第28話 再会



 アニスは信じられない思いで口を押さえた。


(ジョーンズ……なぜ……?)

「アニスっ」


 ジョーンズが駆け寄って来てアニスを抱きしめたが、実体がないためするりと抜けてしまった。しかし、ジョーンズはすぐにアニスの消えかかった手をそっと握った。


「アニス、よかった。無事だったんだね」

(ジョーンズ……、わたしを許してくれるの?)

「何を言っているんだ」


 ジョーンズは、アニスの目じりにたまった涙をぬぐおうとした。

 アニスは触れられてもいないのに、ジョーンズの温かさが伝わった気がした。

 ジョーンズを見つめていると、彼が以前とまったく違う姿をしていることに気づく。


(ねえ、あなたどうしちゃったの?)

「何がだい?」


 ジョーンズがくすっと笑う。


(前に会った時と雰囲気が違うもの)

「僕も話せば長いけど、アレイスター城主のおかげでこうなった」

(え?)

「アニス」


 フェンネルの声に、二人ははっと振り返った。


「今はそれよりもアレイスターをどうにかせねばならない。どうやら厄介な事になったらしい」


 ラベンダーが抱いている赤ん坊を見て、フェンネルは顔をしかめていた。


「妖精の女王よ、彼を返してほしい」

「でも……」


 フェンネルは、ラベンダーの言葉を遮った。


「殺さないと約束する」

「本当ですね?」

「ああ」


 フェンネルは頷いた。


(ラベンダー、お師匠さまは決して嘘は言わないわ)


 アニスが背中をさすると、ラベンダーは一瞬、悲しげな表情を見せて俯いたが、顔を上げてフェンネルに赤ん坊を差し出した。


「ありがとう」


 フェンネルは、赤ん坊をそっと受け取りながら息を吐いた。


 ――さあ、かなりまずいことになった……。


 その呟きは誰にも聞こえなかった。しかし、フェンネルは、気を取り直すとアニスに向き直った。


「アニス」

(はい)

「次はお前の番だ」

(は、はい)


 アニスは緊張のあまり足が震えた。


(怖いわ……)


 みんながいてくれているのに体が震えている。ラベンダーがそっと手を握った。


「何があっても助けるから」

(ありがとうラベンダー)


 マーメイドは、フェンネルの手の中の赤ん坊をじっと睨んでいたが、大きく息を吐いて道を開いた。


「さあ、わたしについてきて」


 リリーオブはまだ意識を失っていた。


「まったく……」


 ローワンは息を大きく吐き出すと、軽々とリリーオブを抱きあげた。アニスはラベンダーを見たが、彼女は無表情だった。

 アニスは胸騒ぎを感じた。

 彼女をこれ以上、苦しめたくない。自分に力があれば、リリーオブを来させたりはしなかったのに。悔しくて唇を噛みしめる。


「早く行くわよ」


 マーメイドが促し、ぞろぞろとみんなが池の中へと入って行った。マーメイドの力だろうか、池の中は澄み切った美しい水へと変わっている。

 アニスは青い水の中を漂いながら、自分の体が近くにあることを感じていた。水から顔を出すと、そこは深い森だった。先ほどの場所とは別の所につながっている。

 空間移動をしているのだろう。つまり、マーメイドの棲みかには彼女がいないとたどり着けない。誰も何も言わずに歩いて行く。リリーオブの寝息が聞こえた。なんだか、気持よさそうな顔でローワンの胸に顔を押し付けている。

 アニスは顔をしかめて、本当に彼女は眠っているのだろうか、といぶかしんだ。


「ご主人さま」


 少女の声がしてアニスが顔を向けると、銀色の髪の毛の少女がいた。

 地面に届きそうなほど髪の毛が長く、珍しい灰色の瞳をしている。美しい少女は、アニスを見ると白い頬を赤らめた。


「アニス王女」


 少女は、アニスのそばに寄るとお辞儀をした。


「わたしはエヴァンジェリンと申します。ジョーンズ様の使い魔でございます」

(使い魔?)


 アニスはきょとんとしてエヴァンジェリンを見た。


(使い魔?)


 もう一度呟いて、ジョーンズを見る。


(ジョーンズは魔法使いなの?)

「説明している暇はない。エヴァンジェリン、向こうへ行っていろ」

「はい、ご主人さま」


 エヴァンジェリンは寂しそうにアニスを見つめると、後ろに下がった。

 アニスは、混乱しながらエヴァンジェリンを見つめてから、背後にある物体に気がついて目を見開いた。

 大きくて白い繭のような物がある。


(お師匠さま……)


 すぐにあの中に自分の肉体があることを悟った。

 フェンネルは頷いた。


「アニス、ここからは一人で行ってもらうよ」

(わたしも赤ん坊になるんでしょうか)


 フェンネルは答えなかった。

 ジョーンズがそばに立っている。


「アニス」

(ええ……)


 アニスは大声で泣きたくなった。


 記憶は? 生まれ変わったら、もう一度、初めからやり直さなくてはいけないの?

 ジョーンズのこともみんなのことも忘れてしまうのだろうか。


「アニス」


 フェンネルが静かに言った。


「心配しなくていい」

(お師匠さま……)


 怖かった。


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