不在


◇◇◇◇


「私、本当に一人で楽しんでたのかもって、付き合ってからの3ヶ月を振り返ってみて……」



リサとのことを話せば、電話越しの杏里は『ふーん』と簡単な相づちしかしなかったけど、その声はどこか嬉しそう。



「そりゃ晋のこと全く考えてなかったわけじゃないよ?」


『うん』


「でも自分が嫌なものは嫌ってのはやっぱり強かったし、晋を幸せにしたいと思ってたけど、何が晋にとって喜んでくれることが何なんか具体的に考えてなかったというか…」


『……そっか』


「本当の意味で自分勝手だったっていうか……って、さっきからなんでそんな反応薄いの?」



ベッドで三角座りをして、電話越しの杏里に伝わるわけじゃないのに眉間にシワを寄せた。


杏里は私の顔がわかったみたいに笑い声を出した。



『いやー、“人の振り見て我が振り直せ”ってのはよく出来た言葉だなーって思って』


「あー……うん」



私は珍しく杏里に言い返さなかった。


私もそう思ったから。



「杏里……恋するのは楽しいけど、人を好きになるのはしんどいね」


『あはは、名言出ましたね』


「いや、そんなつもりで言ったわけじゃ」


『わかってるって!!……それで?比奈子はどうするの?』


「うーん、やっぱ晋の話たくさん聞きたいな」


『うん』


「私の一番でも、晋の一番でもなくて……二人の一番を考えたいし。やっぱり晋のことが好きだから、晋のこと知りたい」


『うん』



たとえ面倒くさくて、しんどくても、晋といることを止めたくない。


恋も好きも……それだけじゃないから。



「あとエッチのことも。私はやっぱり特別したいわけでもないし、なんでするかわからないけど……晋が真剣なら、私ももう覚悟決める」


『あはは、そっか……がんばれ』


「頑張れっていうか、まぁあとは流れに任せるよ」


『そうだね』


「杏里もありがとう」


『いやー……私は話聞いてただけだけどね』


「そんなことない!!ありがとう!!」


『ん』


「大好き!!」


『はいはい』



素っ気ない杏里だけど、少し笑ったような気がした。


杏里との電話切ったあと、侑が帰ってきた。



私は部屋から顔だけ出してお出迎えした。



「おかえり、侑。あのさ…」


「ん?」


「晋が女遊び激しかったって本当?」


「……」



侑はマフラーを外しながら、溜め息をついた。



「噂が流れてたのは本当」


「…………そっか」


「でもその8割ぐらいは、ガセを女子達が勝手に騒いでただけだと俺は思うよ」


「え?」


「残り1割は晋の天然バカが思わせ振りな態度だったから仕方ないのと、あと1割は付き合ってた彼女の噂が良くなかっただけ…だと、俺は思っているよ」


「……」


「それを遊んでる遊んでないの判断はヒナ姉に任せるけど……」


「……うん、ありがとう」



侑は自分の部屋へと入っていった。



私も自分の部屋に戻り、枕元にあるスマホを眺めた。



早く晋に会いたいな。



小学生の時、リサとはどんなことして遊んでたのとか


中学生では何をして、元カノの話も聞いたりして


『女遊び激しかったの?』って聞いてやると、私が知ってることに晋はビックリするかな?


晋の反応を想像して一人で笑ってしまった。


晋の全部を聞いて、晋で満たされたい。


しばらく待ってみても、私のスマホは鳴らなかった。



膝を抱えて時計を見た。



……晋、


いつもならそろそろ掛かってきてもいいんだけど



もう一度こっちから掛けても大丈夫かな?


なんか一応忙しそうだし……。


何してるのか謎だけど。



……まだ二回目だし、掛けてみよう。



通話発信を押してから、携帯電話を耳に当てた。



するとすぐに女の人の声が出た。



『おかけになった電話は電波の届かないところか電源が入っていないため──』



小さな違和感は染みとなって広がるように胸を濡らしていく。



え?


繋がらない。



なんで?



芳行のデジャヴ。


いや、


あり得ない

あり得ない

あり得ない



晋に浮気はあり得ない。


スマホを握り締め、自分に言い聞かせる。



自惚れだって言われてもいい。


晋に浮気はあり得ない。



だけどこんなにも胸が痛い。




たまたま地下にいるのかも…


たまたま電池が切れたのかも…



メールを打ってみる。


送信したあとも落ち着かない。



怖い。


これが晋が離れる前兆に思えてならない。


思い過ごしであってほしい。



気にしすぎ。


私の気にしすぎ!!



ご飯を食べて


お風呂に入っても



携帯が鳴る様子もない。



寝る前にもう一度手に取る。



『おかけになった電話は電波の届かな──』



……


本当に明日になったら帰ってくるんだよね?


無理やりフテ寝してみたけど、モヤモヤが消えない。


そして朝が来る。


目覚ましもかけてなかったのに、自然と目が覚めた。


ボーッと窓からの朝日を眺めていたけど、ハッと体を起こした。


メッセージの返事があるとか……



……ない。



一晩明けた後だっただけに、余計にショックが大きかった。



なんで?



モヤモヤが心も頭をも占める。



晋?



もう一度電話をしてみた。



呼び出し音が鳴る。



あ……


かかった。



呼び出し音を聞いている間に若干安心したせいで、不安の気持ちはだんだん苛立ちへと変わっていった。


昨日は何だったわけ!?


今日こそは何してんのか、ハッキリ聞いてやる!!



繋がった瞬間、晋の名前を叫ぼうと思った。


その前に言われた。



『あ……こちら金木市立病院です。もしかして上村さんのお知り合いの方ですか?』



……は?


頭が



モヤモヤが


一瞬で消え去り


真っ白となって



『実は今こちらで──』


「どこって……」


『え?』


「──ッッどこの病院!?」



全てが


吹っ飛んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る