第9話 使い魔の登場
白鷺は黒いくちばしを池に向けて足を小刻みに揺らしながら、ちょっとずつ進んでいた。瞬時にくちばしで突いて、小さな魚を上手にとっている。
一心不乱で魚を捕食する姿を見ていると、あることに気付いた。
「池はなんの反応もしていませんね」
(当たり前だ。鳥に反応してなんになる)
池に入ることはできるのだ。墓を暴こうとすると、魔術が作動するのだろうか。
ジョーンズが試しに石を投げてみた。
水の波紋が広がり何も起こらない。しかし、石にびっくりした白鷺が驚いて羽音が闇の中で響いた。
(鳥を脅かして何をしている。バカ者め)
アレイスターは自分を怒らせようとしている。
ジョーンズは息を大きく吸った。
「あなたは少し黙っていて」
(フンっ)
アレイスターは鼻息を荒くしたが、顔はにやにやしたままだ。そこへ、先ほどの白鷺がゆったりと羽ばたいてジョーンズの近くへやって来た。
地面に着地すると、ぴょこぴょこと長い脚を動かして近づいて来る。
鳥がこんなに近くに来たのは初めてだ。
すると、突然、白鷺の輪郭が崩れ、短い手足と白いドレスを着た幼女へと変化した。あっけにとられると同時、ジョーンズの腕に鳥肌が立った。
アレイスターも怪訝な顔で少女を見ている。
十歳以下の幼女は、ジョーンズのローブに手を伸ばした。
カエデのような小さい手のひらが不気味に思えて、ジョーンズは思わず後ずさりした。しかし、幼女は執拗にローブを握ってくる。
「やめろっ」
ジョーンズがその手を振りほどこうとすると、幼女が呟いた。
「ご主人さま」
ローブを握っている手が徐々に大きくなっていく。みるみるうちに幼女は成長し、アニスと同じくらいの少女に変化した。
(ほう……)
アレイスターが組んでいた腕を解いて、物珍しそうに少女を見ている。
(鷺の妖精か)
妖精かどうかは知らないが、灰色の瞳、白に近い銀髪はとても長く地面に届きそうだ。薄い唇は薄桃色で、まっすぐに伸びた鼻筋、綺麗な少女だが表情が乏しい。何を考えているのかさっぱり分からない。
少女はひざまずいた。長い髪が地面いっぱいに広がり波間のようにうごめく。
「何を……」
ジョーンズが顔をしかめた。
(使い魔じゃろ、お前の)
「僕の? 使い魔と言うのは、自らやってくるんですか?」
(時と場合じゃ。お前の潜在意識が呼び寄せたんだろう)
ジョーンズは首を振った。
意識してもないのに、魔力が勝手に作動しているのか。
むしゃくしゃして少女を見下ろす。美しいが無表情で気味の悪い少女だ。
「名前は?」
「エヴァンジェリン」
少女が答えた。
ひざを突いたまま、少女、エヴァンジェリンが言う。
「ご主人さま、ご命令を」
無表情の妖精と口の悪い亡霊。
僕の味方はこれだけか。
アレイスターは、エヴァンジェリンの前に姿を現すと、俺の姿が見えるか? と聞いた。エヴァンジェリンがこくりと頷くと、二人は顔を寄せて、何か話し始めた。
「ご主人さま」
エヴァンジェリンは細身でジョーンズよりも頭二個分背が低かった。
目の前に立つと、上目遣いでジョーンズを見上げた。なんだか下から睨まれているような気がする。
「……な、なんだ?」
「今、アレイスターさまから聞いたのですが、アストラル投射を試すのがよろしいかと思われます」
「は?」
初めて聞く言語だ。
「まさか、ご存知ないので?」
エヴァンジェリンの細い眉がピクリと上がる。
なんか嫌味な使い魔だ。
ジョーンズは微かに頷くと、少女はふうっとため息をついた。
「い、今、ため息を……っ」
「お静かに、今はそれどころではないのです。アニス王女をお助けしなくては」
使い魔の割に言葉遣いが丁寧だ。
「アストラル投射とは、ご主人様の肉体から意識を分離させることでございます。時間や空間、重力に妨げられることもなく、ご主人さまの自由に動かすことができます」
エヴァンジェリンが丁寧に説明すると、アレイスターが偉そうな口調で言った。
(意識を分離させることができたら、すぐに俺の墓を探せ。だが気をつけろよ。前にも言ったが、俺に殺された魔法使いの幽霊たちは俺の墓を守ろうと全力で襲いかかってくる。意識が分離していたとしても、攻撃されるとエネルギーは消費するだろうから、できるだけ回避しながら、俺の墓を探しアニスの魂を見つけるんだ)
アレイスターがたやすく言うが、ジョーンズはごくりと唾を呑んだ。
「そ、そんな難しいことを僕ができるだろうか……」
ジョーンズが自信なさげに言うと、エヴァンジェリンとアレイスターが同時に息を吐いた。
この二人、むかつくな。
ジョーンズは思った。
「……分かった。やるよ」
「当然でございます。アニス王女をお助けするのです」
使い魔に聞きたいことはいろいろあったが、それよりアニスが先だ。
「で? どうやるんだ。その……」
「アストラル投射です」
「それだ」
「眠ってください」
「なに?」
「目を閉じるのです。わたしが誘導致します。使い魔を信じて、ご主人さま」
すぐには、信じられない――。
しかし、方法がないのなら言うとおりにするしかない。
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