お迎え


『どうした?なんかあった?』


「……し…ん」


『……どこの店?』



声をまともに出すと嗚咽になりそうで「う…」とか「く…」しか言えなかった。



すると手からスルリと携帯がなくなった。



「この子、酔っ払ってんのよ。今から店の場所言うから迎えにきてやってよ」



気付いたら、私から携帯を取り上げた杏里が晋と喋っていた。



ボーッとしているうちに喋り終えた杏里が電話を切って、私のおでこをコツンと軽く殴った。



「この酔っ払い」


「あん…りー」



なんだか、よくわからない感情が溢れてきた。



「な……なんか、晋の声聞いたら、胸が…苦しくて……切なくなったー」


「はいはい、切なくなっちゃったのね」



諭すように言った杏里は背中を擦ってくれた。



オーちゃんはオロオロしている。


私の傍まで来たメグも心配そうにお冷やを渡してきた。



「ヒナちゃん、一体どうしたの?気分悪いの?」



お冷やを受け取りながら、杏里の肩に顔を埋めてシクシクと泣いた。



「あー、大丈夫大丈夫!!酔っ払って、涙腺がバカになっただけだから!!」



杏里の言葉にメグはやっぱり心配そうな声を出し、オーちゃんは豪快に笑い出した。



一度、感情が開放的になると、もはや何に泣いているのか自分でもよくわからない。


頭がぐるぐるした。



メグとオーちゃんは心配しながらもこんなんになった私を気を遣ってか、私と杏里を放っておいて二人で話を始めた。



杏里は煙草を吸いながら、黙ってポンポンと背中を撫でてくれる。



晋の声が頭の中でリピートする。



"比奈子"


"比奈子…"




「比奈子が言うの恥ずかしいのは、今まで知らなかった自分に戸惑ってるだけだよ」



突然、杏里の小声が聞こえてきて、顔を上げた。



「つまり…今回は本気ってことなんじゃないの?」


「本気?」


「本気になっている本当の自分ってなんか格好悪くて、誰に知られるのってちょっと恥ずかしいよね」


「……」


「それとわざわざ言わなくても、大丈夫だって思えてるんだよ」


「ん?」


「ちゃんとシンくんからの好意を信じられて、心が満たされてんだよ」



……うん。


晋の好きは信じられる。



「ってことはシンくんは逆なんじゃない?だから周りに言ってほしいんだよ」


「え?」


「比奈子の彼氏だって信じられないんじゃない?」


「なん…で、」


「不安なんだよ」


「不安……」





"俺的にはまだ信じらんねぇっつーか"


"俺、比奈子の彼氏じゃねぇの!?"




あぁ……私は一体、どれだけの気持ちを晋に伝えてこれたのかな。


私は…



それからしばらく杏里の肩にもたれたまま、ボーッとしていると、



「あ、比奈子」



杏里にポンッと背中を叩かれた。



「あれじゃない?」



杏里の言葉にカウンターの近くの入り口から居酒屋には不釣り合いの童顔が入ってきた。



「晋?」



私を見つけた晋が少し荒い呼吸のままこっちに来た。



「何?何、泣いてんの?」



晋にそう言われたけど、ただボーッと晋を見た。


4日ぶり?



久々の晋の姿に安心のような脱力感のような……



「え?誰?あっ!!弟?さっきの電話の……。迎えに来たの?」



オーちゃんの言葉にドキッとした。


もう……これは、恥ずかしいとか関係なく、言うしかない。



晋が目の前にいるんだから。


それにちゃんと言葉にしないと……



オーちゃんとメグに顔を向けた。



「あの、」


「そうっす!!いつも姉ちゃんがお世話になってます!!」



耳に聞こえてきた元気いっぱいの言葉にビックリして、晋の方へ振り返った。



晋は靴を脱ぎ、お座席に上がって、私の隣に膝をついた。


晋がニッコリと笑った。



「ん、ほら姉ちゃん!!帰るよ?」



晋の顔を呆然と見た。



あ…


晋は気を遣ってくれたんだ。



私がまだ友達に言えてないって言ったから。


こんな友達の前で彼氏と言うのは私が恥ずかしがるってわかっているから。



晋の優しさのはずなのに、すっごく悲しくなった。



「いや……」


「え?」



晋の首に抱きついて、そのまま晋の胸に顔を押し付けた。



晋のパーカーに私の涙が広がっていく。



言われない辛さってやつがわかった。



「『姉ちゃん』なんて呼ばないで!!!!」


「へ?」


「いつもみたいに『比奈子』って呼んでよっ!!!!」




比奈子って呼んで



杏里達が近くにいるってわかっているけど、構わなかった。


晋にしがみついたまま、ただ泣いた。



「え……え?何?マジでどうした?」



頭上で聞こえる晋の声は戸惑っていて、私に触れようとしない。



顔を上げて、オーちゃんとメグを見た。



「彼氏!!」


「……え?」



きょとんとした二人に向かってもう一度言った。



「弟じゃない!!晋は私の彼氏なの!!」



瞬きをする二人の返事も待たずに「彼氏!!」と晋の首に顔を埋めて、もう一度叫んだ。



その時、晋の手がゆっくりと私の背中に触れた。



その手のぬくもりで、私は晋に会いたかったんだって気付かされる。



「君がシンくん?」


「え?……はい」



杏里の問いかけにシンはなんだかまだ少し戸惑っていた。



「比奈子の彼氏?」


「……らしいっす」


「へー」



二人の会話を晋にしがみついたまま聞いていた。


なんだか体に力が入らない。



「あんた、大丈夫?」


「は?」


「こんな子、彼女にして大丈夫?」


「えぇっ?」


「我が儘だし、人の話は聞かないし、頑固で妙なプライドあるくせにすぐへこんで、グズグズ考えて、素直じゃないし…」


「ぶははっ!!確かに!!あとすぐ殴られます」


「嘘!?可哀想…」


「ははは…しかも泣き虫だし」


「ホント!!なんだ、この泣きべそがって感じよね。酒3杯だけでこれになるとか……」


「めんどくさいっすよね~」


「ね~」



……どう解釈しても、二人で私の悪口大会してない?


このやろー…二人、初対面でしょうが。



私の視界にいない杏里からフッと笑った気配がした。




「それでも懲りずに大事にしてあげてよ」



へ?


杏里の言葉の意味がわからなくて、抱きしめている腕を緩めて顔を上げようとしたら…



「うん」



すごく明るい声でそう答えた晋に強く抱きしめられた。



「こいつの会計は立て替えとくから、早く連れて帰りな?比奈子のカバンはそこ。メグ達もそれでいいでしょ?」



杏里が言うと二人は「うんうん」と返事をする。



頭も体もボーッとするけど、何か言わなきゃ……



「ありがとう!!」



晋がそう先に返事をしてしまったから、私はなんだか置いてきぼりを食らった気分でなおさらボーッとなる。


でも



「比奈子、帰るよ」



抱きしめられたその腕の中で



「比奈子」



やっと名前を呼んでもらえた私は心が満たされて、ただ頷いた。

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