第15話 ローズマリーの妖精




(テレポートキー?)


 アニスが首を傾げる。


「ええ。あの男が望む場所へとテレポートするように仕向けたわ」


 つまり、ラベンダーの部屋のドアを開けたとたん、彼はリリーオブの寝室へと移動するのよ。


 声に出さずに思ったラベンダーは、自分の醜い考え方に胸が悪くなった。


 急に無口になったラベンダーを見て、アニスは心配になったが何も言わなかった。

 彼女はローワンのことになると別人のように怖い顔をする。

 輝くような優しい笑顔を持っているのに、氷のような冷たい表情に変わり、見ているアニスも胸が痛かった。


(ローワンが追いついてこないということは、きっと魔法がうまくいったのね)

「そうね……」


 ラベンダーが呟いた。

 遠くを見つめるラベンダーの手がアニスを強く抱きしめた。



 無言のままラベンダーは休むことなく飛び続けた。しかし、しばらくすると、ラベンダーの様子が変わってきた。大きく息を吸い、苦痛な顔をしている。


(ねえ、休みましょう。あなた、顔色が悪いわ)

「ええ……」


 ラベンダーが頷いたとたん、体が傾いだ。あっと思った時にはまっさかさまに落ちていく。

 アニスは驚いてラベンダーを見ると、彼女は意識を失っているようだった。


(ラベンダーっ)


 叫んだが、聞こえていない。アニスは、ラベンダーをぎゅっと抱きしめた。


(マグワートよ、あなたの持つ力をお借りします)


 ヨモギの妖精の力を使い、アニスは全身で光った。

 ラベンダーを包み込んだまま、二人はそのまま地上へと落下していく。

 バキバキと木々の間を落ちる間も、アニスは必死でラベンダーを守った。透明の羽が閉じられすっと消える。

 ラベンダーを穢れた土地へ下ろすわけにはいかない。


 アニスは必死で浄化の魔法を考えた。目前に迫るのはローズマリーの生い茂った森だった。


(助かった!)


 アニスは自分の背中を地上へ転回し、ラベンダーを抱きしめたままローズマリーの草の上に落ちた。

 葉がクッションとなり、アニスたちは無事だった。すぐさまラベンダーを横に寝かせる。


 ローズマリーの群生している所に下りられたのは幸運だった。彼らは、存在するだけで浄化作用がある。

 胸いっぱいにローズマリーの刺激のある香りを嗅いだ。

 安堵のため息が漏れる。穏やかな気持ちになって、ラベンダーの横に座った。

 マグワートが心配そうに出てきて、ラベンダーの白い頬を小さな手で撫でた。

 念のため呼吸があるか確認すると、彼女は静かに胸を上下にさせていた。


 なぜ、突然意識を失ったのだろう。


 アニスはあたりを見渡した。

 先に続く小道までローズマリーは咲き乱れていたが、もっと先は全く分からない。


 夜は明けたが、方角が分からずアニスは不安でたまらなかった。

 自分がしっかりしないと、ラベンダーを危険な目にあわせてしまう。

 呼吸を落ち着かせて、ローズマリーの妖精を呼び出した。


(ローズマリーの妖精よ、わたしの声を聞いてください)


 すると、葉の茂みからぴょこっと小さな頭巾が飛び出して、白い羽を広げた妖精が現れた。

 群青色の頭巾をかぶり、茶色の巻き毛の愛らしい女の子の妖精だった。

 いたずらっぽい目が印象的で、アニスをじろりと睨んだが、ラベンダーに気がついて飛び上がった。


「王女様だ!」

(助けてほしいの)


 妖精はアニスをじろじろ眺めた。


「あんたは?」

(わたしは魔法使いよ)

「魔法使いは嫌いだよ。いつだって、私たちをいじめるから」


 つれない言葉にアニスは愕然とした。

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