第3話 ラーラの書



 ラーラの書とは、預言者ラーラが書いた書物だ。

 アニスの言葉はラーラの書に書かれていたことと一致する。


 ローワンはいつの間にかラベンダーを解放し、考える顔をしていた。


「……分かった。それが真実なら、まずは君を浄化して話を聞こう」


 ローワンが聞き入れてくれて、ラベンダーは心からホッとした。

 浄化はラベンダーの得意とする魔法だ。


「ラベンダー、頼む」

「ええ。もちろんよ」


 ラベンダーは頷くとポケットから、ラベンダーの花の守り袋を取り出した。手のひらに花のかけらを乗せるとそれをこすり合わせた。サラサラの粉になると、アニスに吹きかけた。

 薄紫のラベンダーのいい匂いに囲まれて、アニスが目を閉じた。


(とても気持ちがいいわ)


 アニスのうっとりした顔に満足して、ラベンダーがにっこり笑った。

 アニスはみるみるうちに浄化され、白く輝き、力が湧いてくる気がした。


(すごいわ、ラベンダー、わたしに何をしたの?)

「……何も。ただ、浄化しただけよ」


 ラベンダーも戸惑っていた。

 アニスの姿は、髪の毛は白に近い金色になり、肌もいっそう白くまばゆい。

 ラベンダーが手を伸ばし、彼女の手を包み込んだ。


(ああ、ほっとするわ)


 アニスが息をついた。とたんに、アニスはラベンダーの肩に頬を乗せて目を閉じた。


(少し……疲れたの)

「ええ、そうだろうと思ったわ」


 髪を優しく撫でてあげると、アニスがすうっと寝息を立てた。


「早く城へ戻りましょ」


 ローワンに言うと、彼はしぶしぶ頷いた。





 城へ戻り、すぐさまアニスを自室に寝かせると、ラベンダーはローワンに連れられて居間へと連れて行かれた。

 居間に入ると、継母が心配そうな顔で待っていた。

 

「ああ、ラベンダー」


 義理の母親、ガーデニアが駆け寄って、ふわりと抱き締めた。


「どこへ行っていたの? すごく心配していたのよ」


 ラベンダーは、継母ガーデニアの背中に腕をまわし抱き返した。


「お義母かあさま、ごめんなさい。少し外の空気を吸いに行っていたの」

「よどんだ空気を吸いに? 嘘を言わないで、ローワンのことで深く傷ついていたのでしょう」


 ガーデニアは、ラベンダーの本当の気持ちを知っているたった一人の味方だった。

 ラベンダーは嘘がつけず、小さく頷いた。


「ええ……」

「かわいそうに……」


 ガーデニアは、ラベンダーの薔薇色の頬に優しくキスをした。


「話を聞くわ」

「あの、お義母かあさま、先にお話ししたいことがあるの」

「なあに?」

「俺が話そう」


 ローワンの声に、ガーデニアがくるりと振り向いた。そして、軽くローワンを睨んで何か言おうとした。


「ローワン――」

「リリーオブはどこだ」


 ローワンは継母の言葉を遮って、義姉あねの名前を呼んだ。

 彼の口から義姉の名前が出ると、つきんとラベンダーの胸が小さく痛んだ。


「リリーならあなたの部屋じゃない?」

「……俺の部屋にいるはずがないだろう」

「そうだったわね」


 ガーデニアが肩をすくめる。その時、さらさらと衣擦れの音がして、義姉のリリーオブが現れた。豊満な体付き、白い肌にふっくらした唇をして、長いまつげの彼女は大きな目を瞬かせた。


「ああ、よかった。ラベンダーが見つかったのね」


 そう言うと、当たり前のようにローワンのそばによって彼の腕に手をかけた。


「おかえりなさい、ローワン」

「ただいま、リリーオブ」


 ローワンは、恭しく手の甲に唇を押し当てる。

 ラベンダーは目をそらした。自分に対する態度と比べたら、この二人の方が本当の夫婦に見えてしまう。

 リリーオブは満足そうに微笑むと、くるりとラベンダーの方は顔を向けた。


「ラベンダー、大丈夫? 黙ってお城を抜け出すなんて、危険だわ」

「ごめんなさい……」


 ラベンダーがしおらしく謝ると、リリーオブが首を傾げた。


「何かあったの?」


 リリーオブがソファに腰かけると、ローワンも隣に座り話し始めた。


「ラベンダーを追いかけて外へ行ったら、やっかいな魂を見つけたんだ」

「やっかいな魂ですって?」


 リリーオブが弾んだ声でクスクス笑った。ローワンがその手を重ねて、こら、と諭す。


「それで?」

「魂の正体は、ラーラの書にある世界崩壊の危機を食い止める王女だった。さまよう魂は元の肉体に戻さねばならない。だから、俺は予言通り、王女の亡骸を探す旅に出るよ」

「まあ、ローワン……」


 リリーオブの瞳がうるんだかと思うと、彼の首にかじりついた。


「わたしを置いて行くの?」


 おほん、とガーデニアが咳をした。


「リリー、何度も言っているけど、ローワンは、ラベンダーの夫なのですよ。なれなれしすぎます」

「気をつけますわ、お母さま」


 リリーオブはそう言ったが、ローワンの肩に柔らかな茶髪を乗せて目を閉じた。

 ラベンダーは、はあっと大きくため息をついた。


 何を言ってもダメなんだから。だから、城にいたくない。

 ラベンダーはこれ以上、夫と義姉が仲良くするところを見たくなかった。


 

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