膝と指

膝と指


「じゃあ俺ももう行くから。」



侑も何てことはないような感じで玄関へ行ってしまう。



待て!!


このまま晋と二人きりにする気!?


いや…そりゃ今までも普通にそんなこともあったけど!!



別におかしくはない…と思うけど!!



でも晋と部屋で二人きりって…




『比奈子の傍にいたら、俺もたまんねぇし。』




あの時の一ヶ月ぶりぐらいだ、本当に。



いや…これは逆にチャンスなのか?


今まで避けてたけど、このまま一人でギクシャクするのは嫌だし。


晋は大事な幼なじみなんだから。



うん。


幼なじみの距離感を思い出してみせる!!



自分の中で覚悟を決めて、侑が出掛けたのを見送った。


隣にいる晋を見る。



「じ…じゃあ、私の部屋で待ってる?」


「…」


「ん?」



晋が小首を傾げながら、ニヤッと笑った。



「比奈子のそれは何?誘ってるん?」


「は!?誘っっ!?どこがよ!?違うし!!」



こっちが言葉を詰まらせていると、晋はゲラゲラ笑った。



あー…そうだよ。


晋ってこういう奴だよ。


少し脱力しながら晋をリビングへ促した。



「まぁ…座ってなよ。」


「おぉ!!」



晋を座らせている間に、冷蔵庫からコーラのペットボトルを二本出す。


そして、こっそりと深呼吸をする。



…よし、行くぞ。



「晋、はいこれ。」


「おぉ、サンキュー!!」



ペットボトルを受け取ってくれた晋の隣に座った。


チラッと晋の膝を確認して、ロックオン。



大丈夫。


さっき、侑でやったみたく…自然にやってみたら、大丈夫。


一度、その距離に慣れてしまえば、これから多少のことも普通に思えるはずなんだ。


前みたいに二人きりでも何の違和感もなく、一緒にいられる関係に戻りたい。



チラリと隣を見た。


晋はスマホを触っている。



その横顔に心臓が締め付けられた。



あれ…?



侑の時とは比べものになんないくらい、緊張するんですが!?


しかも尋常じゃない。


なんだ、これ。



見馴れた横顔のはずなのに…。



黙ってスマホを打っている姿は、なんだか大人っぽく見える。



いつもはもっと少年って感じなのに。



そうやって黙って見ていたら、横を向いていたはずの晋がこっちを見た。



パチッと目が合う。



近い



…なんてことは、思っちゃダメだ。


このぐらい普通なんだと思わないと。



心臓が早くなる。


慣れろ。


慣れるのだ。



もう逃げるな。



こんなんじゃあ『膝枕』というミッションもこなせないぞ。


幼なじみの距離も取り戻せないぞ。



目を反らさず、ジッと晋を見た。



晋もジーッと見つめ返してくる。



ダメだ。


息が詰まりそう…



「…晋、」



耐えきれずに名前を呼んだ瞬間、晋が伏し目がちに、顔を近付けてきた。



ドキーーッ


完全に心臓が波打った。



晋の…顔が、近くて、



慣れろ…


…なんて言ってる場合じゃねぇ!!



背中を後ろに反らして、慌てて晋から距離をとった。



「なっ!?何っ!?何、キスしようとしてんのよ!?」



少し離れた晋は大きな目をパチパチさせながら私を見た。



「何って…誘われてんのかと思って」


「誘ってないよっ!!!!」



こっちは真剣に否定してんのに、晋は何が可笑しいのか「ギャハハ」と笑っている。



「だって俺のこと、ジッと見てくるからぁ」


「だからって、誘ってない!!」


「いつもだったら、もっと早い段階で『近い!!』って言って押し退けんじゃん」


「そう…だけど…」


「そしたらチューしたくなるじゃん」


「…ーッッ、バッカじゃない!?」


「ハハ!!」


「な…何が可笑しいの?」


「なんか比奈子が変な顔してる」


「は…はあ!?失礼な!!」


「大丈夫、そんな顔も好き」


「…ッッ」



こ…この口は、なんでそんなことをポンポンと言えるのか…。



晋はソファーの背もたれに肘をつきながら、またもジーッと見てくる。



「…何?」



気恥ずかしくて、そう聞くと晋は溜め息をついた。



「…やべぇ」


「何が?」


「やっぱ、キスしたい」


「……冗談?」


「本気。すげぇしたい」


「な…」


「どうすればいい?」


「どうって…言われても…ねぇ…」



目を泳がして何も答えていないのに、晋がジリジリと距離を詰めてきた。



心臓が再び跳ねる。



両手を精一杯伸ばして、晋を制した。



「お…幼なじみは、こんなこと、しない!!」


「へ?」


「キスは…しないの、普通」



多分。



晋は途端に不機嫌そうに目を細めた。



「……幼なじみ…なぁ」


「そう、幼なじみ。だから…」



伸ばしていた両手をフワッと優しく晋の両手で掴まれた。


あまりにも柔らかい動作だったから、拒否したはずの私のテリトリーへと晋はあっさりと入ってきた。



グンと近付く。



「じゃ、」



晋はコツンとおでこをくっ付けてきた。



「どこまでならいいんだ?」



晋の真剣な眼差しが熱い。



晋に、私の鼓動が聞こえちゃいないだろうか。


聞かれてたら、やだな。


むちゃくちゃ恥ずかしい。



だって晋は弟と同い年で

弟と仲が良いから

弟のように思っていて



それで…えっと、


えっと…




『何がダメなの?別に幼なじみを恋人にしちゃダメなんてないでしょ?』




でも、杏里の言っていたことに、私が納得出来ていないのは、


"つまり失恋していた時に、好きだと言われたから、好きになる"


なんて単純で都合のいい話に終わらせたくないから。


それぐらい晋とは長く一緒にいすぎていて、晋の気持ちをいい加減に考えたくないから



…だと思う。



私はいつも乱暴な言葉しか晋に言えてないけど、晋を都合のいい男なんかしたくない。


晋はちゃんと大事な幼なじみって思ってる…気がする。



だから…だから…



頭の中ではごちゃごちゃ考えているのに、何ひとつ言葉に出せないほど、胸がドキドキして動けない。



「……今逃げなきゃ、マジでキスすんぞ」



晋の声にハッとする。


キス!?


――は、困る。



でも逃げるって…、私は逃げたいの?


キスは困るけど、晋から離れたいわけじゃない…と思う。


じゃなきゃ、こんなに悩まない、多分。



でも、だって…


幼なじみは…



おろおろしているうちに、晋の腕がゆっくり背中に回る。



その僅かな動きのせいで、また心臓が乱れた。



まるで初恋の乙女みたいに、



キャパオーバーだ。



「比奈子…」


「ひっ、」


「……ひ?」


「ーッッ膝枕!!!!」



咄嗟とっさに叫んだ。


目と鼻の先にある晋の顔はあからさまに「は?」と顔を歪めた。



「膝枕…なら、いいよ。幼なじみ…だから」


「膝枕ぁ?」



晋は心底、理解不能と言わんばかりに眉をひそめた。



呆気にとられている晋と、それ以上何を言えばいいのかわからない私は、数秒の間、無言になった。



体を離してくれた晋は瞬きを繰り返しながら、しきりに首を傾げる。



「え?膝枕?…幼なじみだから膝枕…って何?いや、膝枕は知ってるけど、なんでその発想?初めて聞いたけど?」



あまりに素で聞いてくるから、なんだか恥ずかしさが膨らんできた。


だから視線を反らして、乾いた笑いを漏らした。



「は…はは、は……ねぇ?なんででしょうね」


「……膝枕がしたいの?」


「私が…っていうか、友達とその幼なじみはするんだって、膝枕を」


「マジで!?恋人じゃないのに!?」


「…ッッ」


「え?」


「だよね!!」



晋の意見に若干テンションが上がった。



だってそれは、私もメグに言ったのと同じだったから。



「そうだよね?幼なじみだからって、膝枕するとは限らないよね!?」


「少なくとも俺らはしないよな」


「でもその子達は一緒に寝て、膝枕に腕枕もするって。兄妹みたいなもんだからって…」


「マジで?俺、侑にだってしないよ、んなこと」


「まさにそれ!!」



考え方があまりに一緒だったから、逆に笑えてきた。



「ん?何がそんなに可笑しいん?」


「だって似たようなこと、私も友達に言ってたから」


「まぁ、そりゃ俺らは」



晋はいつもの八重歯を見せて笑った。



「幼なじみだからな」


「…え、」


「ずっと一緒にいるんだから、価値観が似てくるのは当たり前だろ?」


「…そう?」


「比奈子」



名前を呼ばれた時には、晋に手を繋がれた。




「だから俺らは充分、幼なじみだよ」


「え…?」


「他がどうであろうと、俺らは俺ら。それが俺らの"幼なじみ"っていう関係じゃん」


「そう…だね」


「だろ?」


「……うん」



繋がれている手は私より大きくて、骨っぽくて、ドキドキするけど、落ち着く。


腕枕や一緒に出掛けたりしないけど、私達は紛れもなく幼なじみだ。



無理に距離を測らなくて、いいんだ。



人と比べていた自分が少し情けない。



なんか…晋のが考え方が大人っぽい。


私の方が年上なのに。



でも


このままで…いいのかな?


これでは何も解決していないような。


ますますどうしたらいいのかわからないけど…それでも一緒にいるのだから。


これからも。



手と手が熱い。


それは夏のせい?



晋が顔を覗き込んできて、ニッと笑った。



「だから幼なじみでも、俺らがキスしてもおかしくは……」


「ないなんてことはないから!!何、無理矢理そっちに話を繋げようとしてんのよ!!」



油断も隙もねぇ!!


だけど晋は笑顔のまま、近付いてくる。



「わ、私らは幼なじみって、晋も今さっき言って……」


「ムダムダ」


「は?……何が、」


「だって俺自身が幼なじみの壁、越えたがってんだもん」


「えっ、」


「だから比奈子が幼なじみにこだわったところで意味ないよ」


「えっ、……う、」


「ちなみにさぁ、その友達と幼なじみって男と女?」


「へ?うん。お兄ちゃんみたいって……」


「そこも俺は微妙だと思うんだよね~」


「は?何が?」


「純粋な幼なじみってわけじゃねぇと思うよ。じゃなきゃ、一緒に寝たり腕枕って無いんじゃない?」


「バ……バッカ!!あんた、なに勝手なことを言って……」


「少なくともどっちかに下心があるね」


「そんな……わからないじゃない」


「俺はあるよ」


「え?」


「下心」



晋は笑いながら、繋いだ手の指を絡めた。



「比奈子さんはいつになったら、俺のこと……好きになってくれるんだろうねー」


「……」



触れる指先の隅々まで、脈を打つ。



小さな鼓動が晋に伝わらないかな?



いっそのこと


伝わって……しまえばいい



なんて思ってしまったのは、いつものちょっとした気まぐれだ



多分。



「なぁ、比奈子」


「……何よ」


「夏休みだし、どっか出掛けようか?」


「ん?」


「デートしよっか」


「はあ?」

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