってしまう。



喧嘩とは、訳が違う。



もし晋の心が私から離れたら……ワガママで素直じゃない女である私に、止める術なんかないんじゃないだろうか。


…………怖い。



◇◇◇◇


大学の講義を聴いても、全然集中できなくて、イライラしながら無駄にペンでノートを叩いていた。


次の日も、晋から電話は来たけど何をしているのか、はっきりとは言ってくれない。


ただ遊んでいるのかと思えば忙しいそうに『またあとで!!』と晋から電話を切られた。



今までの彼氏とは毎日会わなくても電話が出来れば、そこまで不安はなかった。


現実問題、毎日ずっと一緒なんて、同じ学校とか友達が全く共通してるとかじゃない限り、普通に無理だから。


でも晋とは家が隣だから、そんなこともなかったのに。


違う。


今まで晋と会わない日があったって、どうにでも時間を過ごせたはずなのに。


今までそうしてこれたのに……。



……嫌なイメージと負の感情しか出てこない。



きっといつもならそれでもペースを保ってきたけど、今までの食い違いとか不安の積み重ねというか……


だから余計にこんな気持ちになるんだと思う。


それでも規則正しく大学に行けちゃう自分が虚しい。


てか逆に授業があってよかったのかも。



じゃないと、ひとつのことばっか考えてドツボにハマる。


こんな時に限って、今日は杏里は休みだし。


家に帰ったら杏里に電話しよう。


一人で溜め込んでちゃ、自分の中の負しか生まれない。



そうだ、そうしよう!!


杏里に電話すると決めたら、少し心が楽になってノートにペンを走らせることが出来た。


授業が終わって足早で学校を去り、最寄り駅に降りると、家に着くまでもが待てなかった。


歩きながら電話しようかと考えた。



でも杏里と電話になれば一時間は固い。


杏里に電話する前に晋に電話しようかな。



あ……でもまだ授業中かな。


いや、この時間なら終わってるよね。


晋は部活に入ってないし。



晋に電話をかけてみたけど、出なかった。



やっぱちょっと早かったかな。


まぁ着歴残ってるし、あとで掛け直してくるだろう。



私は歩きながら、電話帳で杏里の『あ』を開いたら、



「あの……」



女の子に声を掛けられた。



一瞬、反応出来なかったけど、声の焦点で自分に声を掛けられたのだと3秒後に気付いた。


しかも声を掛けてきた子を見て驚いた。


こないだ晋に告白をした……



「──リサ!?」


「……え?」



あ…


しまった。


驚きすぎて晋や侑クが呼ぶ感じで、ウッカリ呼び捨てにしてしまった。


私達、知り合いでもないのに。



「あー…どうも。比奈子と言います」



苦笑いで今さら自己紹介してみた。


リサもたどたどしくお辞儀をしてくれた。


あの時と同じで私達の母校のセーラー服にダッフルコートを身に纏っている。


そりゃよく知らない人からいきなり馴れ馴れしく呼び捨てにされたら、ビックリするよね……。


晋と侑が『リサ』『リサ』言うから!!

本当にウッカリなんだって!!


一人でプチ反省をしているとリサが顔を上げてこっちを見た。



「あの…その、」


「え?」


「少しお話を!!」


◇◇◇◇


リサが話を切り出したのは、ファミレスに入って二人分のココアが用意出来てからだった。


最近、ファミレス続きだな。



「もしかしたら晋ちゃんから話を聞いたかもしれませんが、私は晋ちゃんの幼なじみの谷口リサって言います」



『晋ちゃんの幼なじみ』って聞いて、少しばかりムッとした。



あなたより私のが幼なじみですけど!?と言いたくなる感情なのは自覚した。


だけどそんな対抗意識を持ったところで仕方ないので、とりあえずそこは黙って話を聞いた。



「あの…話って晋とか侑とかじゃなくて……私で合ってる?」


「え……はい」



じゃあ一体何の話?


ますます謎。



そのあとハッとなった。


晋の彼女は私って知ったとか!?


情報早っ!!



リサは自分の黒髪を触りながら妙にソワソワした。



「たまたま見かけて、こないだ居た晋ちゃんの知り合いの人だーって思って、思わず声掛けたんです」


「……え?」


「こないだの……見られたから知ってると思うですが、私……晋ちゃんが好きです!!」


「……」


「それで聞きたいことってのは……」


「……」


「晋ちゃんって、彼女とかいたりするんですか!?」



あー…


やっぱりだ。


『晋ちゃんの知り合い』あたりからそうなんじゃないかと思ったけど……


この子、私が晋の何なのか知らないで聞いちゃったよ!!


彼女本人に!!



「……」


「……」



おかげでリアクションとれないよ!!


時間稼ぎのようにココアを啜った。


別に隠す理由もないけど、事実を告げたあと私もどうしたらいいのかよくわからないから迷っていたら、リサは小首を傾げて私を見た。



「やっぱり今も……あの彼女と続いているんですか?」


「……あの彼女?」


「中学の時の……あ、知らないんですね。じゃあいいです。すみません」



リサは私は何も知らないと判断したのか、途端に聞くことを止めて、しょんぼりとココアを飲んだ。


ただでさえ、そこは私と晋の若干開けてはならないパンドラの箱なのに……そんな中途半端に話を止められると気になるじゃん。



「……晋のその時の彼女って、どんなんだった?」


「え……?えっと、確か晋ちゃんの1個上の先輩で……」



……晋の元カノ、この子も知ってるんだ。



「でもあんまり良い噂聞かなくて」


「噂?」


「男とならすぐ誰とでもヤっちゃうとか、とっかえひっかえとか」


「……」


「でも晋ちゃんも女遊び激しくて」


「はあっ!?」



ちょっと話聞くの油断してた!!


待って!!


それは一体、誰の話!?


リサは私の反応を見て「わ…私が言ったってのは言わないでね!!」と慌てた。


そんなことより!!!!



「それで!?それで晋は何!?」



私は若干、声を張って続きを促した。


リサは私の迫力にちょっとビビりながらも、続きを話した。



「そ、それで……そんな二人が付き合ったって……有名で、でも意外に長く続いてたみたいですけど……」


「……」


「やっぱり今も付き合ってるんですかね!!こないだ話した雰囲気だと、もうあの時の彼女はいないっぽいみたいな言い方してたけど!!」


「……」


「あ、ごめんなさい。知らないですよね」


「…………うん、ごめんね」



きっとこの子に『私も晋の幼なじみ』って言う資格はないのかもしれない。



だって多分私は、晋のことを全然わかっていない。


それでも私は『初めて知った!!』と笑った晋の声を思い出して、それは私の耳をくすぐった。



自分でもビックリするぐらい晋の話を聞いたことを後悔していない。



私にとって良い話じゃなくても、少しでも晋の欠片を埋めたいって思ったんだ。


だからもう少し話が聞きたかった。



「ねぇ……リサは、晋のどこが好きなの?」


「え?……えぇ!?なんですか急に」



──とか言いつつ、リサは楽しげに語ってくれた。



「面白いし!!見た目も格好良いし!!喧嘩強いし!!でも私には優しいし!!」


「……へぇー」



自分で聞いといてなんだけど……一体誰の話!?


本当に晋か?


リサはキラキラした目で更に喋った。



「それにこれからの冬って、イベントたくさんじゃないですか!?クリスマスに年越し、初詣、バレンタイン!!晋ちゃんなら絶対楽しいですって!!」



リサは言葉に拳が利いていた。


リサの生き生きとした表情に……


まるで私だって思った。



ちょっと前の私。


晋と付き合う前の私。



晋が好きなのも嘘じゃないんだろうけど、多分リサは晋が好きってよりも彼氏がほしいんだなって思ったから。


なんだか笑ってしまった。


リサをバカにするとかじゃなくって、私がこうしてそんなリサの話を聞いていることを妙に滑稽だと思えたから。



「リサは晋のこと好きなんだ?」


「はいっ!!!!」



クスクス笑う私にリサは元気一杯に答えた。



私は丸めて立ててある伝票を取って、立ち上がった。



「え?あの…」


「奢る。話聞かせてくれたから」



私はまだこの子に『晋の彼女』だって言えない。


私自身が胸を張って言えない。


言える彼女じゃない。



でもリサを見て思ったんだ。



「リサ……」


「え……あ、はい」


「負けないから」


「へ?」



いきなりの宣告にリサは当然キョトンとした。



でも思った。


リサの気持ちには負けない。


負けたくない。


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