第10話 魔法使いの残骸



 ジョーンズは言われた通り、闇の中、地面に横たわって目を閉じた。地面は冷たい。


 ジョーンズは、次第に両手両足がずっしりと重くなったように思えた。ぐっと目を閉じて、鼻から息を吸うと大きく息を吐いた。

 瞼が重たい。すぐに眠れそうだ。


 ジョーンズの体はまだ癒えておらず、安らぎを求めていた。

 アニスのことを思い描いた。

 ジョーンズは、膝にアニスを乗せて彼女の髪を撫でていた。柔らかくていい匂いがする。彼女が振り向いてほほ笑んだ。指を絡めると、アニスの指は細く貝殻のような爪を持っていた。

 アニスに指輪をプレゼントしなくては。


 目を閉じて、ジョーンズの妄想の中でアニスが笑った。


(アニス……)


 アニスの名前を呼んだ時、ジョーンズは急に体が動かないことに気付いた。


(くっ)


 もう一度、腕を持ち上げると今度はすんなりと上がった。

 地面に手をついて体を起こすと、目の前にエヴァンジェリンの冷たい顔があった。


(お、脅かすなっ)


 立ち上がり、自分の体を見下ろす。


「ご主人さま、よくできました」


 お見事、と言ってぱちぱちと拍手をする。


(どうも……)


 どうやらアストラル投射とやらがうまくいったらしい。確かに、自分の肉体を見下ろすことができている。

 眠っているジョーンズの姿は、青白く、顔は傷だらけだった。

 おまけに腹からは血が出ている。

 痩せた肉体を見つめ、アニスがこれを見たら嘆くだろうな、と思った。


「ご主人さま」

(うん……)


 エヴァンジェリンが白鷺へと変身した。真っ白い羽と黒いくちばし、長い足を優雅に動かして振り向いた。


 ――わたしがご案内します。

(潜れるのか)

 ――潜りません、墓の上まで案内するだけです。そして、わたしの持っている力を最大限に生かして、あなたを守ります。

 最大限の力はどれくらいあるのか。白鷺の姿からは想像できない。


(信頼しているぞ)

 ――お任せを。


 白鷺の目はきらりと光った、ような気がした。


 エヴァンジェリンはひらりと羽を広げ、池の中央まで飛び立った。ジョーンズはその後を追って、池の中に飛び込んだ。

 実体ではないので、水の抵抗も冷たさも何も感じなかった。しかし、肌がちりちりした。


 嫌な気分だ。一秒もここにいたくない。


 水面あたりは何もないので、もっと奥深くに潜った。潜るにつれ暗さは増していく。地面にはたくさんの骸骨が沈んでいた。

 寄り添うように重なった骸骨。顔だけだったり、どこかの部分だったりと、哀れな魔法使いたちの残骸だ。


 突然、背中が重くなった見上げると、黒い影がのしかかっている。

 ジョーンズはパニックに陥った。しかし、頭上から鋭いくちばしのような槍が突いてきて、それらは散り散りになった。


 助かった、と安堵するが、もし、くちばしが自分に当たったらと思うとぞっとする。エヴァンジェリンに感謝するが、気を付けようと思い、とさらに深く潜った。

 奥へ潜ると深い場所に苔にまみれ、鎖できつく縛られた墓があった。

 ジョーンズは、墓石の文字を読み取った。


 ジリアン・アレイスターとある。


 これはアレイスターの墓だ。アニスはどこだ。

 ジョーンズは、腐乱した死体と折れた木々、他にもわけのわからない浮遊物をかき分けたが、これだと思う物はなかった。


(どこにある?)


 焦って体が頭上へと引き寄せられそうになった。


(まだだ。でも、早くしないと魔法が解けそうだ)


 アニスっ。

 ジョーンズは、ぐっと目をつぶった。

 目の奥に光り輝く物が見える。


 手を伸ばしてそれをつかんだ。小さい魚だった。しかし、ジョーンズは実体がない。それは、するりと通り抜けていった。


(あっ)


 と、叫んだ時、空からくちばしが突いてきて、小さな魚は捕らえられた。


 エヴァンジェリン! 


 ジョーンズが怒鳴った。


 ――信じて、ご主人さま。


 エヴァンジェリンのか細い声がして、やがて何も聞こえなくなった。

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