寂しいと嬉しい

寂しい


◇◇◇◇


……おかしい。



そう思って首を傾げたのは、晋と出掛けた"あの日"から一週間経ってからだった。



晋が家に来なくなったのだ。



始めはあの雨のせいで風邪でもひいたのかなと思ったけど、いくらなんでも長すぎない?



次に思ったことは、もしかして私のこと避けられてる?ってことだった。


最後にあんなキスをしたから?



電話ボックスの出来事は、私も思い出すと火が出そうなくらい顔が熱くなった。



でも『キスしても謝らない』なんて言っていた晋が今更避けたりする?


よくわからない。


晋に会ったら会ったで、私もどんな顔をすればいいのかわからないけど、晋に避けられるっていうなら、それはそれでムカつく。



高校生なら、もうすぐ夏休みも終わってしまう。



夏休みだから、他の友達との遊びのラストスパートに忙しいんか?



私を放っておいてまで?



って、そんな考えは自意識過剰すぎるかな。



でもまぁ……そのうち、またひょっこり現れるだろう―――そういう結論を出した。



だから晋のことは考えないでおこう


そう思っていたけど……


私は1日で痺れを切らした。



「……侑?」



我が弟の部屋に入ったら、侑はこっちを見ずに「何?」とだけ言って、雑誌を読みながらベッドに腰掛けていた。



「なんというか、えーっと……暑いね、今日も」


「そう?今日は少しマシな方じゃない?」


「……そうですね」



床の上にペタリと座る。


侑の部屋は相変わらず殺風景だ。



「あれだよね……」


「何が?」


「最近、晋……見かけないね?」


「……」



侑はようやく視線だけチラリとこっちに向けた。



「あれかな…夏風邪でもひいたんかな?」


「……普通に元気だったよ。」


「……は?」


「昨日会ったし」


「嘘!?マジで!?」


「うん。……で、これ借りた」



侑は今読んでいる雑誌をバサバサッとわざらしく音を鳴らした。



……晋、元気なんだ。



「ふ……ふーん」


「ヒナ姉」


「何?」


「晋のことなら、俺に聞くんじゃなくて……直接、晋の部屋に行きゃあいいじゃん。」


「ちょくっ!?」


「家、隣なんだから」



侑はようやく顔をあげて、早く出てけと言わんばかりにあごでしゃくった。



晋の部屋



ーに最後に入ったのは何年以上も前の話だ。


しかも数えるぐらいしか入ったことないと思う。



…ってそんなことはどうでもよくて、



「は……なんで私が、晋の家にわざわざ……」


「会いたいんじゃないの?」



侑の言葉にカッと熱くなった。



そして思い出すのはこないだのキス。


慌てて首を振った。



「な……ないないないない!!!!なんで、私がー」


「行けばいいじゃん。多分、今もいると思うし」


「バッ……違っー」


「出掛けてたとしても、ヒナ姉が『会いたい』って電話すれば、すぐ戻ってくんじゃねぇ?」


「いや、ありえないありえない!!てか、晋の奴!!いつもなら勝手に家に来るのに、なんで来ないのよ!!」


「だから俺に聞くなよ。晋に聞けっての」



侑は雑誌のページを捲りながら、冷たく淡々と答える。


優等生なのに侑の口が悪いのは、確実に私と晋の影響だろうな……と地味に反省しつつ、その生意気な口がムカついたので、痛い足ツボマッサージの刑をお見舞いしてやった。



それから一人で部屋に戻って、頭の中を整理させる。



同じぐらいの背


可愛い目


お金も持っていない高校生



ないない!!


会いたいとかじゃない!!



恋愛対象じゃない!!



改めてそう言い聞かせて、ベッドにダイブした。




だって私の好みは背が高くて、車かバイクを持ってて、大人で、格好良くて……


元・カレの芳行だって大体そんな感じだったし。



……だから



だけど


なのに!


私はどうしてしまったんだろう。



あいつ……今、何してるんだろう。



晋が言う『比奈子』って声をずっと聞いてないような……


なんだか声が聞きたい。





って、油断したら晋のこと考えてる!?


本格的にヤバくない?



だっていつもなら、呼んでもないのに、晋は勝手にいつもすぐ傍にいたから…



いつも通りじゃないって、それだけで落ち着かない。



そんなんじゃあ新しい彼氏どころか、次の恋も見つからない。


晋に励まされたら、いつもすぐに前へ進めたのに。



失恋の傷が癒えているはずの私は、何故か幼なじみのことばかり頭に過る。




◇◇◇◇



スリッパみたいな健康サンダルを履いて、エレベーターに乗り込み、下に降りた。


下の郵便受けの夕刊を取りに行くだけだから、すぐに家に戻るしラフな格好で出た。



外は夏の残暑を感じる湿度だ。


色々考えすぎて疲れた。


知恵熱出そう…



自分の家の郵便受けの鍵を開けた。


夕刊以外にもチラシやダイレクトメールも一緒に入っている。



何気なく一枚一枚を確認していたら、エレベーターがチンッと音を鳴らした。



エレベーターからは若い感じの男の集団が降りてきた。



「バカ!!そんなんじゃねぇっつってんだろ!?」


「モリは硬派だな」


「違ぇっての!!」



ガヤガヤと喋る男の子達がそのままエントランスを出ていこうとしているのを、なんとなく視界の端で感じていると



「いいじゃん!!俺もナミちゃんはタイプだよ?」



ものすっごく聞き慣れた声が聞こえてきた。



思わず夕刊から顔を上げた。



4人組の男の子。


黒髪のノッポと薄顔のソフトモヒカンと茶髪イケメンの三人と…



そして……晋だ。



友達が晋の家に集まってたのかな。



そして晋って同年代の男の子の中にいても小さい方みたいだ。



3人の影で埋もれてしまいそうだけど……


だけど私にはわかった。


晋を見つけられた。



晋だ。



晋だ……



まるで時間が止まったような気分で、晋を見ていたら、茶髪イケメンがこっちに気付いた。



チャラそうな外見だけど、黙って軽い会釈をしてくれた。


そんなことされるとは思わなくて戸惑ったが、私も軽い会釈を返した。



「ん?ユキちゃん、どうしたん?」



晋は茶髪イケメンの動作に合わせて、視線をこっちへ向けた。



晋と目が合った。



力が入って、夕刊を握りしめてしまった。



……晋だ。


さっきからそのことだけで、思考がそれ以上働かない。



「比奈子……」


「よ……よぉ。元気?風邪引かなかった?」



おもいっきりぎこちない言葉と動きをしてしまったが、晋も視線を泳がせながら「お……おぉ」と返事をした。



晋の友達が皆こっちを見ている。



…ーあ



今、スッピンなんだった……



最悪。


恥ずかしい。



前髪をかき集めた。


晋が首を掻きながら、「あー…」と迷いのある声を出した。



「えっと、隣に住む……幼なじみ」



晋の親指での紹介に改めて軽く頭を下げたら、友人皆も「ちわっす」と頭を下げてくれた。



「なんだよ、シン。急に大人しいな」



黒髪のノッポにそう指摘された晋は「うるせ」と小さく呟いた。


こうやって友達同士で喋っている晋を見ると高校生だなって実感する。



それは私の知らない晋を見ているみたいで、なんか少しだけ寂しいような?



晋とはさっきから目が合わない。



「じゃあシン、また明日」



イケメンの彼に言われて晋は「え?」と声を漏らす。



「駅まで送るよ?」


「いや、大体わかるからいいよ。じゃあ来週、学校でな」



そう言って友達はぞろぞろと帰っていった。



晋と二人、エントランスに残された。


晋は動かない。



「……晋。帰らないの?」


「え?あ、帰るよ?」



ようやく喋ってくれた晋にホッとして、サンダルを擦らせるように歩いて、エレベーターへ向かった。




エレベーターに入って振り返ると、晋はさっきのところを止まったままで動いてなかった。



『開』のボタンを押したまま、動かない晋に首を捻った。



「……晋?」



呼んでも晋は黙って動かないまま。


だけど晋はひとつ息を吐いてから、エレベーターに乗ってきた。



……一体、何のタメ?



ようやく晋が乗ったので、階を押すと扉が閉まった。


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