第29話 アレイスターの未来



 アニスは、今をなくすのが恐ろしくてたまらなかった。しかし、前へ進まないと始まらない。

 アニスは、もう一度ジョーンズを振り返った。彼に触れたかった。


(ジョーンズ……)

「アニス、必ずもう一度会えるから、その時また、たくさん思い出を作ろう。僕は待っているから」

(うん。ありがとう……)


 ラベンダーにもお礼を言いたい。


「アニス、待っているわ。忘れないから、心配しないで」

(ありがとう)


 アニスは、ごくりと喉を鳴らすと、白い物体へと歩いて行った。近づくにつれ、力を感じられる。その時、繭から白い糸が伸びてきた。


(あっ)


 アニスは後ずさりしたが、糸は自分を引きずり込もうと伸びてくる。ぱくっと繭が開いて、中へ取り込まれた。糸が絡んで息ができない。アニスは水の中でもがくように、手を上げて助けを求めた。


(ジョーンズっ)

「アニスっ」


 ジョーンズの声が聞こえた気がしたが、繭はしっかりと閉じられてしまった。


「フェンネルっ」


 ジョーンズが振り向くと、フェンネルも怖い顔で見ていた。


「アニスは本当に大丈夫なんだろうなっ」

「……ああ」


 あの繭は彼女に反応した。必ず中にはアニスの肉塊が入っているはずだった。しかし、今までの復活とは少し違う。

 フェンネルは自分の腕にいるアレイスター城主を見つめた。


「さて、次の問題はアレイスターだな」

「え?」


 フェンネルは、くるりと振り向くと妖精の女王を見つめた。彼女は今にも倒れそうで青白い顔をしている。


「ナーダス」

「はい」

「妖精の女王をお助けしよう。だいぶお疲れのようだ」


 ローワンがびっくりしてラベンダーを見つめる。その瞬間、糸が切れたようにラベンダーがふらりと傾いた。隣にいたナーダスがすぐに受け止める。


 ローワンは自分が助けたかったが、まだ、眠っているリリーオブのせいで何もできなかった。


「おい、乱暴に扱うんじゃねえぞ」


 ナーダスは、冷たくローワンを一瞥した。


「君に言われたくない」

「ナーダスは城へ戻り、彼女を介抱して差し上げろ。わたしとジョーンズはここに残る」


 ラベンダーは、ナーダスの腕の中でフェンネルの声を聞いていた。口を動かしたが、うまくいかなかった。


 アニスのそばを離れたくない。しかし、揺られながら、自分の体は城へと連れて行かれたのが分かった。


「後少しの辛抱だから」


 ナーダスが優しく声をかけてくれる。ラベンダーは小さく頷いた。


「少し眠った方がいい」

「重いでしょ?」

「いいや」


 ナーダスが笑う。ラベンダーは穏やかな気持ちになれた。

 ローワンはどうしたのだろう。いつもなら、他人に触らせないのに。そう思った所で、リリーオブがいるからだわ、と思いだした。


「ありがとう……」


 ラベンダーは呟いて目を閉じた。


 次に気がついた時には、ラベンダーはベッドの中にいた。

 だいぶ気分がいい。


 起き上がって周りを見渡した。見知らぬ部屋だったが、清潔に整えられたシーツに、誰かが着替えをさせてくれたのだろう。淡い空色のリネンのナイトドレスを着こんでいる。

 ラベンダーはマットレスに手を突いて起きあがった。窓辺に近寄り、カーテンを開けて外を見ると真っ暗だった。

 眠ってしまったらしい。アニスはどうなったのだろう。

 気になって仕方なかったが、今、動いてもただの足でまといでしかない。


 力が弱っている。


 ラベンダーは肩を落としてベッドに腰かけた。しかし、力がないからといってアニスを放っておくわけにはいかなかった。自分にできる事があれば何でもしたい。

 顔を上げると、窓の外をコツコツと叩く音がする。ラベンダーはびくっと肩を揺らした。


「誰?」


 おそるおそるカーテンをめくると、白いフクロウが旋回をしている。


「あら」


 ラベンダーは声を弾ませて、すぐに窓を開けた。白いフクロウが中へ飛び込んできた。


「なんて綺麗なの。あなたは誰かの使い魔ね」


 すぐに普通のフクロウではないことに気付いた。


「ああ、あの白い魔法使いの使い魔だわ」


 フクロウは頷いて、ベッドのヘッドボートに止まった。


 ――わたしは、エルダー。


 彼女の言葉が心に響いた


「初めまして、エルダー」


 ラベンダーはにっこりとほほ笑んだ。


 ――フェンネルの伝言です。


 瞬間、ラベンダーは顔をこわばらせた。


 ――アレイスターの未来は、あなたの選択にかかっています。


「ああ……」


 ラベンダーはもう一度、意識を失いそうになった。ふらふらとベッドに座り込む。


 ――大丈夫ですか?


 エルダーがそっと羽ばたいてラベンダーのそばに降り立った。

 ラベンダーはかすかに頷いた。


 ――アレイスターを正しい道へ導くことができるのは、サマークイーンのみ。あなたには選択することができます。妖精の女王でいるか、サマークイーンとなるか。


「妖精のままでは、アレイスターを育てることができないのね」

――はい。


 エルダーは頷いた。ラベンダーは頭を押さえた。


「北の女王と南の女王は今も不在だと聞いているわ。もし、わたしがサマークイーンを選べば、ウインタークイーンも誕生するわ。誰か候補がいるの?」


 エルダーは首を振った。


 ――わたしにできる事は、このことを伝えるだけです。


 エルダーはそれだけ言うと、さっと翼を広げた。空いた窓から再び外へと飛び去る。ラベンダーは茫然とそれを見送った。


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