第11話 アレイスター城へ出発する前に
早朝にアレイスターへ出発する約束をしたラベンダーは、食料を調達するため、厨房へと向かった。
妖精といえども何も食べないわけではない。日持ちするチーズやビスケット、ドライフルーツたっぷりのミンスミートパイがあれば旅は楽しくなるだろう。
厨房では、料理長とその助手が、夕食用のパイの生地を練っていた。
二人とも女性で、料理長は年配で背が高く痩せている。対照的に助手はぽっちゃりとして料理長よりずっと若い。
二人はおしゃべりに夢中で、この調子で間にあうのかしらと、ラベンダーは顔をしかめた。
澄ました顔で厨房に入ると、料理長がハッとして口を閉じた。
「ラベンダー様、どうしたんです?」
二人は夕食前にラベンダーが来るとは思ってもおらず、戸惑っていた。
「お腹が空いたの」
「え? お腹が空いたんですか?」
「ええ、そうよ」
いつも多くは食べないラベンダーの発言とは思えず、二人はびっくりした。
「チーズとミンスミートパイ、それからパンにビスケットが欲しいの」
料理長は口を開けて何か言おうとしたが、ラベンダーが手を上げて制した。
「何も聞かないで」
「でも、ラベンダー様……」
「いいから、ここに入れて頂戴」
料理長はしぶしぶ、できたてのパイとビスケット、チーズ、パンを入れた。
「ウッディ様に叱られます」
料理長は小さな声で呟いた。
ウッディとは執事のことで、彼が城の管理を全て把握している。保存食ひとつでも欠けると、目を吊り上げて、犯人は誰だと探し始めるのだろう。
ラベンダーは確かに面倒だなと思った。
「今からわたしがもらった分を作ることはできない?」
「無理ですよ。余分な材料はありませんから」
材料の隅々まで管理してあるらしい。
泣きそうな二人を見て、ラベンダーは困ったわ、と小さく首を傾げた。
「仕方がないわね」
ラベンダーは肩をすくめると、ハシバミの杖を取り出した。一振りすると、部屋の中いっぱいにリンゴみたいな匂いが漂った。
カモミールの花のハーブを振りまくと、二人は香りを吸って机にうつぶせになると眠ってしまった。
「わたしが来たことは黙っていてね」
ラベンダーが厨房を出て部屋に戻っていると、ガーデニアが前から歩いてきた。
「お義母さま」
ラベンダーは、さっと食べ物の入った袋を後ろに隠した。
「ラベンダー、探していたのよ」
「どうしたんですか?」
「約束したじゃない。新しい赤ワインが手に入ったら、一緒に飲みましょうって」
ガーデニアはワインが大好きで珍しいワインを探してきては、一緒に飲もうと誘ってくる。
ラベンダーは、今夜はワインを飲む気分ではなかったが、義母に誘われると断れなかった。
「はい、お義母さま、喜んで」
にっこり笑うと、
「あら、それは何?」
と、目ざとくラベンダーの持っていた袋を見つめた。
「これは、アニスに食べさせようと思っているものですわ」
「ああ、ララの書に書かれているやっかいな王女ね」
「ラーラの書ですわ、お義母さま」
ガーデニアは、ラベンダーの手を取ると、優雅に歩き始めた。
「甘めの赤ワインだけど、あなた好きよね」
「ええ」
辛いワインは苦手だが、甘ければ飲みやすい。
「香りがとてもいいのよ」
部屋に入り、ガーデニアお気に入りのソファに座った。ロココ調の三人掛けで、淡いピンク色のファブリックに花をちりばめた刺しゅう模様のかわいらしいソファだ。ガーデニアはいそいそとワインをワイングラスに注ぎ、差し出した。
ラベンダーはステムを取って、ワインの香りを楽しんだ。熟成させた匂いよりも、若い葡萄の香りが強い。口に含むと甘い花の味がした。
「おいしいですわ」
「喜んでくれると思っていたわ」
ガーデニアが座って、同じように味わった。
「さあ、話して」
「何をです?」
ラベンダーはきょとんとする。
「何をって、あなたがなぜ城を抜け出したのかよ」
ラベンダーの顔が曇った。鼻がつんとしてくる。
思い出したくもないのに、夕べ、夫とリリーオブが口づけを交わしていた場面を思い出した。
「あらあら」
ガーデニアが、ハンカチを差し出した。
ラベンダーは涙を拭いた。
「さあ、もっと飲みなさい」
ガーデニアがワインをついでくれる。ラベンダーは、もう一口飲んだ。
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