第31話 ラベンダーの選択
ドアを開けると疲れた顔のローワンがいた。彼は何も言わないのに中へ入った。
「起きて大丈夫なのか?」
「なぜ?」
ラベンダーは苦しげに声を出した。ローワンが眉をひそめた。
「なぜ、ここにいるの? リリーオブは心配じゃないの?」
「自分の妻を心配するのがそんなにおかしいか」
「いいえ……」
ラベンダーは首を振った。
「ラベンダー」
ローワンが手を伸ばし、そっと肩を抱いた。背中に腕をまわされ抱き締められる。
「早く国へ戻ろう。ここにいてはお前の体は弱るばかりだ」
ラベンダーはドキドキしながら、ローワンの体に手をまわした。
「アニスが心配なの」
「くそっ」
ローワンが体を離した。
「いいかげん、あの魔女の事を言うのはやめろっ」
「でも……」
「明日の朝、一番にここを出るからな」
ローワンはいらいらして見えた。彼はラベンダーから離れると、ソファにどっかりと座った。
「俺たちの役割は終わったはずだ」
ラベンダーは一瞬、ローワンは「ラーラの書」の続きを知らないのだろうかと思った。
ローワンはため息をついて、背もたれに体を押し付けるとラベンダーを見つめた。ラベンダーは今まで逃げてきた真実を明らかにする時が来たのだと思った。
胸が苦しくて、息をするのがやっとだった。一言、声を出せば全てが一変して終わる気がした。しかし、今しかない。
ここはアレイスター国で、ついに冥界の扉が開いたのだ。時間が迫っている。
「ローワン……」
「ああ」
ローワンはむすっとしたまま、椅子の上で長い足を組んだ。
「なんだ?」
「なぜ、リリーオブまでここに連れて来たの?」
ローワンがぐっと唇を噛みしめた。
「お前の魔法のせいだ」
「どういうこと?」
「俺がお前の部屋を開ける前に、リリーオブが先に開けたんだよ」
「まあ……」
ラベンダーは口を押さえて驚いた。
「じゃあ……」
「あいつは厄介な場所へとテレポートした。そして、俺まで巻き添えを食った」
どこへ飛んだのか想像がつく。
リリーオブはきっとローワンの寝室へとテレポートしたのだ。
ラベンダーは怒りよりも、情けなさに涙が出そうだった。
「そうだったの……」
「ラベンダー、いい加減に俺に魔法を使うのはよすんだ。おかげで助けに来るのが遅くなった」
「頼んでないもの……」
かわいくないと思ったが、口が勝手に動く。ローワンは表情を硬くした。怒鳴るかと思ったが、彼は何も言わなかった。気まずい雰囲気が漂い、ラベンダーは胸がざわざわした。
「ねえ……」
しかし、ローワンはラベンダーの言葉を遮った。
「ラベンダー、少し休んだ方がいい。魔法使いも言っていた。俺もここで一緒に休むから」
「ローワン、どうしてわたしと結婚したの?」
ローワンの顔はこわばり、押し黙った。ラベンダーはもう一度、口を開こうとした。だが、ローワンの怖い顔を見て口をつぐんだ。
「それを聞いてどうするんだ? 俺がなんて答えるのか、お前は分かっているんだろう」
「いいえ」
ラベンダーは困惑した。
「分からないから聞いているんじゃない」
「お前が妖精の女王だからだ」
ローワンは当たり前のように答えた。
ラベンダーは目を閉じた。指先が震え、お腹が冷たくなる。
そっか。彼はわたしを愛していなかったのだ。
ラベンダーはぼんやりとベッドに腰かけて、夫の顔を見つめた。口を開かなければいいのに、魔法にかけられように勝手に口は動く。
「誰でもよかったの? 女王であれば、誰でも?」
「そんな卑怯な言い方はやめてくれ。女王の資格を持つものはお前しかいないじゃないか。俺は妖精の王となるべき男だ」
「そうね……」
気がつくと、ローワンが立ち上がって目の前に立っていた。彼は苦しそうな顔をしていた。
「ラベンダー」
手を伸ばし、頬を撫でる。
「体が冷え切っている」
ラベンダーには抵抗する気などなかった。ローワンの指先はかたくて力にあふれていた。ローワンは強くラベンダーを抱きしめたが、力を弱めて頬にキスをした。
彼女が抵抗しないのを見て抱き上げると、ベッドの真ん中にラベンダーを寝かせた。頬を寄せて唇にそっと触れられる。
ローワンの重みを感じた。彼は自分を抱こうとしている。ラベンダーは抱きしめる彼の手を感じながら目を閉じた。彼は従順な妻を欲しがっている。何も抵抗しない。女王の血筋を持った女を。
涙が頬を伝った。
「どうして泣いている?」
不意に手が止まり、ローワンが困惑した声を出した。
「いいえ……。続けて、ローワン……」
ラベンダーは息が止まりそうなほど苦しい気持ちを隠してローワンに従った。
ラベンダーにとって生まれて初めての経験だ。そして、これが、最後の経験となることを彼女は選んだ。
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