第13話 涙のラベンダー



 ようやく泣きやんだラベンダーの目は、怒りに燃えていた。

  アニスはたじたじになり、ラベンダーの整った顔を見つめた。


(ねえ、いったい何があったの?)


 ラベンダーは無言で首を振った。


「今すぐ、出発するわよ」

(えっ?)


 アニスは驚いて口に手を当てた。


(でも、まだ夕食も食べていないのでしょ? それに夜は危険だと言ったじゃない」

「ここに居たくないの」


 ラベンダーは投げやりに見えた。


(ねえ、何があったかだけでも、話してくれないかしら)


 アニスが懇願するので、ラベンダーは、誰かに話せば少しは楽になるかもしれないと思った。

 ローワンの裏切り行為を全て話すと、胸がすーっと軽くなった気がした。反対にアニスの顔は真っ赤になり、ぎゅっと握りこぶしをした。


(なんて野蛮な! こんなに心の清らかで美しいラベンダーを放って、頭の軽い、胸の大きな女を選ぶなんて、なんて恥知らずなのっ)


 別れなさい! と、アニスが言った。


「え?」

(あなたにはもっともっと素敵な殿方がたくさんいるわ。そんな小物相手にあなたが苦しむなんて、時間の無駄よっ)

「でも、ローワンは妖精の王なのよ」


 今度はラベンダーがおどおどする番だった。アニスは勢いよく叫んだ。


(あなたと野獣はどちらが強いのっ?)


 野獣と呼ばれているとは、ローワンも思わないだろう。


「さあ……」

(見たところ、あなたの方が実力は上だわ)

「そうかしら……」


 ラベンダーは自信がなかった。ローワンは、ラベンダーのかけた魔法のドアをたやすく破ってしまうのだから。


 アニスは、ローワンの悪口をこれでもか、というくらい言っている。

 それを聞いていると、ラベンダーはなんだかワクワクしてきた。


 妖精の世界において、ローワンの悪口を言う者などいない。一人ぼっちだと思っていた自分に、かわいい味方ができた気がした。


「ありがとうアニス、もうそれくらいにして」

(まだ言い足りないくらいだけど、疲れてきちゃったわ)


 アニスが小さな舌をのぞかせた。二人はほほ笑んで額を合わせた。


(「出かけましょう」)


 ふたり同時に言って、にこっと笑顔になる。


「準備はできているの。ローワンが探しに来る前にここを出ましょう」

(わたしの体が、呼んでいるのを感じるわ)

「教えて、どうすればあなたを元の体に戻すことができるの?」

(わたしの肉体は殺されてしまったけれど、わたしの魂は生きている。体にうまく戻り、その肉体を突き破って生まれ変われば、わたしは復活することができる)

「肉体を突き破るの?」


 ラベンダーがぶるるっと震えた。


(でも、無事に復活できるかどうか。ラーラの書にはなんて予言されているの?)

「ラーラの書は……」


 ラベンダーは言葉を失った。言えない。先の未来を彼女は知ってはならない。

 ラベンダーは力なく首を振った。


「言えないけど、わたしの役割はあなたを助けることなの」


 アニスは、ラベンダーの気持ちをんで頷いた。


(分かったわ)


 ラベンダーは食料の入った袋を担ぐと、手を差し出した。光るアニスの手を握りしめる。

 その時、ドアをノックする音が響いた。


「ラベンダー」


 ローワンの声だ。ラベンダーは、彼の低い声を聞いて身震いした。怒りで体が震える。


(ラベンダー? どうするの?)


 アニスが心配そうに言う。


「大丈夫。ドアに魔法をかけたの」


 ラベンダーは、カーテンを開けて窓を開け放った。すぐさま浄化の呪文を唱える。

 自分とアニスの体に浄化の魔法をかけた。


 アニスは、ラベンダーに抱きついた。


「行くわよっ」


 二人は、窓の外へ飛び出した。

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