第12話 甘いワインの味



 ワインを勧められて、何口か飲むうちに体が熱くなってくる。汗が出てきて、首筋をぱたぱた仰いだ。

 涙を拭いて、ラベンダーはクスッと笑った。


「お義母さまったら、わたしを酔わせるつもりですね」

「何があったのか察しがつくからよ、娘がまたあなたを傷つけたのね」


 ガーデニアはそう言うと、ラベンダーの髪を優しく撫でた。優しくされると涙が出そうになる。


「違います。ローワンが裏切ったのです」


 ラベンダーはそう言ってから首を振った。


「もうやめましょう。思い出したくないのです」

「ローワンは何をしたの?」


 ラベンダーはためらった後、胸を押さえた。思い出すだけで、胸が締め付けられそうになる。


「リリーオブと……、抱き合ってキスをしていました」

「まあ……」


 ガーデニアの顔がさっと青ざめ、口を押さえた。


「またなの? あれほど注意したのに」

「え?」

「わたしは娘にローワンには近づくなと忠告したのです。もし、ラベンダーを裏切る行為があれば、城を追い出すとも脅したのよ」

「だったら……」


 ラベンダーはすくっと立ち上がった。


「リリーオブは、お義母さまの言うことを聞いたのよ。裏切り者は、ローワンだわ!」

「どこへ行くの?」

「部屋へ戻ります。少し、酔ったみたい」


 ラベンダーは袋を手に持つと、ゆらゆらとドアの方へ歩いて行った。ガーデニアは慌てて追いかけた。


「大丈夫? お顔が真っ赤よ」


 ガーデニアは、ラベンダーの頬をそっと撫でた。火照っていた顔に冷たい手が触れて、ラベンダーは気持ちよくて目を閉じた。


「だいぶ、酔ったみたいですわ。でも、大丈夫よ」


 ラベンダーがにこっと笑って廊下へ出る。壁に手を突いて歩きながら、今夜はいつも以上に酔ってしまったみたい、と思った。

 夕べもワインをごちそうになった。

 まさか、二日続けて、義母は誘ってくるとは思っていなかった。


 ガーデニアの用意するワインは甘い香りのきつい物が多かったが、たまに、ぴりっと辛いワインもあった。今までに何種類のワインを飲んだか知れない。

 どれも違う味がして、どうやって集めているのか不思議だ。


 今日のワインはとびきりアルコールが強かったらしい。酔いが覚めず、ふらふらしていると、ふと、窓際のカーテンが揺れているのに気付いた。


 目をやると、カーテンの隙間からオレンジ色のスカートが見えている。スカートの間にはたくましい男の足が挟まれてあって、がっしりと相手を抱きしめて見えた。

 ぼんやりとしていたラベンダーは、瞬時に何が起きているのか悟った。


 あっと悲鳴を上げそうになって口を押さえた。

 リリーオブの嬉しそうな歓喜の笑い声が響く。

 ラベンダーは、全身から汗が噴き出すのを感じた。めまいがしそうになる。


「ローワン……」


 呟くと、カーテンからローワンの姿がふらりと現れた。

 その腕の中には、リリーオブがいる。彼女は胸元の開いたドレスを着ていて、ローワンがまるでもたれかかるような姿勢でいる。

 ラベンダーは口を押さえた。


「ラベンダーっ?」


 リリーオブが気づいて、少し乱れた髪の毛を整えた。唇が濡れている。

 ラベンダーは後ずさりした。

 ローワンはひとことも言わず、ラベンダーを見ると目を伏せた。


 ラベンダーは何も言わず逃げ出した。心臓が破裂しそうだった。

 部屋に駆け込むと、アニスが鏡の前に座って髪をとくブラシを睨みつけていた。

 ラベンダーに気づいて振り向く。


(どうしたの?)


 ラベンダーは部屋に入るなり袋を投げ出して床にうずくまると、わーっと泣き始めた。アニスはおろおろとラベンダーの周りを浮遊した。


(ラベンダー、どうしちゃったの?)


 ラベンダーを見ていると、アニスも一緒にもらい泣きしそうだった。


(泣かないで、ねえ、いい子だから)


 ラベンダーを抱きしめようと思ったが、アニスにはできなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る