第30話 恐れていたこと



 恐れていたことが現実になってしまった。

 サマークイーンとは南の領地シヴァ国を支配する王女を指す。実はラベンダーの両親は特殊な結婚をしていた。ラベンダーの母親がサマークイーンの娘だったのである。

 妖精の王である父は、皇太子の頃、南の領地シヴァへ行った時、女王の娘である母を見初め、妖精の国へと連れ帰った。妖精の女王となった母はラベンダーを生んで間もなく亡くなってしまった。その後、ラベンダーは選択を迫られた。

 サマークイーンとなるか妖精の女王となるか。ラベンダーは妖精の女王を選んだ。理由はローワンがいたからである。

 妖精の王となる者は血筋でなく、たぐいまれな力と跳躍する羽、知性と魅力を兼ね備えた者が王となれる。王の資格を得ようとした者は他にも数名いたが、その中で一番すぐれていたのがローワンだった。

 ローワンとは幼い頃から一緒に城で育ち、ラベンダーは彼が王になってくれたら、とずっと願っていた。そして、希望通り、彼をしのぐ者はこの国にはおらず、彼は絶対の力を持って王となった。


 父は、母が亡くなった後、国王を退位してローワンが新国王となった。

 幼い頃からローワンを見つめ、彼と結婚できる自分が誇らしく幸せだった。しかし、国王である父はいつしか母を忘れ、新しい母親を連れてきた時に幸せは終わった。


 リリーオブに特殊な力はない。しかし、リリーオブは血が繋がっていないとはいえ、父親が選んだ継母の娘である。もし、ラベンダーがサマークイーンとなれば、リリーオブが次の妖精の女王となるのだろうか。


 ラベンダーは頭が痛くなってきた。一人で考えるには大きな問題だった。

 サマークイーンとなれば、アレイスターを正しい道へと導くことができるかもしれない。けれど、そうなれば妖精の国を捨てなければならない。

 ローワンと別れる。

 ラベンダーは魂が抜けてしまったかのように肩を落とした。

 ローワンとの仲はすっかりとこじれている。自分が悪い事は理解していた。嫉妬して勝手に怒っているのはラベンダー自身なのだ。


 ラベンダーは顔を押さえた。


「アニス……」


 助けて、とラベンダーは小さく呟いた。


「わたし、どうしたらいいの?」


 一人ごちながら、アニスもまた苦境に立たされている事も理解していた。ラベンダーは、アニスの未来を知っていた。

 ラーラの書にはこう書いてあった。


 ――サマークイーンが復活すれば、ウインタークイーンも復活する。


 もし、ラベンダーがこのタイミングでサマークイーンを選んだら、ちょうど今、復活しようとしている魂がある。

 偶然ではない。

 アニスはきっと、ウインタークイーンとなるのだ。


 温かい南の国を支配するサマークイーン。

 一方では、光りの入らない氷に閉ざされた北の領地ファールーフ国を支配するウインタークイーン。


 母は一人娘だったと聞いている。その後、南の領地には女王は不在だと聞いている。北の領地については情報は何ひとつ知らない。

 アニスが北の女王となれば、アニスは閉ざされた氷の世界へと追いやられてしまうのだ。

 ラベンダーは苦しんだ。

 アニスのそばにいた男性。彼女には愛する男性がいるようだった。

 フェンネルのそばにいた人間の魔法使い。彼は真実を知らずにアニスの復活を願っている。


 アニスを救い、みんなが幸せになれる道はないのだろうか。

 ラベンダーは唇を噛みしめた。その時、ドアをノックする音にハッと顔を上げた。


「ラベンダー」


 ローワンの声だ。

 ラベンダーは早鐘を打ちはじめた胸を押さえ、深呼吸をした。


 ――大丈夫よ。

 自分に言い聞かせて立ち上がる。

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