第16話 ねえ、お願いがあるの
妖精たちは魔法使いに操られるのが嫌なのだろう。
アニスは首を振った。
(あなたを操ったりしないわ。ねえ、お願いがあるの)
「ほら、お願いだって」
妖精はせせら笑ったが、弱っているラベンダーを見て仕方なさそうに足を蹴った。
「言いなよ」
(アレイスターに行きたいの。方角はどっち?)
「アレイスターだって?」
妖精は仰天したが、アニスはそれを遮った。
(ええ、知っているわ。あなた方にとってアレイスターは邪悪な魔法使いの巣窟ですものね)
「その通り!」
妖精はうんうんと頷いた。
(でも、わたしたちはアレイスターに向かっているの。どうか、教えて)
「方角を教えるくらいならいいよ」
妖精は腰に手を当てて偉そうに言った。
「この小道をずっと行けば森を抜けられる。けれどその先に大きな池があって、その周りは歩いて行けないよ」
(何があるの?)
「言えない。とにかく黒い力が強くなっているから、私たちのような弱い妖精はかたまって自分たちの身を守っているんだ」
(わたしのせいね……)
アニスの呟きは、妖精には聞こえなかった。
アニスは顔を上げると、ここから先は一人で行こうと思った。
(王女様を助けてくれる?)
「もちろん!」
妖精は小さな胸を叩いた。
「なんだってする」
(ああ、良かった)
アニスは、ローワンを呼んで欲しいと頼んだ。
「王様を呼ぶんだね。でも、どうやって?」
それはこちらが聞きたい。アニスはそう言いたいのをぐっと我慢した。
(彼はきっと王女を探していると思うの)
それなのに、なぜ助けに来ないの? まさか、本当に胸のでかい妖精といちゃいちゃしているんじゃないでしょうね。
思いだすと、自分のことのように無性に腹が立った。
ラベンダーは、アニスのためにここまで必死で頑張ってくれているのに、その夫はどこで何をしているのか。
「ねえ、あんたは使い魔を持っているんじゃないの? 魔女なんでしょ」
アニスは、ゆるゆると首を振った。
(わたしには使い魔はいないわ)
「あら、あんたって見かけによらず出来損ないなんだ」
妖精の言葉が胸に突き刺さった。
(悪かったわね)
「だとしたら、どうやって王様を呼ぼうか……」
妖精は小さな頭で考えた。
「あんたの髪の毛、すっごく綺麗だね」
(え?)
突然、妖精の口調が変わり、アニスはどきりとした。
(そう?)
「その髪の毛をくれたら、なんとかしてやってもいいけど」
(で、でも、今のわたしは実体じゃないし、髪の毛を切ることはできないと思うわ)
「やってみなくちゃ分からないよ」
妖精はカミソリのような葉を持ってくると、背後に回ってアニスの髪の毛に葉を当てた。
「試しに切ってみよう」
言うが早いか、アニスの長い髪の毛はばっさりと切り取られてしまった。白く光る髪の毛が地上に落ちると、妖精はそれらをかき集めて首に巻いた。
「あったかくってサラサラしている」
嬉しそうに飛び跳ねる。
アニスは呆気に取られ、軽くなった頭を振った。
なんてことだろう。髪の毛を奪われてしまった。首筋を冷たい風がなぞっていく。耳も半分出ていて、触ると長い毛はなくなっていた。
実体ではなくても、生身と変わらないのかもしれない。もし、これが手足だったらと思うと、ぞっとする。
(さ、さあ、髪の毛をあげたのだから、今すぐ妖精の王を呼び出して)
ローズマリーの妖精のくせにいたずらが過ぎるようだ。力があれば絶対に許さないのにと思った。
妖精は、アニスの髪の毛を丁寧に編み込んで首に巻いた。嬉しそうに目を輝かせると、食べてもいいかと聞いた。
(は?)
アニスはくらくらした。
(おいしくないと思うわよ)
「でも、食べてみたいんだよ」
(ちょっとならいいんじゃない)
やけくそで答えると、妖精は、アニスの髪の毛を一筋かじかじと食べた。すると、妖精の体が光り始めた。
「力が湧いて来た気がする」
もう一筋の髪の毛も食べると、妖精はいきなりアニスの腕をつかんだ。
「飛ぶよっ」
妖精が叫んだ。
アニスは妖精からただならぬ力を感じて、素早くラベンダーの腕を取って抱きしめた。一気に体が浮かび上がる。
小さな妖精のどこにこんな力があるのか。
地上から浮かび上がり、どんどん離れていく。
アニスは恐怖に震え、必死に妖精にしがみついた。
(気をつけてっ)
叫んだが、妖精には聞こえていない。
(嘘でしょう……?)
妖精は、方向転換すると小道の先へと向かった。
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