甘いと辛い

甘いと辛い1


◇◇◇◇


学校帰りで家には帰らなかったのか、制服姿の晋がやって来た。



「よぉ!!タスクは?」



玄関で迎え入れて、晋の第一声が侑かよ…と軽くガッカリしたけど、晋の顔を見て胸の奥がホコッと温かくなった。



「侑はもう少ししたら帰ってくるんじゃない?」


「俺と違って部活してるもんな~。そりゃ帰りは遅いわ」


「晋は何か部活やんないの?運動神経いいのに……」


「ん~……遊びたいし」


「あっそ」



そう言って、ハッとなる。



『あっそ』って何!?『あっそ』って!!


すっごく冷たかったかも?



そう我に返っても、晋はいつも通りの笑顔で「ん?」と私の顔を見ただけだった。



……『あっそ』でも私の通常通りだったんですね、むしろ。



自分の過去の態度に些か反省しながら、私の部屋へ入った。



「なんか比奈子の部屋久々かも?」


「あんたが避けてたからでしょ」


「まぁね。俺がスランプに陥っちゃったから」


「あはは、何のスランプよ?バカじゃない?」



もう一度ハッとなる。



あー…もう!!


なんでこんな憎まれ口しか言えないんだ!!私!!



だけど晋はいつも通りに私のベッドに腰掛ける。


こんな態度を取ったって、晋はいつでも傍に来てくれる。


晋が幼なじみでよかった……と、この時は思った。



私の憎まれ口をちゃんとわかっている。


ていうか、私がいつもの調子なだけなんだけどね。



晋は自分の耳のピアスを弄りながら、こっちを見た。



「比奈子ー。久々に遊びに来たけど、しばらくこれからいつもみたいに家寄らないかも」


「へ?なんで?」


「学校の文化祭の準備するからー」



ちょっと瞬きをする。



「文化祭?」


「うん。再来週あたり」


「なんか意外……」


「は?」


「晋、学校行事とか準備とかするんだ」


「へ?なんで?俺、祭りとか好きだよ」



そうなんだけど、準備とか団体行動とか真面目にするイメージがない。


騒ぐのとかは確かにしてそうだけど。



晋の隣に座った。



「晋のクラス、何すんの?」


「お化け屋敷!!最初はびくびくしてたクラスも結構盛り上がってんだぜ!!」


「ふーん」


「比奈子も来るか!?文化祭!!」


「その日が空いてたらね」


「……へ?」


「は?」



晋は目を見開いて、じっと見てきた。


そんな晋に「何?」と首を傾げたら、晋が目を反らして頬をポリポリと掻いた。



「いや……断られるかと思って…」


「……え……え、い…いや、あんたが誘ったんでしょーが!」


「ま…そうなんだけど」



晋は目を細めて、ニカッと笑った。



「そうとなれば、準備もますます頑張らねぇとな!!」


「あ…空いてたら…よ?」


「わかってるって!!」



胡座をかいていた晋はそのまま後ろへ転がり、ベッドの上に仰向けとなった。



「だぁー!!でもこれから比奈子に会わねぇって辛ぇー!!」


「……そんな準備大変なの?夜遅くなっても来たい時に来たらいいじゃん。隣なんだから気にせず…」



そこまで言って、自分の言ったことに焦った。


だって夜遅くなっても会いに来いってお願いしてるみたい。


てか晋をはっきりと受け入れている自分にも焦る。



一人焦っていたが、晋はそんなことには気付きもせず、普通に喋った。



「お化け屋敷って大変だよ?教室のセットもだし、衣装も一人一人用意するわけだし……他のクラスはTシャツをお揃いとかで済ませてるのもあるみたい」


「へー…」


「だから友達ん家に泊まり込みで準備するんだ」



仰向けのまま晋は視線をこっちに寄越して笑った。



「その泊まり込みってのがまた楽しいんだけどよ!!」


「よかったね、楽しそうで」



晋を見ていると、高校ってホント楽しそうだなって思う。


私の時はどんなんだっけな……



晋はもう一度「あー!!」と唸った。



「でも比奈子に会えねぇのかー!!」


「いいじゃん、楽しそうで」


「今のうちに比奈子の部屋の匂いでも嗅いどこー」


「バカか!!やめて!!キモい!!サイテー!!」


「ギャハハ!!冗談だって!!」


「晋の変態!!」


「比奈子は口悪い!!」


「……」



お互いに笑いながら悪口を言うって、なんだか可笑しい。


でもこれから二週間ぐらいはこうした時間がないのか……。


たかが二週間だけど、私達はほぼ毎日一緒にいたようなもんだから、長く感じる。



寝ている晋を見下ろす。



晋が改めて溜め息をついた。



「二週間は……長いな」



胸がビリッと痺れた


だって、私もそう思う。


すごく思う。



「まぁ……別に一生の別れじゃあるまいし」



だけど私の口から出るのは冷めた言葉。


私だって、たかが二週間を長いと思っているのに…。



「まぁ……わかってるけどさ、」


「……」


「なぁ、比奈子」


「ん?」


「じゃあさ、せめて充電させてよ」



晋の甘えた声に完全にドキッとした。



「じゅ……充電?」


「そ。比奈子の充電」


「な、何?何すんの?」


「乳、揉ませて」



ソッコーで晋の顔を枕で殴った。



「変態!!バカヤロー!!死ね!!」



枕を取った晋は腹を抱えて本気で笑っている。


からかわれたのだ。



「も…ほんっとサイテー!!!!」


「ごめんごめん!!なんか比奈子とこうして喋んの久々だからさ!!あー…可笑しい!!」


「その冗談マジで笑えない!!」


「あ……本気だよ?」


「なおのこと悪いわ!!!!」


「じゃなくて…」



枕を持った晋は腹筋を使って体を起こした。



「充電のほう。何か俺に応援の言葉とかくれたら嬉しいんだけど?」



晋が軽く投げた枕を私は「へ?」となったまま、枕を受け取った。



「応援……ですか?」


「終わったあとのご褒美とかも超嬉しい。そしたら二週間、頑張れる」


「た…たかが、文化祭の準備じゃん」


「ダメ?」


「う、う…うぅーん?」



急に言われても困る。


私はこういう時の気の利いたアドリブとか苦手だ。



ベッドの上で胡座をかく晋の前で、枕を抱えながら私は「うーん」と悩んだ。



「比奈子……」


「ん?」



晋が顔を覗き込んだ。



「じゃあさ、キスは?」


「……は?」


「充電。キスしてもいい?」



晋の提案に体が硬直した。



また冗談だろうか?


からかわれてるんだろうか?



でもさっきの『乳揉ませろ』発言の時とは目の色が違う……気がする。



マジ?


今?


ここで?



頭が真っ白になりそう。


好きと自覚した今じゃあ、晋が近付くだけで心臓がもたない!!


目をギュッと瞑った。



「晋、膝枕!!!!」


「え?」


「……ならいいよ。」



私の答えに晋は吹き出した。



「ぷはっ!!はははっ!!またそれかよ!!」


「……はい」


「あー…うん!!膝枕も充分嬉しい!!」


「ホント!?」


「おぉ!!」



晋が笑っている。


晋の笑顔が好きだなって思う。


そんなに喜んでくれるなら、私もなんだか嬉しい。



「よ…よし!!じゃあ晋!!正座して!!」


「……え?」


「え?」


「俺がする方なの?」


「え?違うの?」


「……比奈子さん……うん……俺、激しくガッカリしたよ」


「えっ!?私がする方なの!?」


「そっち期待してた」


「やだよ、重いじゃん」


「ケチ!!比奈子のケチ!!」


「ケチじゃないし!!」



唇を尖らせた晋が有無も言わさない感じで寝転がろうとする。


咄嗟に枕で晋を押し退けた。



「ちょっと!!勝手に膝枕で寝ようとしないでよ!!」


「だって比奈子いいっつったもん!!膝枕!!」



晋も枕を押し返してくる。


だけど私も負けない。


やっぱり膝枕も恥ずかしい。



「バカ!!来んな!!」



もう一度晋の顔に向かって枕を投げようとしたけど、



「甘いよ、比奈子!!」



笑いながら晋が枕を片手で払って、軌道をずらされた。



「そう何度も受けねぇぞ」



このやろ


と言ってやりたかったけど、枕の軌道は変わっても私の勢いは変われなかった。



「うぎゃっ!!」



そのまま前のめりになってしまった私は完全に晋の上にダイブした。



晋の胸に顔を突っ込む形になってしまい、晋の「うぉ?」と戸惑った声が頭上に聞こえた。



傍で枕が落ちた音がした。



結構の勢いで突っ込んだのに、晋はよろめくことなくそこにいて、晋との距離に体がカーッと熱くなる。



「ご……ごめ」



慌てて晋から離れようとして、顔を上げた。



「比奈子」



だけどすぐに引き寄せられて、また晋の腕の中に閉じ込められた。


背中と肩をギュッと強く抱き締められている。



「何もしないから」


「……」


「もう少し…こうしてていい?」



バクッバクッバク…



心臓の音が聞こえる。


晋の音か…私の音か…



震える手を晋の背中に回し、シャツをギュッと握った。


今、晋に触れてるんだって思うとむちゃくちゃ恥ずかしくてドキドキして……顔を晋の肩に押し当てて目を力いっぱい瞑った。



「晋……」


「うん?」



耳元近くで晋の返事が聞こえてくる。


多分、私の耳は真っ赤だ。



「これ……充電なってる?」


「なってる、すげぇなってる」


「そう……ですか」


「過充電なぐらいだ」



晋はそう言って少し笑っている。


実際は顔が見れないから、笑いを含んだ声が聞こえたってのが正しいかもしれない。



晋の体が熱い。


私の体も熱い。



抱き合ったまま、沈黙が続く。


一体これの終着点はどこなんだろう。



ドキドキが鳴り止まない。


今の私達は端から見たらどう見えるんだろう。



幼なじみ……だけど、幼なじみではきっと収まらない。



晋の息遣いがすぐ傍で感じる。



……晋は今、どんな顔をしているんだろう。



ゆっくりと力を抜いて、目を開けてみる。


顔を右に向けると、晋の首筋が見えて、目だけを上げる顎のラインが見える。



こんな近くに晋がいる。



ドキドキするけど、幸せだって思う。



晋もこっちを見た。


目が合うそれは一瞬であり永遠であり……。



晋の目の奥が揺れている。



スゥッと息を吸い込む。



晋が僅かに首を傾けて近付いてきた。


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