第4話 美人の親子



 リリーオブは、継母ガーデニアの実の娘だ。

 彼女たちはよく似た親子で、豊満な体付きに明るい声を持っている。髪の色は二人とも茶色だ。ラベンダーとは真逆の美女だった。


 ラベンダーの母親が亡くなり、妖精の王である父は後妻を娶った。二人とも外見は美しいが、ラベンダーほど魔法は使えない。

 初めの頃は、二人とものんきでおっとりしていたので、ラベンダーはすぐに好きになった。しかし、二人が来て間もなく、婚約者であるローワンは、リリーオブの虜となり、二人が物陰で抱きあう姿を見てからラベンダーの心は砕けた。

 泣いているラベンダーを癒やして優しく包んでくれたのは、義母のガーデニアだった。

 ガーデニアは、いつもラベンダーを気にかけ、リリーオブがなるべくローワンと二人きりにならないよう手伝ってくれたが、愛する者同士は惹かれあう運命なのだろう。ラベンダーは、二人が共にいる姿を何度も目にした。



 ラベンダーは夫に対する怒りを鎮めようと深呼吸をしてから、アニスのことを思い浮かべた。彼女は今、ラベンダーのベッドですやすや眠っている。

 しかし、目の前にいるローワンの話を聞いているうちに、ラベンダーは腸が煮えくりかえりそうになった。


 わたしを放って、勝手なことを言っているわね。

 いいわ、こうなったら、ローワンより先にアニスの体を見つけて、彼女を生き返らせて見せるわ。


 ラベンダーは立ち上がると、三人にお辞儀をして部屋を出て行こうとした。


「どこへ行く、ラベンダー」


 鋭い声でローワンが言った。ラベンダーは振り向いて、ローワンを睨んだ。


「アニスが心配なの」

「アニスとは誰なの?」


 ガーデニアが不思議そうに聞いた。


「先ほどお伝えしたやっかいな魂の名前です。ラーラの書に出てくるパースレイン国の王女でアニス姫だ」


 この継母は、ラーラの書と聞いても何のことか分からないだろう。

 ガーデニアは本を読むような女性ではなかった。もちろん、リリーオブもそういうたぐいのものは一切、読まない。ロマンスのお話なら、お手の物だったが――。


「その姫は美しいの?」


 リリーオブの目がきらりと光った。

 それを見てラベンダーは答えずにそのまま部屋を抜け出した。

 ローワンの慌てふためく姿など見たくもない。


 今度は咎められることもなく部屋を出ることができた。

 ラベンダーは部屋に戻り、鍵をかけた。

 これでローワンは勝手に入ってこられまい、とにやりとする。


 ローワンは、リリーオブに夢中になりながらも、妻のことも諦めきれないらしい。すぐに追いかけてきて部屋に入ろうとする。だから、ラベンダーは、これまでにもローワンを追い返す魔法を使った。しかし、ローワンも負けてはいない。

 だから、今回はまた一味違った魔法で彼を試すことにした。


 ラベンダーはベッドに駆け寄った。アニスは光ったまま眠っている。


「なんて、かわいいの……」


 年は自分と変わらないのに、愛らしい寝顔にきらめく髪の毛、か弱そうな姿はじっと見つめていたい。今は閉じられているが、薔薇色の唇に深い緑の瞳はきっと美しいはずだ。


(ん……)


 アニスが目を覚ました。


「起きたの?」


 ラベンダーが囁くと、アニスはにこっと笑った。


(夢かと思ったけど、あなたの顔を見たら、これが現実だと気付いたわ)

「何か夢を見たの?」

(わたしの体が呼んでいる)

「どこにあるの?」

(アレイスター城よ)


 ラベンダーは口を開けた。


「アレイスター? まさか、アレイスターにあるの?」

(ええ、そうよ)


 ラベンダーは大きくかぶりを振った。


「そこには行けないわ」

(なぜ?)


 アニスは大きく伸びをして、事の大きさに気づいていない。


「アレイスターには、邪悪な魔法使いがいるもの」

(まさか)


 アニスがくすっと笑って、体を起こした。


(わたしの友達がいるの。彼女は王女なの)

「ローズ姫?」

(知っているの?)

「ええ、知っているわ」


 悪魔のローズ姫。

 東には悪魔が棲んでいると言われている。


「ローズ姫を見ると、息ができなくなるって」

(ローズは魔法も使えないおっとりした姫よ。何かの間違いじゃない?)

「これまでアレイスターに行った者はいないの。みんな、伝説を恐れて行かないわ」

(困ったわ。無理を承知でお願いするわ。近くまででいいの。アレイスターの近くまで連れて行って)


 ラベンダーは悩んだ。まさか、アニスの体がアレイスターにあるとは夢にも思わなかった。


(ここからどれくらいあるの?)


 アレイスター城までは、距離はそう遠くない。

 アニスの肉体がそこにあるというのなら、連れて行ってあげたい。

 ラベンダーは決意した。


「いいわ、連れて行ってあげる。早い方がいいわよね」

(ありがとう)


 アニスは涙ぐんだ。


「泣かないで」

(ええ)


 アニスは笑顔を見せた。きっと心細いはずなのに。

 ラベンダーは明日の朝一番に旅立とうと思った。


 ローワンよりも早く城を出るのだ。夜は危険がいっぱいなので早朝に出よう。

 そう言うと、アニスは真剣な顔でこくりと頷いた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る