元カレとメール
元カレとメール
私は晋のことが好きだ
「…………で?」
杏里は心底『だから?』って顔をしている。
9月に入って、学校が始まった。
久々に会えた杏里に新しい恋の報告をするのはいつものことだけど、いつもより冷たい目で見られているようなが気がする。
「え……『で?』って?それだけ…ですけど」
「ふーん、よかったね」
「え……驚かないの?」
学校の食堂でコーヒーを啜っていた杏里が今度は『はあ?』という顔を作った。
「驚く?一体何に?」
「え……っと、相手がわりと年下の高校生で、幼なじみで…」
「そんなの…幼なじみが気になってるのなんて、夏休み前から比奈子見てたらわかったし」
「えぇ!?マジで?どこらへんでわかったの!?」
「……」
杏里はバカにしたように目を細めて、何も言わずにコーヒーをまた啜った。
だけど気にしないで話を続けた。
「うん、でも一度『好きだ!!』って思うと気が楽になったっていうか、楽しくなったっていうか……余計ドキドキして意識してきたっていうか」
「……」
「正直…今も自分の気持ちには戸惑ってるんだけど」
「……」
「……なんというか…晋が好きです」
「結局ノロケかよ」
でもつまりはそれが結論である。
私は晋のことが好き。
自分で言って恥ずかしくなったから、苺ミルクをストローで吸い上げた。
呆れ顔だった杏里もひとつ溜め息をついてから、眉を下げて笑った。
「うん、でもまぁよかったね。比奈子」
「…っ、うん!!」
「それに今回の彼はいつものタイプじゃないからさ、いつもと違う付き合いになって、かえっていいんじゃない?年下の彼氏」
「ん?」
「いつも比奈子は彼氏にするなら見た目とかお金とか言ってたけど、そうじゃないんでしょ?」
「まぁ…」
「それに向こうも比奈子のことめっちゃ好きみたいだし…いいじゃん。長続き出来そう?」
「長続きって……私達まだ付き合ってないよ?」
「……え?」
「ん?」
「は?」
「……うん」
「……ーはあぁっ!?」
キレた杏里に思わず体を縮めた。
「幼なじみに『好き』って言われたんだよね!?」
「…はい」
「それで比奈子も好きになったんだよね!?」
「…はい」
「……それで付き合ってないってどういうこと?」
「まだ晋に『好き』って伝えてないから」
「はああぁっ!?」
杏里に怒鳴られたけど、苦笑いをして誤魔化した。
周りがこっちをチラチラと見てくるけど、杏里は眉間に皺寄せながらこっちを見た。
完全に睨んでいる。
「なんで告ってないの?意味がわかんないんだけど?」
「え……だって…」
「……」
「恥ずかしいじゃん」
「……」
杏里は黙ってコーヒーカップを持って、ゆっくり立ち上がった。
「ちょっ!?待て!!見捨てないで!!」
杏里の腕を引っ張った。
「……冗談よ」
杏里は再び座ってくれたけど、絶対冗談じゃなかった。
目がマジだったもん。
「…で、比奈子さん」
座ってくれたけど、杏里さん…やっぱり若干の説教モード。
ちょっぴり笑顔なのがまた怖い。
「いつ告白すんの?」
「いつ……になるんでしょうね…」
「は?付き合いたくないの?」
「いや……付き合いたい!!なんなら今すぐにでも!!」
「じゃあ告白すれば?」
「……ね?」
「しろよ」
冷たいながらも的確なアドバイスだ。
でも私は反論したい。
「違うの!!聞いて!!」
「…何よ?」
「今まで幼なじみだったんだよ?なんだったらちょっと偉そうに姉貴面してたのよ?」
「うん」
「それをいきなりそんな私が『晋のこと好き(ハート)』って言ったら、おかしくない?」
「…そうか?」
「おかしいの!!」
力いっぱいに答えた。
私はずっと晋の気持ちをはぐらかしたり『バカじゃない?』と言ってきたのに、急に態度を変えることは難しい。
「それにこう……好きだって思うものの、いざ本人を目の前にしたら…」
「したら?」
「こう…」
「……」
「言いたくないっていうか?」
「ーと……言うと?」
「私から晋に『付き合って』は言いづらい…」
「……告白されたいってこと?」
「まぁ……そうなるかな?」
「いやいやいや!!あんた散々アプローチされてきたのに何を今さら求めてるわけ?」
「だから違うの!!晋にアプローチされたいわけじゃなくて、そういうんじゃなくて!!なんつーか…キッカケが欲しいの!!」
「キッカケ?」
「晋から『付き合おう』って言ってもらえたら、私も素直に『うん!!』って言える気がするんだよ!!」
「……へぇ」
「だけど…」
「……」
「晋からなかなかその言葉が出ない」
「……」
「だからなかなか先に進まないっていうか……」
「それじゃあ比奈子さん、長い付き合いだったけど……」
「ちょっと待ってよ!!どこ行くの!?だから見捨てないでよ!!ごめんって!!ちゃんと杏里の話も聞くから!!ごめん!!だから見捨てないでぇっ!!!!」
腰を上げかけた杏里に向かって必死で
大きな溜め息と一緒に杏里は再び椅子に座ってくれた。
「じゃあ言うわよ?」
「はい」
「まず、比奈子の言うその『付き合おうを相手から言ってもらえない』だけど」
「うん」
「そりゃ言わないよ」
「え?なんで!?」
「だって散々言ってきたわけでしょ?」
「……」
「しかも何年間も…」
「…うん」
「じゃあ比奈子に十分伝えてきたんだから、あとは待つしかないじゃん。向こうからしたら」
「え?向こうがこっち待ちなの!?」
「うん」
「……」
「……だから早く比奈子から告りなよ」
「それは無理だ」
「は?」
「私の中の何かが許さん」
「……またかよ」
何かというか、プライドに近いものかもしれない。
それに男女の恋って、先に好きって言った方の負けって感じがする。
今までの経験でわかる。
惚れた弱味って誰かが言ったけど、本当にそうだ。
「ずっと好きだって言われてきたのに、付き合うのを私から言い出すって、それはもう負けを認めるようなもんじゃない?」
「……何の負け?マジで意味がわかんない」
「意味わかんないことないって!!こういうのは言い出した方が付き合ってから不利になんだよ!?男は釣った魚には餌やらないんだよ!?」
「もう…やめれば?」
「は?」
「告白すんの、やめれば?」
「えぇっ!?」
杏里の突き放すような発言に私は弱気になった。
「な……なんで?やっぱり待つ方がいいってこと?」
「じゃ…なくて、その幼なじみのこと諦めたら?ってこと」
「えぇっ!?」
前のめりになって杏里のことを見たが、杏里はシラッとした顔で席を立った。
今回のは見捨てるわけではなく、授業の時間が近いのだ。
私も立ち上がって、杏里の側まで駆け寄った。
「なんで?なんで諦めたらいいとか言うの?」
「あんたはいいけど、幼なじみが可哀想じゃん」
「可哀想!?」
「そんな打算的に付き合う付き合わないとか考えているうちは、『恋に恋する』からの脱却は……しばらく無理だね」
「……」
杏里の言っていることがよくわからなかった。
打算的、損得勘定、駆け引き
それはいけないこと?
恋愛するのにそれぐらい必要だと思う。
恋に恋する空回り
何がどう違うんだろう。
杏里の冷たい態度に唇を尖らした。
杏里は困ったように笑いながら、言った。
「どんなに計算したって、ぶつかってしまえば一緒でしょ?」
「……」
「暴走するくせに頭でっかちなんて……あんた不器用すぎ。それこそ損するよ?」
だから早く告白しなって杏里の目が言っていた。
私は黙って俯いた。
◇◇◇◇
「……あ」
杏里が別の講座を受けるので、先に帰ろうと校門を目指してキャンパスを歩いていたら、明らかに私に向けての『あ』が聞こえた。
声の主を見て、私は「……げ」と声を漏らした。
芳行だ。
「……よぉ、元気そうだな」
芳行は手を軽く手を上げて、声を掛けてきた。
元カレと普通に接して、友達に戻れる人も世の中にはいるらしいけど、私的にはありえない。
ましてや私達が別れたのは芳行の浮気が原因。
芳行をちょっと睨んで、通り過ぎようとした。
「ちょっと待てよ」
芳行は手で私の前を遮った。
私が芳行を見上げると困った感じに笑っていた。
「まだ気にしてる?」
「……気にしてないし」
「ホント?よかった」
もし本当に『気にしてない』を
かと言って、あからさまにこっちから逃げるのもシャクなので、腕を組んでその場に止まった。
「正直、俺ら……あんまいい空気で別れなかったじゃん?」
「……そうだね。」
そもそも芳行が浮気したんだから、いい空気なんて無理な話だと思うのは私だけ?
「それって、お互い良くないしさ……俺もちょっとは気にしてたんだよね」
「……」
お互いっていうか……私は別にどうでも良くて、そんなことより放っておいてほしいんだけど。
良くなかった過去を無理矢理修正したいのは芳行の勝手じゃん。
いつもなら全部言うけど……
これ以上こじれて、これ以上嫌な思い出も残したくないから黙っていた。
「お前もさ、頑張って新しい男探せよ?」
芳行がヘラッと笑った。
……ていうか、
あれ?
芳行ってこんなしょうもない感じの男だっけ?
高い背に私好みのシャープな顔付き。
バイクを持ってて、ベースを弾く様が格好良くて、優しかった。
私のツボを押す条件は揃っているはずなのに……と少しだけ首を傾げた。
◇◇◇◇
帰宅中も、ふと今日の芳行を思い出していた。
私は元カレとは友達に戻れないタイプだ。
未練がましいわけじゃないけど、会うと辛くなって、会いたくないもんだし、話せないんだけど……
今日の芳行はいまいちとピンと来なかった。
辛いとかそんなんどうでもいいっていうか。
んー……別れて正解だったのかな?
別れた時はめちゃくちゃ落ち込んだのに。
自分の家に戻って、部屋に入るとスマホが鳴った。
送信者が『晋』のメッセージが表記されていて、仰天した。
一応、連絡先は知っているけど、いつも一緒に居すぎて、メールなんて普段したことなかった。
なんで?
―――――――
晋
ひなこ家いる?
今からひなこん家に寄っていい?
―――――――
いつも確認なんてしないで家に来るくせに。
ただのメッセージなのに、口元が緩んだ。
時間的に下校中かな?
電車の中かな?
マンションに向かって歩いてるんかな?
口元を手で押さえてソワソワする。
なんて返信する?
『いいよ』
『侑がいないけどいいの?』
『何時ぐらい?』
いろんな返事のパターンが頭を過る。
顔文字とか付けたら変に思われるかな?
は…
早く返信しないと…。
―――――――
いつも確認なんてしないで家に来るくせに
―――――――
送信ボタンを押してから、自分の性格に嫌気が差した。
なんでこんな文面しか打てないのか…
言うならともかく、文章としてメールにしたら冷たさが増している感じだ。
今までの私だって、好きな人とか彼氏にいつももっと絵文字とか、可愛い言葉も打ってきたような気がするのに……。
今まで姉貴面をしてきた歴史が長すぎて、晋相手に今さら態度が変えられない……私、バカだ。
落ち込んでいる間にまたスマホが鳴った。
―――――――
┐(´ω`*)┌
―――――――
なんだそれ。
意味がわからない。
思わずプッと笑った。
そしてクスクスと笑いが止まらない。
その顔文字はどういうニュアンスで送ってきたんだよ。
…晋は今どんな顔をしているんだろう。
部屋で一人笑っていると、返事もしてないのにすぐにまたメールが来た。
―――――――
会いにいくから待ってて
―――――――
スマホをギュッと握った。
会いたい。
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