ビンカピーチ 1章
彼氏と幼なじみ
彼氏と幼なじみ
「う…浮気!?」
大学のカフェテリアで思わず叫んだ。
一瞬だけ周りが私達を見たが、すぐに何事もなかったようにスルーされた。
目の前の
黒い服が似合っていて格好良く、杏里が男だったら良かったのに…
…じゃなくて!!
「
「だっておかしくない?」
「……そう?」
「最近ドタキャン多いんでしょ?」
「それはそろそろライヴが近いから。杏里もそうじゃん」
芳行と杏里は同じ軽音サークル。
彼氏の芳行とは杏里をキッカケに知り合ったのだ。
「会えない夜も毎日電話してるよ!!」
「……それ、
「え?あぁ…同じメンバーの…えっと、エリちゃん家だっけ?」
「は?知ってたの?」
杏里は眉間にシワ寄せて私を凝視した。
それぐらい知っている。
芳行からちゃんと聞いたから。
バンドの練習が忙しくて帰る時間ももったいないから、大学近くに下宿している後輩の家に泊めてもらっているって。
「みんなで泊まって合宿みたいだって笑ってた」
芳行との電話の会話を思い出しながら、杏里に笑った。
「最初の2日はね」
杏里の言葉でココアを飲む直前に私は固まった。
「は?」
「最初の2日はバンドの皆で泊まってたけど、今は芳行一人でその子の家に泊まってるってよ」
「……はあ!?」
さっきよりも大きな声で叫んだ。
杏里は煙草をもみ消し、肘をついて溜め息をついた。
「私もその話聞いてさすがに……って、
「芳行に電話する」
「え?今?」
「今ったら今!!」
電話をしたけど出ない。
は?何で!?
はあ?
留守電に切り替わったら速効で切ってまたかけ直す。
それを何回も繰り返していたら、杏里が「ちょ…落ち着…」と慌て出した。
そしてようやく芳行が電話に出た。
『もしもし……何?』
「ナニしてんの!?」
なんだ!?その渋々感は!!
電話の向こう側に怒鳴ったら芳行は『え?は?練習中だけど?』とシラッと答えた。
「エリちゃん家に泊まってるってどういうこと!?」
『何怒ってんの?前に電話で説明したじゃん。家に帰るのが面倒だからバンドメンバーで泊まって…』
「じゃあなんで今は芳行だけなのよ!?」
『え?』
「女の子の一人暮らしに男一人が泊まりに行くって何考えてんのよ!?しかも彼女の私をほっといて!!やましいことでもあんの!?」
『……何それ。もしかして杏里から何か変なこと聞いた?』
「今そんな話してなくない?いいから答えてよ!!」
『何もねぇよ』
「あぁん?」
『確かに泊まってるけど別にエリとは何もねぇし、マジで』
「バカ!?そう言えば済むと思っ…」
『つーか、忙しいから切るぞ』
「ちょっ!?」
虚しい通話終了音だけが耳に残った。
信じられない…
「ちょっとどういうことよっ!!」
「話を切り出した私が悪いから落ち着いてよ」
「これで落ち着けるか!!だって!!今、芳行のヤツがっ!!」
「わぁったから八つ当たりすんなっつーの」
とりあえず座ってココアの残りを一気飲みした。
頬杖する杏里は溜め息をついた。
「あんたもさー……恋愛体質なのはわかるけど、暴走は抑えないと」
「暴走!?」
「すぐに行動出来るって羨ましいけど……過剰すぎても、ややこしくなるだけだし、つーか余計に掻き乱しちゃうこともあるわけだし」
「私!?私が悪いの!?」
「悪いなんて言ってないけど……あんたの恋愛体質はタチ悪いからね」
「悪いって言った!!やっぱ悪いって言った!!」
「だからー……自分しか見えてないでしょ?」
「へ?」
「一歩間違うと恋に恋してるだけになるよ?」
杏里の言ってる意味がいまいちよくわからなかったけど、怒りは収まらなかった。
何?結局私が悪いの?
いやいやいや!!
何も悪くないじゃん!!
芳行に浮気されるようなことしてないよ?
放置もしてないし、束縛だってしていない!!
普通に付き合ってただけじゃん?
気分が悪いまま家に帰り、その途中も芳行にまた電話してみたけど出ない。
あんにゃろ……練習終わりを見計らってまた電話してやるから覚えとけよ!!
ムカムカした気持ちでマンションのエントランスまで来たら、
「比奈子」
名前を呼ばれた。
振り向けば八重歯を覗かせる子供っぽい笑顔の幼なじみがいた。
笑顔より目尻に貼ってある絆創膏に目が行った。
「
「こんなとこで会えたとか、俺ら運命じゃん?」
「家が隣同士で何が運命よ。てかまだ昼間なのに高校は?」
晋はエレベーターのボタンを押しながら「んー」と唸った。
「停学喰らっちった」
「は?マジ?」
「マジマジ」
エレベーターの中に入り上昇している間、晋の姿をまじまじと見た。
茶髪にピアス、高校の制服は校則なんか無視したみたいに着崩している。
今時の高校生。
その割に背は少し低い。
目線が私とあまり変わらない。
言っても私も女子の割には背が高い方だけど。
「なんで?」
「何が?」
「なんで停学になっちゃったの?」
「あぁ……この前ちょっと他校と喧嘩しちゃって」
「は?喧嘩!?あ……顔の怪我って、ソレのせい!?」
「そうそう。それがなんか学校にバレちゃったんだよねー。いやー、参った参った」
「……ホントに参ったって思ってる?うわー、あんたマジでバカ?」
呆れているうちにエレベーターは私達が住んでいる階に到着した。
家に着いて鍵を開けようとしたら、後ろからジッと見てくる気配に気付いた。
晋を怪しがりながら見つめた。
「……何?」
「何って、暇だから比奈子ん家にいようと思って」
「私ん家って…タスクなら今いないわよ?」
4つ下の弟の
晋は弾けたように笑った。
「そんなんバカな俺でもわかってるっての!!」
「じゃあうちに来たって意味ないじゃん」
「そんなもん_」
晋は笑顔で私に顔を近付けた。
「比奈子と一緒にいたいからに決まってんだろ?」
ヘラヘラと笑う晋に大きな溜め息をついた。
でたよ。
こいつの"これ"がマジで面倒臭い。
「……私だって課題あるから相手しないわよ」
「あ、おかまいなく!!俺も勝手にしてるから!!」
何がそんなに可笑しいんだか、晋は私を見ながらずっと笑っている。
もう面倒臭いから諦めてドアを開けた。
「好きにしなよ」
「おぉ!さすが優し〜い!!お邪魔しまーす!!」
明らかにゲンナリする私と違って晋はご機嫌で家に上がる。
私は自分の部屋に入り、晋は侑の部屋に勝手に入っていく。
部屋着に着替え、レポート課題に取り組み出してからしばらく、晋が侑のゲーム機を持って私の部屋に入ってきた。
これもいつものことで、晋は自分の家のごとく寛いだ様子で私のベッドに乗りゲームを始めた。
最近じゃ侑もゲームをしなくなったから、ほぼ晋のものといっても過言じゃない。
私も馴れたもので、そんな晋を気にせずペンを走らせた。
誰もいない部屋で男女が二人っきり。
だからどうした?
私らにそんな艶っぽい要素なんてどこにもない。
危機感どころか、気楽に感じる。
それが私達の関係。
もう一人の弟分って感じ。
しいて言うなら…晋がたまにちょっと面倒なことを言い出すぐらい……かな。
「なぁ、比奈子」
「ん?何?」
「もしかして彼氏と何かあった?」
「は?」
思わず晋の方を向くと彼独特の猫目がニタッと笑っていた。
「そうなんだろ?珍しくメールも電話もしないで、ずっと課題してんじゃん?」
「……」
「図星?喧嘩?」
ウキウキワクワクした様子で聞いてくるコイツは勉強出来ないバカのくせに妙に鋭い。
「うるさい、関係ないでしょ!!」
晋は私の所まで近付いて顔を覗き込んできた。
「だからいつも言ってんじゃん。さっさと別れて俺にすれば?」
晋はニッコリと笑う。
ドキッ
どころかゲンナリ。
こんなチビッコにトキメクわけがない。
晋の顔に手を当てて、グイッと押し退けた。
「はいはい近い。あんま調子のんなよ」
私の手から離れた晋はすぐにベッドに戻った。
「ちぇーっ。比奈子のケチ!!」
「私のどこがケチって言うのよ!!てか、あんたのそれ!ホントいい加減にしてよね」
「なんでー?俺は比奈子のこと好きなのにー」
「はいはい」
晋が面倒くさい理由。
それはこの『好きアピール』である。
八重歯が見える無邪気な笑顔で何てことない様にストレートに「好き」を言ってくる。
でもこいつだってこうして二人っきりでいてもどうこうする様子もないし、私だって弟のような晋に男を感じることなんて一ミリもない。
だからいつも適当にあしらっているんだけど、晋のこれがなかったらなー……普通にいい子なのに。
まぁ……原因はわかっているのですが。
『暴走は抑えないと。ややこしくなるだけだし…つーか余計に掻き乱しちゃうこともあるわけだし』
…そう。
杏里の言う通りで、この件に関しちゃ私が悪い。
晋がこんなことを言い出したのは、私のせいなのだ。
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