幼なじみと桃
幼なじみと桃
◇◇◇◇
「……もういいかな?」
リビングで一人、キッチン用具を広げてレシピとにらめっこしていた私は桃が入っている容器にまだドロドロのゼリーを流し込んだ。
他の容器にも均等になるように流し込んでいく。
チラッと時計を見た。
午後2時前。
予定よりかなり時間掛かってしまったけど、夕方までには冷えるよね。
透明のボールに残っているゼラチンをヘラで集めていると、玄関で物音がした。
平日の昼間なのに誰が帰ってきたんだろう。
お母さんかな?
「おじゃましまーすっ!!!!」
えっ!!
まさかこの声は晋!?
なんで!?
まだ2時だよ!?
若干慌てる私を余所に、向こうでガチャッと音がした。
って、あのやろー!!
また部屋を勝手に開けやがったな!!
空っぽの私の部屋を見たらしい晋の「あれ?」という声がした。
焦りとムカつきを合わせた感情に、とりあえずその場をウロウロした。
そんな無駄な動きをしている間にリビングの扉が開いた。
「お、比奈子こっちにいたのか!!」
「ちょ…晋、あんたはいつもいつも!!」
「あれ?何作ってんだ?」
私の怒声も無視した晋は跳ねるように私の隣に並んだ。
そして机に並んでいる液体と個体の真ん中のゼリーを眺めた。
「へー、美味そう!!」
「ちょっと!!人の話聞いてる?てか、なんで今いるの!?学校は?」
「もう午前中授業だけだから。ちょっと友達と遊んでから帰ってきた!!あとは冬休みを待つだけだな」
「そう、おかえり……じゃなくて!!」
今のタイミングで来られても困るんだけど!!
片付けも終わってなくて、机はゴチャゴチャしてるのに。
予定が狂って少し不貞腐れ気味の私の隣で、晋はニヤニヤと私を見つめた。
「……何?」
「いやー……エプロン姿っていいよな」
「は?」
「いいよエプロン姿!!」
「普通のエプロンですけど?……発言がなんかオヤジ」
「おらおらエプロン捲ってやろうか!!」
「うぎゃー!!やめて変態!!」
「いやいや、冗談だから。マジで拒否りすぎな?つーか捲ってもその下は普通に服着てるじゃん」
「それでもなんか嫌だ!!」
わーぎゃーとジャレてる後に、晋が未完成のゼリーカップを一つ掲げて光にかざし、繁々と眺めた。
「ところで何?大学で、何か持ってくのに作ったん?」
「……」
「余ったら、俺にもくれよ?」
「……」
「……ん?」
「前に果物は食べれるって言ってたし、侑が『ゼリーならヒナ姉にも出来るんじゃない』って……」
「え?え?」
ボールを抱えたまま視線を晋から反らした。
そんなことしたところで赤くなっているだろう顔を隠せるとも思えないけど、晋を直視出来ない。
「だから作れば、晋が喜ぶかな……って」
「えぇっ!?俺!?」
むちゃくちゃ意外みたいな声を晋が出すから、余計に恥ずかしい。
「や…やっぱ私が何か作るのは変!?変じゃない!?」
慌てる私に、晋の顔はまさに鳩に豆鉄砲。
たとえ大好きなはずの豆でも、いきなり喰らえばビビるもんらしい。
私だって、晋に喜んでもらえる何かを頑張りたいっつの。
でも、ひ…引いてないよね?
少しおどけて笑ってみた。
「ははは…ビックリした!?」
「ビックリ……した」
「一応これ、『追試免れて良かったね』のお祝いゼリーってことだから。だから嫌がらず食べなさいよ」
そこで晋は太陽みたいな笑顔になった。
「食う!!つーか、すんげぇ嬉しい!!」
「わっ、バカ落ち着いて!!抱き付くな!!私まだ道具持ってるから」
「それは無理!!可愛い比奈子を目の前に落ち着いてられっか!!」
予想以上に喜んでくれて、私も嬉しいけど、恥ずかしい。
ひとしきり私をギューッとした晋はもう一度ゼリーを見た。
「もう今食べてもいい?」
「いや、無理だから。まだ固まってないよ」
「嘘!?マジで!?」
「私の予定では夕方に晋が来るだろうって思ってたのに、晋が急に来るから」
「えぇっ!?俺が悪いの?」
「まぁ、仕方ない。許してやろう!!」
「お前、誰だよ!!」
晋は楽しそうに笑うから、私も笑った。
晋がもう一度見たゼリーに「あれ?」と言った。
「ゼリーの底になんか入ってる?」
「うん!!桃入れた」
「え!?桃!?」
「え…桃ダメだった?」
「ダメとかじゃなくて、これ」
晋が一枚のビラを私に突き出した。
「さっき駅前でもらった」
「英会話教室?」
「そっちじゃなくて…」
晋が指差すビラの角にホッチキスで止められた飴玉の袋が付いていた。
ビラチラシのおまけらしいそれは桃味。
「すげー偶然だな!」
晋が嬉しそうにニコニコ笑うから、私はプッと吹き出した。
「それだけで偶然?」
「とりあえずゼリーのお礼で、このアメやるよ!!」
「あっそ、ありがとう」
さっそく貰った飴玉を口に含んだ。
そしたらすぐに晋からチュッと不意討ちを食らった。
今度は私が鳩に豆鉄砲。
「桃味」
そう言った晋は照れくさそうに笑った。
不意討ちはズルい。
晋との至近距離に心臓がペースを上げていく。
「ゼリーが出来るまで俺の部屋で待つ?」
晋は悪戯顔で私を誘う。
「……さて、片付け片付け」
「おい!!」
ケラケラと笑いながら私は用具達をキッチンへ運んだ。
そしてキッチンに置いてあった余った桃を見つけた。
リビングの椅子に座り、ムスッと頬杖付く晋の所へ戻った。
「比奈子のケチ!!」
「とりあえず片付け終わるまで、余った桃でも食べて待っててよ」
晋の目の前にお皿を置いて、桃につまようじを刺してやった。
晋は大人しく一つ取って、食べた。
「うん、美味い!!」
晋のいつもの笑顔に、桃一つで機嫌戻るとか可愛い奴だと笑いたくなった。
「なぁ比奈子!!」
「何?」
「俺らが今キスしたら、ものすごく桃味なんじゃねぇの?」
腕で私の腰を引き寄せながら、晋は楽しそうに言った。
楽しいだけじゃない、可愛いだけじゃない……ただの幼なじみじゃない彼氏。
私は頬を熱くしながら、呟いた。
「じゃあ…試してみたら?」
「うん!!」
飴玉が転がる。
桃の香りに晋と私の大好きが通う。
お互いに笑い合った。
明日もずっと君の虜に決まってる。
-fin-
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