夜と朝
夜と朝
……
「絶対寝るなよ?」
「……」
「もうすぐ駅だからマジで寝るなよ?」
杏里達の飲み会を抜けて、晋に手を引かれて電車に乗ったが、飲んだし泣いたし叫んだしで……正直くらくらと眠気が襲ってくる。
扉側に立っている晋にずっともたれていた。
そうじゃないと立ってられない。
疲れた。
「頼むから家までは頑張れよ」
晋に支えられながら、電車を降りて、改札を抜けた
……気がする。
「比奈子?」
「……」
「なんか喋れよ。もう眠いか?」
とりあえず首を振る。
真っ暗の道をヨロヨロに歩き、公園を通る。
眠くないって主張するようにもう一度首を振った。
頭を振ると、世界が回る。
ついでに道中のゴミ山に足が突っ込んだ。
「わっ!!バカ!!」
そう言った晋に支えられなかったら、そのままゴミ山にダイブしてたと思う。
「……あぶねー」
だけど私の体はゴミではなく、ちゃんと晋の体に預けていた。
その温度にホッとする。
その力にキュッとなる。
晋の首にスンスンと鼻をひくつかせた。
「……しん、いい匂いするね」
「……落ち着け、酔っ払い」
酔っ払いと言われてムッとして、顔を上げた。
「酔っ払ってない」
「どの口が…」
「酔っ払ってない!!」
晋が言い返す前にギュッと抱きついて、言葉を遮らせた。
「……とりあえず水買ってくるから、一瞬待ってて!!」
晋にやんわりと腕を外され、近くの公園に連れて行かれ、ベンチに座らされた。
正直、座りたかったから丁度いいかも。
気付くと、晋はもう近くにいない。
どこ行った?
公園を見渡して目に入ったのは、電話ボックスだった。
あれは……
夏休みに、晋と雨宿りした電話ボックス。
そしてそこでキスをした場所。
あのときはまだ自分の気持ちを自覚してなかったけど、それでもすごくドキドキしたんだ。
あの時から私は変わったかな?
ちゃんと変われてるのかな?
「比奈子」
いつの間にか戻ってきていた晋は二本買ったペットボトルの水を一本私に差し出した。
なんだか迷惑ばっかりかけてるなぁ…と、やっと気付く。
「……ごめんなさい」
「は?」
「酔っ払いでごめんなさい」
「ははは、何?突然」
晋は笑いながら隣に座って水を飲んだ。
「それに……ごめん」
「何が?」
「でもちゃんと彼氏って言ったよ」
「ん?」
「みんなに晋は彼氏だって紹介したよ」
「……あぁ」
「だからごめん」
深く息を吐いて、晋の肩におでこを乗せた。
「つか、俺もさすがにちょっとウザかったかなーって反省したし」
「うぅん……ウザくない。それに、私……年下の彼氏、はずかしいって確かに思ってた。でも……」
「……」
「でも……ちゃんと──」
晋のことが好きだよ。
涙が少し出そうになって、言葉にならなかった。
晋はそんな私の頭を撫でてくれた。
「うん、ちゃんと"彼氏"って言ってくれたよな。ありがとー」
なんだかどっちが年上なのやらわからなくて、余計に情けなくなってきた。
「出来たらシラフの時に言ってほしかったけど」
晋がクスクス笑って、私は顔を上げて眉をひそめた。
「うるさい。どーせ私はめんどくさいですよ」
「へ?」
「居酒屋で…杏里と私の悪口言い合ってさ」
晋から離れて水を飲もうとした。
でも力強く肩を引き寄せられた。
「あんなん本人の前で言えるってのは、それだけ可愛いって思ってるからじゃん?」
「は?」
「あの友達もちゃんと比奈子のことわかってて、ちゃんと好きなんじゃない?」
街灯に照らされている晋の頬が弛んだ。
「我が儘で、頑固で、すぐへこんで、素直じゃなくて、口が悪くて、泣き虫」
え……まさかの悪口を復唱!?
だけど晋は歯を見せて嬉しそうな満面の笑みを作った。
「それでも俺は比奈子のことが可愛くて仕方ない」
「かっ!?かわいーッッ!?」
「そんな比奈子が好き」
「……」
「喧嘩中も会いたかった」
お酒の力も借りて顔がむちゃくちゃ熱い。
だけど実は私も会いたくて、素直に嬉しいと思うから、晋の胸に抱き付いた。
「……酔っ払い比奈子は甘えん坊だな」
「別にそこまで酔っ払ってないし、甘えてないし」
「でも今日はずっと抱き付いてくんじゃん」
晋がギュッと抱きしめ返してくれて、その腕にキュンとくる。
晋の心臓の音に耳を澄ませる。
「ねぇ、比奈子」
「ん」
「……キスさせて」
肩に手を置いて、私を体から少し離してから、晋が顔を近付けた。
ドキドキと胸打つ中で目を閉じようとしたけど、ハッと我に返って目を開けた。
「ちょ……待って、やだ!」
軽く押し退けると、晋がはっきりと眉間に皺を寄せた。
「やだ?」
晋の不機嫌そうな声に少し慌てた。
「いや…だってここ外だし…それに今、私たぶん酒臭いから……」
「……」
「だから、キスはちょっと……」
「いいよ、気にしないから」
「いや……それはちょっと、臭いよ!?私は…や」
「だからいいって。いいからキスさせて」
頬を両手で包まれて、ぐいっと引き寄せられた。
チュッと短いキスをしたあと、鼻と鼻をくっ付けたまま晋がジッと見てきた。
「何日間も比奈子とキスしてなかったのに、我慢できねぇよ」
「……バカじゃない?」
「バカで結構」
そう言って笑った晋からもう一度キスをされた。
そしてまたキスをする。
するほどに深くなっていく。
電話ボックスの時のように心臓がどんどんと早くなる。
でもあの時よりもずっと心地好い。
目を閉じながら、晋の呼吸の熱さを感じた。
晋は酒の香りを味わうようにゆっくりと丁寧なキスを繰り返す。
その舌使いはわざと音をたてているみたい。
長くとろけるキスに今までにない感覚となった。
頭も体もふわふわとしていく。
ドキドキするけれど、なんだか…
「……きもちい」
晋の動きがピタリと止まったから、うっすらと目を開けた。
「しん?」
「比奈子、それはダメだって」
「ん?」
「ヤバい……」
晋の唇がまた触れて、トロンとした気持ちでまた目を閉じた。
気持ち良い
心地好い
ふわふわ
ふわふわ
「……比奈子?」
私の名前を呼ぶ晋の声を聞いて、安心する。
だから余計にふわふわが心地好くて温かくて
「……マジかよ」
遠くになっていく晋の声を聞きながら、ふわふわの意識に落ちていった。
…ー
見たことある天井。
自分の部屋だって判断するのに少し時間がかかった。
いつの間に寝ていたんだろう…。
いつ、ベッドの中に……
そこでハッと気付く。
見たことある部屋の間取りだが、よく見たら自分の部屋じゃない。
これは私のベッドじゃない!?
焦って少しだけ上体を起こしたら、目に入ったものに悲鳴を上げそうになった。
同じベッドで、私の隣で晋が寝ていた。
えぇーっ!?
どういう状況!?
えーっと、居酒屋に晋が迎えに来て、一緒に帰って、公園で休憩して……
うん!!大丈夫!!
ちょっと酔っ払ってたけど、ちゃんと覚えてる。
それで……キスして?
…それから?
あれ?
あれれ?
部屋を見渡した。
私の部屋と同じだけど、家具が違う。
つまりここは同じマンションである晋の部屋だ。
なんで…私、ここで……。
寝起きでボーッとなる暇もなく、サッと血の気が引いた。
ふ…服は!?
自分の体を見たら、ちゃんと昨日の服を着ていた。
私の服、着衣の乱れナシ……多分!!よし!!
晋……もスウェットに着替えてるけど、着衣の乱れ多分ナシ!!よし!!
えっと……それからそれから!!
混乱した頭を抱えながら、おろおろした。
「……ひなこ」
寝起きのしゃがれ声に呼ばれて、ビクッと震えた。
目を開けた晋がベッドに横になったまま、私を見上げた。
「おきたの?おはよー…」
晋の半目が再び閉じた。
そして「うーん」と唸って、晋は枕に顔を埋めた。
「え?あの……晋、」
「んー……」
「晋がここまで運んでくれたの?」
「…そーだよ」
「……なんで晋の部屋?」
そう聞くと晋は目をチラリとこっちに向けた。
寝起きで目を細めているせいで、睨まれてるみたい。
いや……実際、呆れたと言わんばかりの顔だ。
「…もう夜も遅かったし、比奈子ん家のインターホン押したり説明とかが、めんどくさかったから」
「あっ……そ、ありがとう…」
「ん」
晋はまた寝てしまいそうな感じでもう一度目を閉じる。
だけど晋をゆさゆさと揺さぶった。
だって一番確認しておきたいことがまだだ。
「あ、あの!!晋!!」
「……なに」
晋は迷惑そうに私を見る。
「何もないよね!?」
「……は?」
「私が……寝てる間にナニか……してないよね!?」
「……」
晋がボーッとした目で私を見た。
…まだ寝ボケてる?
ちょっと可愛い。
気を抜いて晋に見とれていると、晋の口が動いた
「……ちょっとだけした」
「はあっ!?」
した!?
嘘!?
寝ボケた顔して何を言ってんの!?
晋の肩を揺らした。
「なっ…何したの!?」
「ん……おでこにチューした」
「おでっ…」
それにも照れたが、続きも聞いた。
「そ…それだけ!?」
「あと…」
「あと!?」
「比奈子をギュッしながら寝た」
「おしまい!?他は…何も──ぎゃっ!?」
私が言い終わる前に腕を引っ張られて、またベッドの上で横になる。
晋の口元がニヤリと上がった。
「ん?何かしてほしかったの?」
晋に囁かれるように聞かれて、一気に目が覚めた。
「いや、別に期待して聞いてるわけじゃ……」
そのままギュッと抱き締められた。
「大丈夫。エロいことは何もしてねぇっての」
優しく私の背中を叩きながら、目を閉じている晋がそう言った。
ってそんなことより私、普通にベッドの上で抱き締められていることに頭がパニックになんですけど!?
「つーか、まさかあんなキスの最中で寝ちゃわれるとは思わなかったし」
「ーッッぶ!?」
「そこそこ本気のチューだったのに、パッタリと寝るんだもんな…」
「……あは、…はは。お酒入ってたし?」
「あの時の取り残された感……ハンパなかった。俺、カワイソーだった」
「……ごめんなさい」
「俺のちょっとした可愛い興奮と期待も返してほしい」
「…あんた、何言ってんの?」
「しかもそのあとがしんどかったー」
「ん?」
「比奈子運ぶの。背負って、マンションまで結構な距離……俺、頑張ったよ?」
「……はい」
「重力に逆らわなくなった人間ってマジで重いのな?」
「もう……ほんと、ごめん」
「それでなんとかマンション着いて…とりあえず一刻も早く比奈子下ろしたかったから、タスク達に説明すんのもめんどくて俺ん部屋に比奈子寝かせてさー…」
「うん」
「シャワー浴びて部屋戻ったら、ベッドの上で気持ち良さそうに寝息立てる比奈子を見て、さすがにムラムラ…」
「ちょ…ちょっと?」
「──になる間もなく俺も寝たし」
「……え?」
「疲れすぎて比奈子を襲う元気なかったっつーの」
「え……っと、それは…」
「……」
「ちょっとでも手出したかもとか疑ってごめん」
「ほんとそれ」
「うん……ごめん」
「頑張ったー…」
「……ごめんなさい」
「しどかったー重かったー」
「あぁもう!!うるさいわね!!悪かったって!!」
晋のしつこさにイラッときて怒鳴ったら、晋の顔を見たらジロリと睨まれた。
さすがに怯んだ。
「……酔っ払って勝手に寝て、ごめんなさいでした」
「んー」
「……運んでくれてありがとう」
「……」
晋に後頭部を撫でられ、おでこにチュッとされた。
「仕方ないから許してやる」
八重歯を見せて晋がニッと笑った。
私もプッと吹き出す。
晋って、私に甘いよなー。
今回の喧嘩もなぁなぁで終わったけど、それは幼なじみの特権でやつだろう。
多分これからも晋とはこんな感じだと思う。
クスクス笑っていると、晋は背中に回してある手で引き寄せて、抱き直してきた。
その仕草にドキッとしたが、私もちょっと晋にすり寄った。
晋といる限り、私の我が儘は直らないかも。
でも、晋となら大丈夫かな……なんて。
晋の腕の中でフーッと深い息を吐く。
自分の心音に耳を傾けるのもまた心地好い。
1日1日…日を追うごとに晋の傍が愛おしい。
限界がないのかって、逆に不安になる。
目を閉じて、ホッコリと満たされているのを感じていると、瞼にキスをされた。
ビクッと震えて目を開けたら、目の前に笑っている晋がいる。
好き。
うん、好きだ。
私も笑い返した。
恋モード全開なのはいつものことだけど、それを晋相手に……しかも今までとは違う甘い感覚を帯びている自分に照れた。
さすがにそろそろ恥ずかしくなったので、起きようと思った。
てか今、何時?
のっそりとベッドから起き上が──
「うぎゃっ!?」
──れなかった。
晋に引っ張られて、もう一度ベッドに倒れた。
「ちょっと!!し……っンー!!!!」
引っ張られたついでにそのままチューされた。
これでもかって感じで唇を吸われた。
晋の肩を何度も叩くが、普通に無視されてキスを続けられた。
「ーっぷはぁ!!」
「……俺はまだ足んないんだけど?」
「バッカじゃない!?」
「ケチケチすんなよ」
「マジでバカじゃない!?」
晋がゲラゲラ笑いながら、私の髪を指で
「今なら襲う元気あるけど、どうする?」
「……グー」
「そんなベタな寝たフリがあってたまるか」
「さ……朝ごはんが私を呼んでいる」
「……えー」
「てか、今何時?」
「ん?……10時ぐらい?」
「あれ?晋、学校は?」
「……グー」
「ベタな寝たフリすんな」
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