ビンカピーチ 2章
変と普通
変と普通
ビンカピーチ2章
◇◇◇◇
「…私、変になった。」
昼休み。
目の前のサンドイッチも無視してテーブルに頭を乗せた。
「
私の異常も
てか、待て。
むしろ悪口言われた?
「比奈子も早く食べな?」
杏里はカレーライスをガツガツと食べている。
…男前だね。
それでようやくサンドイッチに手を伸ばした。
「杏里…友達の様子が変なんだから、少しは気にかけてよ。」
「うん…まぁ、気にはしてたけど…」
「けど?」
杏里はニッコリと笑った。
「比奈子が元気になって良かったよ。」
「…え?」
「ほら、芳行のことで結構落ち込んでいたからさ。」
一ヶ月前、私は恋人だった
しまいには芳行からフラれるといった最悪な形で別れた。
杏里はそれを心配してくれていたわけで、友情にウルッときた。
「杏里ぃ!!ありがとう!!私はおかげで元気!!」
「はいはい、抱きつこうとすんな。カレーが食べれない。」
「私よりカレー!?」
「まぁ、比奈子も元気になったんだから、次の恋にいけるんじゃない?」
杏里の言葉にハッとなった。
そして俯いて静かに黙った。
そんな私に杏里は怪訝そうな顔でこっちを見ている。
「…え?今度は何?」
「杏里…私は変だ…。」
「…さっきから激しくそう思ってるよ。」
「…」
「まぁ、いつものことだけど。」
「…え?」
「だって比奈子はいつも恋で一喜一憂して…忙しそうだもん。」
「……こ、恋っ!?」
頭に過ったのは幼なじみの顔だった。
『俺、比奈子の笑顔が一番好きだ!!』
頭を振って、思い出したことを追っ払う。
深呼吸してから、冷静になったつもりでサンドイッチをモグモグと食べていく。
しかし気管に入った。
「ガッ…ぐ…ごほっ…」
「大丈夫?」
杏里が水を差し出しながら、背中をさすってくれた。
そのおかげか、ちょっとだけ冷静になれた。
だから杏里に話してみようと思った。
「…あのさ、杏里。」
「うん?」
「私、幼なじみがいるんだ。」
「あぁ…前に言ってた弟の
「…うん。」
私には年下の幼なじみがいる。
私が最近変なのは、その幼なじみが関連している。
「その幼なじみって…まぁいい子なのよ、基本的に。」
「うん。」
「私が失恋したら、慰めくれるわけで…」
「へー、優しい。」
うん。
基本的には優しいのだ。
失恋する度に荒れて周りに八つ当たりをしてしまう私の話に、一応付き合ってくれる。
そんな幼なじみ。
そして…
『何とも思ってない奴の傍にずっといるわけないじゃん。』
彼の言葉を思い出すと頬が熱くなった。
「いつも一緒にいて…それでいつもと同じように励ましてくれて…」
いつもと同じはずなのに。
なのに私は変になった。
◇◇◇◇
夜、マンションのエントランスに着いて、周りをキョロキョロと見渡した。
我が家なのに、何をそんな挙動不審にならなくちゃなんないのか…
自分でもよくわからないけど、"あいつ"とはここでの遭遇率が一番高いから。
とりあえず誰もいないのを確認して、エレベーターの上ボタンを押した。
そのタイミングで、エレベーターが開いた。
開いた瞬間、
「あ、比奈子。おかえり~。」
「ーッッぎゃあ!!」
いた。
私の幼なじみ、
「晋…あ、」
口ごもる私に対して、晋は無邪気な笑顔をみせてくる。
「俺、今から出掛けてくるね~。」
「え…、今から?夜に?」
「今日から夏休みだから。遊んでくる!!」
晋は私より4つも年下の高校生。
弟みたいなもん
…と、ちょっと前まで思っていた。
だけど…
『俺、比奈子のことが好き。』
晋は私のことが好きらしい…
今まで軽い口癖かなんかだと思っていたけれど…違うらしい……本気らしい。
晋の顔を見ない。
なんか見れない!!
「じゃあねっ!!晋!!」
俯いたままエレベーターに乗り込んだ。
けどエレベーターが閉まる前に手が出てきた。
それに反応したエレベーターはもう一度開いた。
「比奈子。」
「って、危なっ!!何!?遊びに行くんじゃないの!?」
晋も一緒に入ってきた。
エレベーターは閉まるが、階を押していないから動き出さない。
密室の中、晋が近付いてくる。
「比奈子さ、何か変じゃねぇ?」
「は?」
「……なんか俺のこと、避けてる?」
「!?」
避けてるか、避けてないかと聞かれたら、避けてる…かもしれない。
だって最近、晋の傍にいると落ち着かない。
晋が黙ってジーッと見てくる空間に耐えきれなくなって、顔を背けた。
「そ…そんなことない。」
「もしかしてキスしたこと怒ってる?」
「…ーッッな!?」
何を突然言い出す!?
確かに励ましてくれた一ヶ月前に晋から不意討ちのキスをされたけど…
思い出そうとして、顔がまた火照る。
あれか!?
あれが原因!?
あれで私は晋といると、なんだか冷静になれないの?
でもそれじゃあまるで私、晋のことが好
「ッッぎゃああぁー!!」
「うわっ、何!?」
私の叫びにビックリした晋が一歩後ろに下がった。
私は腕で汗を拭く。
「危ねー…危うく認めるところだった…。」
一人で焦っている私を晋はただ瞬きをして見ていた。
冷静を装おって晋の方を見た。
「晋!!別にキスとか何とも思ってないから!!うん!!大丈夫!!」
「はは、それはそれで傷付くんだけどな。」
晋の屈託のない笑顔に右手がビリビリッと痺れた。
「避けてないっていうなら…」
自分の右手に気を取られている間に、晋の右手が私の額に触れた。
「何?最近具合悪いの?夏バテ?」
「…ッッ!?」
「あれ…ちょっと熱ある?」
ギクッとした。
そのせいか、晋の手を叩いて払った。
「変に心配しなくていいから!!」
「痛ってぇ…確かに元気だな。」
「わ…悪かったわね。」
「比奈子も今から一緒に遊ぶ?」
「遊ばない!!」
「相変わらず冷てぇーなー。」
笑っている晋は開ボタンを押して、エレベーターから出ていった。
ようやく離れた距離にホッとする。
だが…
「あ…ちなみにキスしたことは謝らないから!!」
扉が閉まる直前になんつーことを…
もう目の前はただの箱の中だ。
こっちが文句も言えないタイミングでわざと言ったな、このやろー。
おかげで、エレベーターの鏡に背中を預けるほど、力が抜けてしまった。
キスしたこと…謝らないって…
「なんなのよ…もう…」
私は最近、変になった。
胸が苦しくなる。
弟のように思っていた幼なじみと普通に接することが出来なくなった。
◇◇◇◇
「杏里ぃ…」
「…今度は何?」
まだ何も話し始めてもいないのに、杏里は明らかに迷惑そうな顔をしている。
これからテストなのだから、当たり前っちゃ当たり前だけど。
でもこっちもテストどころじゃないのだ。
杏里に昨日のことを話してみた。
…
「変になったって…比奈子。そりゃあアンタ、その幼なじみのことが好…」
「ぎゃあっ!!言っちゃダメ!!」
私の叫びに杏里だけじゃなく周りの人も迷惑そうにこっちを見てきた。
もはや杏里はそんな私なんて普通だと言わんばかりに普通に対応してきた。
「……何?言っちゃダメって。」
「本当にそうなりそうなのが怖い。」
「は?なんで?」
「だって…ありえないでしょ!?」
「そう?いいんじゃない?好きになっても。」
「良くないよ!!」
「なんで?それに比奈子はいつもこのぐらいのペースで恋してるし、おかしくないと思うよ。」
「…え?」
「してるじゃん、いつも。わりと期間空けることなく。」
「そ…そんな、私がいつも浮かれてるみたいな…」
「芳行と付き合ってる間でもそんな感じなことあったじゃん。YU-SUKE格好良いとか、」
「芸能人でしょ!!それは!!」
「あと、理学部にいる東山くんがいいとか…」
「それも違う!!それはただの目の保養!!恋とは別腹!!」
「…え?そうだったの?」
「そうなの!!」
こっちは力んで喋っているのに、杏里は目も向けず、淡々とノートで復習している。
「でも…杏里が言う通り、いつも恋してたんなら…ちょっとおかしいのかも…。私はおかしい!!」
「…何が?」
「今まで恋し続けてたんなら…インターバルぐらい必要だよね!!うん!!」
「は?」
「周りにそれらしい男が今は珍しく居ないから…ちょっと幼なじみにクラッと錯覚しただけだ。多分!!うん、なるほど納得した!!」
「あんた、微妙に文章繋がってないわよ?何言ってるの?」
「つまり幼なじみは何でもないってことで…」
「…あのさ、」
隣に座っていた杏里はようやく私に体を向けた。
説教モード、一歩手前だ。
「逆に聞くけど、何がダメなの?別に幼なじみを恋人にしちゃダメなんてないでしょ?」
「…私の中の何かが許さん。」
「はあ?」
「だって、4つも年下だよ!?弟と同じだよ!?」
「…別にいんじゃない?もう高校生なんでしょ?」
「ダメダメ!!しかも背も小っさいし、子供っぽいし、顔だって、」
「ブサイクなの?」
「…ブサイクじゃないけど、」
「けど?」
「私の好みじゃない!!」
「…」
「可愛い!!可愛いのよ!?こう…猫みたいな感じで、整ってるし。」
「…」
「でも私はもっと男っぽい…格好良い顔が好きなの!!知ってるでしょ?背が高くて、シュッとした人!!」
「…」
「勉強も嫌いみたいだし、今の時点でも将来有望じゃないじゃん?」
「…」
「それに多分、晋はバイクとかも持ってないだろうし。そしたら不便なことをあるだろうし…それに、」
「わかった…よーく、わかった!!」
ずっと喋っていた私に杏里はストップをかけた。
何でそんなに呆れた顔してるの?
眉をひそめた私に杏里は「あのね、」とゆっくりと喋り出した。
「あんたはいっつも、そういう基準で恋してきたわけ?」
「基準…っていうか、基本じゃない?」
「…わかった。」
杏里はしきりに納得するけど、私にはわからない。
さっきから 何に『わかった。』なんだ?
杏里は教科書を開いて、こっちには目もくれなくなった。
「だから比奈子は恋に空回りすんのよ。」
「…はあ?」
「それが基本なら、恋に恋するのも無理ないわ。」
なんでそうなる?
恋にドキドキする条件や理想を決めているって普通のことじゃない?
人それぞれ、あるじゃん!!
私の文句が顔に出ていたようで、杏里は困ったような笑顔で頭を軽く撫でてくれた。
「はいはい、ごめんごめん。言い過ぎた。」
「…」
「あんたが私の話を聞かないのもいつものことだしね。」
「何よ!!聞いてるっての!!」
「それに比奈子が抵抗したところで無駄だしね。」
「…へ?どういう意…」
まだ話の途中なのに、先生が入ってきた。
テストが始まるからもう無駄口も叩けない。
「そんなに悩んでるんだから、否定したところで、答えはもう出てるようなもんじゃない。」
ブスッとして口を尖らせていた私は、杏里のそんな言葉も耳に入ってなかった。
とりあえず思ったことは、晋との幼なじみの距離感を取り戻そうということだった。
ようやくテスト期間も終わったことだし。
もう8月になっちゃうけど…。
でも夏休みの間も関係なく、晋とは顔を合わす。
お隣なんだから当たり前だ。
昔は夏休みになったら、うちの家族と晋の家族で海やバーベキューやらに行って楽しんでいたけど、最近は滅多にそんなこともしない。
でもそういう距離感だ。
その頃の…こどもの時の感じに戻れば、私の謎の異常も治るんじゃない?
…ん?
今までどんな風に過ごしていたっけ?
小学校の時の感覚も覚えていない。
小学校の時は侑と晋がずっと二人でいるのが多かったし、昔の旅行とかも晋と年の離れた晋のお姉さん達の方に私がくっついていたイメージだし…。
晋とどんな風に接していたっけ?
…幼なじみの距離って、何だ?
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