デートとキス
デート
◇◇◇◇
「海とかどう?泳ぎにいかない?」
「海、いいね」
「だろ?行こう行こう!!絶対楽しい!!俺、泳ぐの速いぞ!!」
「……で、何で行くの?」
「何が?」
「交通手段」
「……電車?」
「はい、無理。それは面倒。却下」
「は?じゃあ他に何があんだよ!?」
「車とか……」
「……」
「バイクとか……」
「……俺、持ってない」
「ん、残念でした」
私の部屋であぐらをかく晋は私のお断りにブーイングを起こしている。
でも私は無視して、ベッドに腰掛けて、スマホゲームをしていた。
ここ何日間、晋は私をデートに誘おうと話を持ちかけてくる。
だが、私は片っ端から断る。
最近、やっとドキドキが収まってきたのだ。
晋とは普通に話せている。
……話せてるよね?
――――と、まぁ若干の疑問と不安はあるものの、せっかく晋とは普通に戻りつつあるんだから。
このままこうして穏やかな夏休みを過ごせば、私も晋もいずれは落ち着くだろう。
だから、これ以上まともに晋を相手にしないこと。
それが一番。
「比奈子、海もナシなのか?」
晋が溜め息をつく。
「海は好きだけど、大荷物持って電車移動とかしんどいじゃん」
そうだ。
海は杏里達と行こう。
杏里が車出してくれそうだし。
そう思って、誘いのメールを杏里にしてみる。
「比奈子~、海行こうよー。海ー」
メールを打ちながら「んー…」と生返事をする。
「比奈子の水着姿が見たいです」
「…それが目的か」
「あ……なんだったら海行かなくても、今着替えて、水着を俺に見せてよ」
「…変態。バカじゃない?」
「つーか、どっか行こうよー!!」
「……」
「行ーきーたーいー」
「行ーかーなーいー!!」
駄々をこねる子供の相手をしている気分だ。
晋は不満だらけを隠すことなく、ギャーギャー喚く。
「キャンプも映画も水族館も海も、全部断んなよ!!夏休みなんだから、一回ぐらいどっか行こう!!」
「友達と行ってきなさい」
「俺は比奈子と行きたいの!!」
「…ッッな」
晋のストレートな言葉にちょっとだけ動揺した。
その僅かな隙がいけなかったのか、晋が動いた。
スマホから顔を上げた時には、遅かった。
「…え」
ベッドの上で押し倒されていた。
「どこも行かないってなら、別にどこも行かなくていいよ?俺、比奈子と部屋で二人きりでもいいし」
油断した。
さっきまで子供と思っていたら、グンと色っぽくなる。
そのギャップに慌てた私は必死で言葉を吐き出した。
「ど……どきなさいよ!!」
「無理。このままイイことする?」
「何言ってんの!!どけ!!てか隣の部屋には侑もいるし、親だって今リビングに……」
「もう聞かせちゃえば?」
「バカか!!」
「……で、どうする?」
「……は?」
私の上にいる晋は、それはそれは悪そうな顔でニヤッと笑っていた。
「俺と外でどっか出掛けるか、それとも部屋で俺と二人きりになるか……どっちがいい?」
…
…もうこれは、完全に脅しじゃない?
…ー
数日後。
リビングでお茶を注いでいた侑が部屋着じゃなくて、すでに着替えている私の様子にちょっと瞬きをした。
「ん?ヒナ姉、出掛けんの?」
「……」
そのタイミングで、
「おじゃましまーす!!」
晋が元気いっぱいで迎えに来てくれた。
「タスク!!おはよう!!」
「おぉ、晋。もう昼だけどな…」
「細けぇことは気にすんなよ。じゃ、比奈子行こうか」
侑が驚いた顔で私と晋を見比べた。
「え?二人で出掛けんの?」
思わず俯いた。
身内に知られるこの恥ずかしさったらない。
「そうなんですよ、タスクさん!!今日は比奈子とデートです!!」
上機嫌な晋は包み隠すことなく、侑にそう言う。
侑も驚いた様子は最初だけで、普通に晋と話す。
「へぇー、珍しいな」
「だろ?苦労しましたよ」
苦労っていうか、脅しだけどね。
「た……侑もよかったら、一緒に出掛ける?暇だったら」
侑に向かって苦肉の策を言ってみる。
お茶を口にした侑は「んー……」と唸った。
「やめとくよ、そこは空気を読んで」
そこは敢えて空気を読むなよ。
私の念は侑にも晋にも届くことなく、二人は話を続ける。
「まぁよかったな、晋。姉ちゃんとデート出来て」
「おぉ!!タスクとのデートはまた今度しような!!」
「はいはい」
どうでもいいけど、晋をあしらう侑の感じに遺伝というか、血を感じた。
「さ、比奈子行こうか!!」
満面の笑みを浮かべる晋に手を掴まれ、引っ張られた。
「ちょ、引っ張んな。てかカバンまだ持ってないし」
慌てる私を尻目に侑は「いってらっしゃい」と呑気に手を振ってくれた。
…ー
お昼を食べたあと、宛もなくフラリと歩いた。
晋と街を歩くって、何年ぶり?
私が中学上がる頃にはなんとなく無くなっていたと思う。
それぐらい久々だ。
なんだか街の中で晋といるのって新鮮だな。
そう思って見ると、隣で歩いている晋もだいぶ大きくなったな。
今は高さがあるサンダルを履いてるから、相変わらず目線は一緒だけど。
「…で、今日はどこ行くの?」
「一応考えてきてるけど、比奈子はどっか行きたいところある?あるんだったらそこでもいいよ」
「別に…。どこでもいい」
「……なんてやる気のない言葉」
晋があからさまに肩を落とす。
そんな晋を見て、プッと笑ってしまった。
わかりやすい奴だ。
「晋」
「…何?」
「晋はどこ行こうと思ってたの?」
「え…」
「せっかく考えてくれたんだから、今日はそこに行こうよ」
私が言ったことに晋はすぐに意味がわからなかったのか、きょとんとしたが、しばらくして笑ってくれた。
「おぉ、任せろ!!」
晋の笑顔にまた笑いそうになった。
わかりやすすぎだろ。
しょうがないから、今日一日は晋に付き合ってやろうと思った。
そして電車に乗って、行き着いた先は…
「…ー川かよ!!なんで川!?」
「こないだ学校帰りに見つけたんだ!!」
晋のどうだと言わんばかりの顔に力が抜けた。
川で遊ぶって…小学生かよ。
実際に夏休みの小学生が何人かいて、川を楽しんでいらっしゃるし。
晋は意気揚々と靴を脱ぎ、靴下も脱ぎ始める。
「海は行かないって言うから、あいだを取っての川だ!!」
「何のあいだ!?海と何のあいだが川だったの!?」
「さぁ!!比奈子隊員も行くぞ!!サンダル脱げ!!」
「テンション上げすぎじゃない?ガキか!!」
晋の目は完全に好奇心でキラキラとした子供の目だ。
「サンダル脱ぎたくないってなら、俺が比奈子を担いでいこうか?」
「……晋の力では…無理じゃない?」
男のわりに小柄な晋を見て、ちょっとバカにしたようにして言った。
だけど晋も私と似たようなニヒルな笑いを漏らした。
「舐めてもらっちゃ困るよ、比奈子隊員」
「……は?」
「…っんよっと」
「へ……」
晋に抱き上げられた。
まさかのお姫抱っこ。
「ぎゃっ!!ちょっと晋!?」
「比奈子……重っ」
「勝手に抱き上げといて、失礼なこと言ってんじゃないわよ!!だったら降ろせ!!」
晋を何度も小突き、足をバタバタさせる。
だけど晋は私の意見も構わずにザブザブと川へ足を入れていった。
「ぎゃあ!!」
ビックリして、晋の首にしがみついた。
背は同じぐらいでも、私なんかと比べて、しっかりしている。
体つきが全然違うんだ。
晋はどんどん川の中を進んでいく。
なんというか…その体に抱えられていることに、ものすごく照れた。
すぐ近くにある顔が意地悪そうにニヤリと笑った。
「さて…俺を侮った罰として、比奈子隊員を川に落とします…」
「…は?」
「10秒前~10、9…」
「ちょ…!?バカ!!ふざけないでよ!!」
「8…7…6…」
「怒るよ!!マジで!!晋!!」
「そんな暴れたら、10秒どころか、もう今落としそう…」
「わー!!ごめんごめんごめん!!ごめんなさいでした!!」
「え~なんて~?」
「隊長をバカにした私が悪うございましたぁー!!!!」
晋は川の中央にあった大きな石山に、私を降ろしてくれた。
「ぷはっ…、比奈子焦りすぎな?」
ケラケラと笑うに晋にしかめっ面を作った。
「晋……覚えてろよ?」
「あはは、恐ぇー」
晋の屈託ない笑いに、結局つられて笑ってしまった。
こんな感じで遊ぶのも懐かしい。
昔、私は海や川遊びが大好きだったんだ。
晋の家と私の家でバーベキューをする傍らで遊んでいた子供時代。
晋はそれを覚えていたのだろうか。
「んじゃ、向こうに戻ろうか。比奈子、掴まって?」
両手を差し出す晋に向かって、ニヤッと笑ってみせた。
サンダルを脱ぎ、自分の手に持ち、晋の両手を無視して川の中へと入った。
「もう姫抱っこはさせないしね!!」
晋を置いて、笑いながら一人で歩き出した。
「あ!!比奈子のケチ!!」
「ケチじゃないし!!」
二人のギャーギャーと叫ぶ声がずっと響いた。
気が付けば、周りにいた小学生達よりも私達の方がはしゃいでいた。
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