第2話 妖精の王ローワン
なんて可愛い少女なんだろう。
ラベンダーは死者の女の子を見てそう感じた。
彼女を助けてあげたい、と心から思った。
「今、助けてあげるわ」
ハシバミの杖を振り上げ、アニスの体を宙に浮かせた。
「こちらへ」
杖で呼び寄せ、自分の腕に抱えようとした。その時、
「やめろ」
と、背後で声がしてはっとすると、夫に両腕をつかまれた。熱い息が耳にかかる。
ラベンダーを包み込むほど大きな体で、力がある妖精の王だ。
肩につくかつかないほどの髪をなびかせ、背中の羽が力強く羽ばたいている。
「ローワンっ」
彼の声を聞いただけで、心臓が跳ね上がり息ができなくなる。
「何をするのっ」
「それはこっちのセリフだ。勝手に城を抜け出し、あげく、バカな真似をしてやがって」
「触らないでっ」
「黙れ、このわがまま娘」
睨まれて萎縮する。涙がじわっと盛り上がり、ラベンダーは口を噛みしめた。
掴まれた腕が熱く、じりじりしている。
「離して」
「おとなしくするのなら、離してやるさ」
ラベンダーが小さく頷くと、ローワンが手を離した。
アニスという名の少女は宙に浮いたまま、目をさまよわせていた。
ローワンは目の前にいる死者であるアニスを哀れんだ目で見た。
「死者はおとなしく浄化されるもんだ」
アニスはゆるゆると首を振った。
(わたしは死んでいないわ……)
弱々しい声に、ラベンダーは胸が痛んだ。
「待ってて、助けてあげるわ」
「お前は黙ってろ」
ローワンの厳しい言葉に、ラベンダーは目を吊り上げた。
「わたしに指図しないでっ」
「お前は俺の妻だ。お前に指図しないで、誰ができるっ」
ラベンダーは怒りで我を忘れそうになった。ハシバミの杖を握りしめた。
「よくも、よくも……っ」
「今、それどころじゃないだろ」
ローワンが大きくため息をついた。
「話は後で聞いてやるから、この死者を導いてやれ」
ローワンは、ひとさし指でラベンダーの顎を指ですくい、唇に親指を押し当ててくる。ラベンダーはまたもや体が熱くなって何も言えなかった。
バカにされて、情けない気持ちになる。
力を抜いたラベンダーを見て、ローワンはほっとした。
「お前にしかできないんだから、除霊してやれ」
(除霊などできないわ。言ったでしょ。わたしは死んでいないもの)
「残念だが、君は確かに死んでいる。死者の匂いがぷんぷんしているからな」
アニスはそれを聞いて目を見開いた。
(嘘っ。わたし死んだの?)
アニスは自分の両手を見て、それから髪の毛、顔、全身を確かめた。そして、ほっと息をついた。
(いいえ、あなたは嘘をついている。わたしは生きているわ)
ラベンダーは、彼女がかわいそうだと思った。
「ローワン、アニスを傷つけないで」
「アニス?」
「ええ、彼女はアニスと言う名前だそうよ」
「魔法使いだな」
アニスが頷いた。そして、自分は絶対に死んでいないと言い張った。
「魔法使いらしい言い分だ。死んでもなお、まだ力があると思ってやがる」
ローワンの汚い言葉に、アニスが目を剥いた。
(なんて口の悪い妖精なの。わたしは生きているの。お願いがあります。わたしを肉体へ戻す手助けをしてください)
「いいわ」
ラベンダーは、誰かの役に立ちたかった。
優しくアニスに手を伸ばすと、ローワンがそれを遮った。
「俺の妻に触ってはならない」
ラベンダーはむっとした。
「あなたの物じゃないの」
「いいや、俺の物だ」
ひどい言い草だ。
また、ケンカが始まりそうになって、アニスは慌てた。
(いいわ、触らない。わたしは穢れているみたい。それもこれも黒い魔女のせいなの。話せば長くなるんだけど……)
アニスの話をローワンは遮った。
「聞く必要などない。行くぞ、ラベンダー」
ローワンはラベンダーの腰をさらうと、顔をしかめた。
「お前は痩せすぎだと俺は何度言ったかな?」
「離してっ」
暴れるラベンダーを所有物のように扱い、ローワンが飛んで行こうとする。
アニスは焦った。
(待って、お願いです。わたしは、パースレイン王国の姫です。兄のノアがさらわれ、冥界の扉が開いてしまった。世界が滅びる鍵を奪われたのです。わたしは妹なの。あの日、わたしは剣で殺されかけたけど、なぜか、生きている。何か意味があると思うの。お願いよ、妖精の人たち、わたしを助けて欲しいの)
ラベンダーは、パースレイン王国という言葉をどこかで聞いたことがある気がした。すると、ローワンが呟いた。
「ラーラの書だ……」
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